六 世界を壊す音
飄々と荒れる空気。苛立ちに似たうねりを見せる紅色の雲は、どこまでいっても毒々しい感情しか沸き上がってこない。
ここは別界のひとつ。正式な名前すらつけられていない小さな小さな世界で、他の主だった世界に悪影響を与えると判断されて消されることを決められてしまった悲しき運命を背負った世界。
とはいえ、世界を消すこと――世界破りは簡単なことではない。いや、理論だけなら非常に単純なのかもしれないが。
曰く、世界の規模を上回るだけの力を発生させる。方法はなんでも良い。そうすれば自ずと世界は崩壊へ向かい、やがて消滅する。
(この消滅するときの後処理係としても私が選ばれたのかもしれませんね……というより、絶対にそうなのでしょうけれども)
テニーチェは白銀の仮面の奥から瞳を細めた。世界が消滅する直前に荒れ狂ったエネルギーが暴発するという話は良くあることだが、あまり知られていないことだ。テニーチェにとっては、何度かやったことがあることでもある。
「皆さん、準備はよろしいですか」
魔道技術による通信機器を通して第七王宮魔道師団の団員たちに話しかける。この通信機器の利点は、あらかじめセットしてある魔力を含む魔石によって稼働することから、使用者の魔力を使わないことだ。
「私としてはもう少し簡単な依頼を探してくる予定でしたが、急遽国王陛下の依頼で世界破りをすることになりました、ということは事前に説明済みですね?」
あの国王がどこまでこちらの状況を把握しているんだと、いくら世界の一翼担う国のトップだからって完成したばかりの集団魔道を知っているとか……なんて思ったりもしてしまうが。
とりあえず今は、世界破りの方が大事だ。
もっと自分に力があれば、世界という形状を保った状態でも世界破りができるのだろうに、なんてことをふと考える。だが単なるエネルギーが暴発した状態と世界という一定の形状を保った状態とでは複雑さやら威力やらなんやら、難しさがけた違いに変わってくる。できないものは仕方がないか、と首を振った。
隣にいる副団長に目配せをする。訓練中はあへあへしている彼だが、本番、しかも命の危険もあるとなれば真面目な顔つきを……していなかった。なんかすごく楽しそうでわくわくうきうきしてて今にも小躍りしそうなのを必死に堪えているように見えた。第七にマシなヤツはいないのか。
「では、副団長、お願いします」
いくら小さい世界だろうと、世界の規模を上回るだけの力を産み出す手段は簡単でない。今の第七王宮魔道師団では、集団魔道を使わないと無理なくらいに。
一つ頷いた副団長が、頭上に向けて両手を差し出す。ガッと七色の光が絡み合うように生まれた。副団長の役目は、集団魔道全体の標となること。簡単そうで、実は魔道を発動させる全ての手順を頭にいれた上で正確に指示を出さなくてはならないとかいう、つまりはとても複雑怪奇な役目である。
副団長を頼りに、あちらこちらで各々集団魔道のための準備が始まる。混沌に満ちたこの世界に負けないほどの強い水しぶきが時折起こるのは、おそらくヒュドア・ウィルフィーアによるものだろう。
訓練場で一度この集団魔道は成功させている。だからといって気を抜けば、失敗する。難易度が破格であることもテニーチェは理解していた。なんせこの集団魔道の構成を考えた本人なのだから。
揺らぐ。その度にお目付け役と自称するテニーチェが本来あるべき方向へ導く。たったの一週間では、いや、この集団魔道自体が本来あり得るようなものではない。十を越える属性を掛け合わせて一つの魔道に組み立てるということなど、常軌の沙汰ではない。それの基盤を成し遂げられるだけの実力を第七の団員全員が有していて、崩れ落ちそうな本体を整えれるだけの調整力をテニーチェは持っていた。
時間にして、五分にも満たない。
副団長の光が、オーロラ色に渦巻く。
「――いきますよ」
合図がかかった。
皆が一様に息を吸い込む。
「世界変革」
唱えられたのは、集団魔道の名前。
第七全員で案を出しあって決められた、第七王宮魔道師団初にして全員を起用した、将来的には第一王宮魔道師団のヤバイヤバイな組織魔道にも到達しうる集団魔道だ。
――――リン、と。
紅の毒色空に大きな亀裂が入る。
やった、と叫んだのは、火属性魔道使いのイグール・アトリボナ。直後、大空で色の無い爆発が巻き起こる。
集団魔道は成功した。
世界破りも、成功した。
パチンと鳴らされた指に、果たしてとなりに立つ副団長も気づいたかどうか。一瞬、第七の団員たちに暗幕が降りた。
テニーチェ=ヘプタ以外の、全員に。
「――――」
聞こえない音の詠唱。
渦巻く力が、世界破りで生じた近くの別界一つや二つを壊しかねないほどのエネルギーの塊が。
はっ、と霧散する。
暗幕は、本当の一瞬の一瞬だけだった。
第七の皆は、気づけばもとの世界に戻ってきていた。
テニーチェ以外にとっては、事前に聞かされた説明通りに自動転移装置が働いた結果だった。
「お疲れさまです」
テニーチェは微笑みかけながら労りを口にする。きっと今日もまた宴になるんだろうな、なんて考えながら。
いつもの世界は、眩しいほどの青空で包まれていた。