六十二 魂という存在について
魂とは、に続けられる明確な言葉は、今のところ、ない。
人間の脳がまだまだ未解明の部分が多くって完全に模倣することは不可能なのと同じで、魂も完全にその存在についてわかっているわけではないからだ。
せいぜい、人間を構成する一部であるとか、人格を形成する要因の一つであるらしいとか、自我の生成に一役買っているかもしれないとか、ぶっちゃけ曖昧なところのが多い。
「魂があること自体、既に観測済みの事実だということは、ウィルフィーアさんだけでなくトルス=ブロントロスさんもご存じでしょう。ナミスシーラ王国で生まれた方なら、初等学校で全員が習う内容ですから」
「えっえぇ、知っておっりましてぇよぉ」
この中では一番魂についての知識がないアウウェン・トルス=ブロントロスが大ぶりに頷く。
「でも、魂の実態についてはほとんど解明されていないに等しいんですよね」
「ええ。そして私の友人は、魂についての研究もしておりました。おそらくは最前線としてもいい立場で研究をしておりましたので、私が知っている中に限っても、多少はウィルフィーアさんが知らない情報もあるかと思いますよ」
こくり、ヒュドア・ウィルフィーアは頷く。
こころなしか普段よりも緊張している面持ちをしているように見えた。
「さて――通常、魂に質量はありません。だからこそ捉えどころがなく、観測するにしても特殊な方法を用いなければならないのですが」
私の友人は、一時的にではあるが、魂に質量を持たせる方法を編み出しました、とテニーチェ。
「詳細は私には分かりませんが、とにもかくにも、友人の魂は擬似的に質量を持たせることで、彼女の作った魔道具に移動させる手段を取っておりました」
「魂に質量……つまり、質量を持たせてる間は、直接何かができるってことですか?」
「そうなります。ところでウィルフィーアさんのお兄様の体の中に、お兄様の魂は入っているのですか」
テニーチェからの問いかけに、ヒュドアはグッッと表情をこわばらせた。
「……ボクの兄はもう死んでるんじゃないか、って言いたいんですか?!」
「違います。お兄様の心臓は動き、かつ呼吸もしているんですよね?」
「当たり前じゃないですか!!」
ならば大丈夫です。テニーチェは真摯な瞳で小さく首を傾げた。
仮面のせいで笑いかけることの出来ない団長の、せめてもの感情表現だった。
「魂がどこかへ消えることで、人間は死に至ります。どこへ消えるのかはまだわかっておりませんが、少なくともこの世界や現在発見されている別界から消えた瞬間に、体を動かすための脳が単なる肉塊に変わることは分かっております」
「そう、なんですか……?」
「ええ。そもそもの話、ウィルフィーアさんのお兄様の体に魂が在るのか否かで対策方法が変わってきます。在るのなら、先ほど私が述べた魂に質量を持たせる方法を使うなど、魂を起こすための手段を取ればいいです」
けれど、もしお兄様の体に魂が無いのなら? テニーチェの言葉に震えるヒュドアの代わりに答えたのは、わずかに目線を下げたアウウェンだった。
「まず、ヒュドア様のぉおにぃ様をぉ、探さねっば、なっりませんわねぇ」
そんな無理だ、とヒュドアは呟く。
だって世界は、広すぎる。合併任務で行った仮称:紫の世界だって、団長の転移の力を使わなければたったの一週間で世界全土のうちの半分を見て回ることなんてできなかったのに。だいたい紫の世界の半分を見れたってのも、所々を掻い摘んでの話なのだ。
「それで、ウィルフィーアさん。お兄様の魂が体内に宿っているのかどうか、わかりますか?」
「…………わからない、です。体が生きてても魂が中にないときがあるだなんて、考えたこともなくて。調べるにしても、一体全体どうすればいいのか……」
「調査方法については、もしかすると私から斡旋することはできるかもしれません」
「ホント、ですか……? ……で、でも、もしいなかったら……違う、いるかどうかがわかんないまま、いる方にかけて猛進し続ける方がダメだ。
団長、もし兄の体に兄の魂がいなかった場合、兄の魂を探す方法ってありますか?」
「方法としては、お兄様の体内に魂がいるか否かを調べる時と同じものを用いれば良いのではないでしょうか。どの魂がお兄様のものかという判別については、ウィルフィーアさんを参考にすれば大丈夫でしょうし」
一卵性双生児の魂は、互いに似通った性質を有する。
中にはほぼ見分けがつかないくらい似ているものもあるほどで、だからこそヒュドアの魂は兄の魂を探すことにおいて、この世界のどの魂よりも良い指標となることは火を見るよりも明らかだ。
「つまり、兄がいなくても、まだ、希望はあるってこと、……なんですね」
ほうっと息が吐き出される。
ヒュドアの表情は、テニーチェに連れられて執務室に入ってきた直後よりも格段に良くなっていた。
「どちらにせよ、まずはお兄様の魂が体内に在るかどうかを調べなければなりませんね」
「わかってます。ボクも方法、探してみます」
「わったくしもぉ、てっつだいまっすわよぉ!」
お任せなさいと言わんばかりに、胸を張るアウウェン。トルスの名を国から授かっているトルス=ブロントロス侯爵家は、やっぱり魔道関連の繋がりが強いのだろうか。
「ぉう〜、ガンバぁ〜」
長くも短くもないひょろ腕を上げて数回振り回したのは、手の持ち主たるアージュスロ。
気が抜けるような声質は、普段と変わらない調子だったという。




