六十一 団長様による団長様の妹で姉で団長様な事情
本来、姉と妹という二つの存在は一人の人間の中では共存し得ないものである。
――ということは、ヒュドア・ウィルフィーアとアウウェン・トルス=ブロントロスにとっても火を見るよりも明らかすぎる事実として認識していた。
だからやっぱり、団長様の仰っていることを理解することは難しいのだ。だって、当たり前すぎる現実を覆して物事を捉えよって言われているようなもんだから。
「お二方共、よくわからないというお顔をされてますね」
「……ふつぅじゃないんだろ、テニーチェの事情ってんのは」
テニーチェ周りの諸事情についてある程度は知っているアージュスロがテニーチェに向けてぽつりと零す。
世界にとって当たり前ではないことでも、自分にとって当たり前なら、それが普通じゃないってことが頭から抜けてしまうことも、まぁ、多々あることではある。
「ああ、そうでしたね。では説明から入りましょうか」
そして案の定抜けていたテニーチェは、脳内でどこまでなら話でも大丈夫かと、己の持つ情報を整理していく。全情報から言ってはいけなさそうなもの、或いは言ってはいけないと厳命されているものを除いた候補を列挙。
そんでもってテニーチェは気付いた。ヒュドアに伝えられる情報が思っていたよりも少ないことを。
あくまで一つの例として受け取ってもらえることを願おう。
そう思考を切り替えることにした。
「まず、私と私の友人の関係は、世間一般的には姉妹と命名されることの方が多いでしょう。より正確には、双子の姉妹、と」
二卵性双生児でした、とテニーチェは言う。
「私と彼女は、双子にしては驚くほどに真反対な性質を兼ね備えておりました。双子じゃなくとも稀に見ることすらないのではないかという程に、得意なことも好きなことも苦手なことも嫌いなことも、全くの反対に位置していたのです」
話を聞いているヒュドアの頭に疑問が浮かんでいることが目に見えてわかった。だってびっくりするくらい、眉が寄っている。
アウウェンは侯爵令嬢としての教育の賜物なのか、普段と変わらない表情を保っていたけれど。
「さて、ここまではおおよそ普通の双子と言っても受け入れることができるはずです」
一息切って、再度口を開く。
私と私の友人には、普通の双子ではない特色が二つあります。
テニーチェは、二人に向けていた視線をヒュドア単体に合わせ、続けた。
「一つ目は、私と彼女が同時に生まれたということ」
二つ目は、と息を吸う。
「――私と彼女の魂が同じ体に入って生まれてきたこと」
あっと目を見開いたのは、兄を起こす方法を探し続けている少女。
アウウェンはそっと目を細めての反応しか見せなかった。
「体を同じにして生まれてきたからこそ、同時に生まれてきたとも言えますが……どちらにせよ、私たちは互いのことを姉妹と認識することの方が難しい状況におりました。
彼女が意識を移すための道具を作るまでは、どちらかの意識がない間にもう片方が動く、といった生活方式を取っておりましたから。喧嘩だとか一緒に遊ぶだとか、普通の兄弟姉妹では当たり前のことすら終ぞ実現した試しがありませんでした」
会ったことがなかったのは、そもそも会うという概念がなかったから。
魂は違うも、同じ人間であると言えなくもない二人にとって、そもそもテニーチェが今持っている体がどちらの体かということすら、わからないことの一つなのだ。
「だから、団長は妹であり姉でもある団長の片割れを友人と呼んでいるのですね。
姉妹とは思えない、それでも単なる知り合いにしては近すぎる存在だから」
「……片割れ、ですか。そうですね、私にとって彼女は、私の半分なのかもしれません」
「団っ長様はぁ、友人様が道具をぉおっ作りになってから、どのよぉうにその御方と接っしておられたのぉでぇすかぁっ?」
「世間での関係に表すならば、ビジネスパートナーに近い形でしょうか」
「……本当に、普通の姉妹ではなかったんですね、団長と友人さんって」
それで、とヒュドアは無理やり会話に一区切りを入れる。
「団長と友人さんは、一定時間で体を動かすことのできる権利が入れ替わっていたということですか?」
「ええ、その通りです。片方が魂を休めている間に、もう片方が動いておりました。
幸いなことに友人が得意で好みとしていたことは座ってできるものがほとんどでしたので、体力は友人のターンで回復させるといった習慣でした」
「友人様がぁ道具をおっ作りになってからはぁ、どうなさっていったんでしてぇっ?」
「普段は同様の生活を送っていて、私にどうしても外せない用事がある時のみ彼女が道具に魂を移して作業を行なっておりました」
「つまり団長は、魂を動かす方法を知っている、ということですか?」
ヒュドアからの疑問に、テニーチェは緩く首を横に振って答えた。
「いえ、私はそういった技術方面に疎いので、ほぼ知らない状態です」
「ほぼ、なぁんでしてねぇ?」
「流石に多少は知っておりますよ。
いくら私の魂を動かすことはないからといって、彼女の魂を動かす必要がある以上、この体にも影響が出る可能性があるからと最低限のことは覚えさせられましたので」
ここまで踏み込んだ話を一団員たちに打ち明けたのも、この知識を伝えるための前準備にすぎないとテニーチェは説明した。
「ウィルフィーアさんは、お兄様を起こす方法を探している、ということで会っておりますよね?」
「はい。いろんな医者にもかかったんですけど、どの先生も原因がわからないっておっしゃってて。ボクが今目をつけているのは、魂に直接影響を及ぼすことで、どうにか目を覚まさせることはできないかってことについてなんです。
団長も、きっとボクが魂関連の知識が欲しいと思ってるとわかっててお話になっているんですよね?」
「そうですね。ちゃん様の、花の体から人の体に戻ることができるということと、ウィルフィーアさんのお兄様を起こす方法との関連性は魂つながりくらいしかないかと考えましたから」
「やっぱ団長になれるだけの人って、スゴいんですね。たったこんだけの情報である程度奥にある意味を推測できちゃうなんて。
……あとついでに魔道具についての知識も集めてます。いつか自分で作らないと無理かもしれないってなったときに、もし無かったら作るための知識を今度は一から集めてかなきゃいけませんもん」
「時間短縮をぉっ、ってぇ、ことなぁんですねぇ。アージュスロ様にぃ興味を抱いてぇいぃるのもぉ、それがぁ原因っなっんでしてぇっ?」
やっぱり先の合併任務の時とは打って変わっちゃってる静けさを保っていたアウウェンが、ヒュドアの言葉に感想を洩らした。
「うん。アージュスロさんくらいに自我を持った人工生物なんて、ボク、知らなかったから」
「ぉー、俺スゴいんだぞぉ〜」
なぜか胸を張るアージュスロ。作ったのはお前じゃないというのに。
「では、魂について、私の知っている範囲内でお話ししていきます」
はい、とヒュドアは大ぶりに頷き、身を乗り出した。




