五十七 さる少女の秘密
お久しぶりです。
ようやく暇な時間を捻出できる目処が立ってきたので、連載を再開します。
お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
……さ、さぁ、毎日連載頑張るぞぉ……(震え)
「それで、ウィルフィーアさん」
思い立ったが吉。
というわけで、紫の世界に戻ってきたテニーチェは非常にも程があるくらいな軽い調子を添えつつ、ヒュドア・ウィルフィーアに問いかけた。
「ウィルフィーアさんは、魔道でもって何を成し遂げたいと考えているのですか?」
「ボクが魔道で、ですか?」
「はい」
ちょっと顔を歪ませたままに唸るヒュドア。
それを横目で見つつ、テニーチェは昼食の干し肉を噛み千切った。
ロコ・パートイーサは離しても離してもくっついてくるので、処置するのは諦めた模様である。なにせテニーチェに置いてかれた事で拗ねてしまっているみたいなのだ。何歳かと詰問したくなってしなかったテニーチェは、やっぱり偉いと思う。
いや、団長として、保護の義務がある立場から考えると、しないといけなかったのかもしれないけれど。
ちょっとだけ面倒だなぁ、なんて思ってしまった始末である。もしかすると、あんま偉くはないかもしれない。
「なぜ聞くんですかって、尋ねても大丈夫ですか?」
「今後、何かの任務でウィルフィーアさんが追い求めている存在の一端を目にした時、無理に特攻してウィルフィーアさんの安全が損なわれないようにする為です。
貴女が追っている内容について知っておけば、少なくとも私は、即座に判断し、対応することが出来ますので」
「それは、ボクに伝えないようにするとかってことですか?」
「いえ、ウィルフィーアさんのような存在を知っている私からして、そのような対応は却って状況を悪化させる可能性が高いことは承知しております。
故、私の知っている情報、或いは今後に知り得る情報の中で、ウィルフィーアさんにとっては必要だと感じたものは、状況を鑑みつつお伝えしていきますよ」
「……団長は隠したり、しなさそうですもんね」
ま、顔は隠れてますけど、と小さく笑ったヒュドアは、そのまま己の団長の瞳を覗き込むようにして表情を改めると、口をさらに動かしていく。
「ボク、い――兄が、いるんです。双子の、兄が」
「お兄様がおられましたか。二卵性ですか? それとも、一卵性?」
「一卵性です。顔とかもすごく似てて、骨格も似てて、得意な魔道の系統だって、似ていて。ボクにとって、切っても切り離せないくらい、大事な存在だったんです」
語るヒュドアの顔はどこまでも穏やかで、ふとかつての光景を思い出したのか、口角がやわく上がっている。
テニーチェはふむふむと頷きつつ、また、干し肉を噛みちぎる。今回の干し肉は香草で味付けがされていたものだったみたいで、程よいバジルの匂いが口から鼻へと駆け抜けた。
「でも兄は、動けなくなっちゃったんです。
……ボクを庇ったせいで、二年と半年くらい前からずっと、眠ったままなんです」
きゅっとしかめられた顔は、干し肉の力があっても心に苦いものを覚えてしまう程、悲しみに満ちたものだった。
「だからボクは、ボクの兄を起こすために、魔道を探究してます。
……この前、ぱーぷる・ちゃん様との初邂逅のときのこと、ごめんなんさい。ぱーぷる・ちゃん様が植物の姿なのに人間みたいに喋ってらっしゃって、だからと思って聞いてみたら、元は人間で、また戻ることもできるって言っていて。
もしかしたらい――兄を起こすためのヒントになるんじゃないかって、思っちゃったんです」
割と重めな理由があったのか、と、テニーチェは内心息を大きく吐き出す。
所々言葉に詰まっていた部分にほんの少しの疑問を覚えたものの、きっとそこは、今のヒュドアにとってはまだ、テニーチェには言えないような事柄なのだろう。
正直なところ、果成之集落でのヒュドアの行動理由が弱いような気もしなくはないが、まぁ、そんなもんなのかもしれない。テニーチェ的感性論では、もうちょい差し迫った理由があるような無いような、そんな感じもあったりなかったりするのだ。
「なるほど、分かりました。ウィルフィーアさんが以前私に友人を紹介しろと詰め寄ったのも、私の友人が作ることのできる魔道具で兄を起こすことができるかもしれないと考えたからですね?」
「はい、その通りです」
そう言ってテニーチェを見上げる彼女の瞳は、確かな真っ直ぐな光が宿っていた。
だったら多分、ヒュドアにとっての真実の中核に程近い場所までは打ち明けてくれたんだな、と思ってしまうくらいには。
今の段階でここまで話してくれたことに感謝すべきか、とテニーチェは内心結論付け、小さく頷いた。
「ではこの任務が終わり帰還しましたら、私の部屋に来てください」
「……え?」
唐突な誘い文句に目を見開くヒュドアに、果たしてテニーチェは無機に光る仮面をヒュドアの視線から外しながら、告げた。
「友人とアージュスロについて、私の話せる範囲内でお話しします」
「え! アージュっスロぉ様について、何か聞けるぅんですかぁっ!?」
途端に顔を煌めかせて飛び込んできた、アウウェン・トルス=ブロントロス。お前には言ってない。
「えへ、ロコもぉっっと、だんちょーにくっつくぅ、えへへへへっ」
だからロコ・パートイーサはもっととか言うな。そろそろ息が苦しいんだってば。ようやく兄を起こす為の道を一歩前進できるかもしれないと喜色満面に頷こうとしたヒュドアが、ちょぴっと顔を引き攣らせて後退りしてしまっているではないか。
「へっ、ザマァねぇ……あ、や、なんでもないっす、はい」
そしてアージュスロはいつものようにテニーチェから視線を逸らしたのであった。




