四十三 ベーコンサンドはおやつなお味
テニーチェが今いる世界は、様々な世界に隣接している。かつての暗黒の日に取引を行った黒の世界もその一つだし、今はもうない名も無き小さな世界もそうだった。
隣接の有無に関わらず別界と一括にして呼ばれる世界たちは、今もなお絶えず生まれては滅んでいるという。さすれば空に浮かぶ星のように。誕生し老衰する人々のように。テニーチェのいる世界――『虹の世界』は安定期に入ってきている為か、どっかで国が生まれてどっかで滅びている、なんてことない故、国のようにとは言えないけれど。
それは同時に、隣接している別界にもまだ未探索の世界があることを意味していた。
五月下旬から六月上旬にかけて行われる世界会議。この会議では虹の世界にある主要国のトップによる会談が行われる。内容は多岐にわたっていて、貿易関係から虹の世界の未開拓地帯に関すること、そして隣接する未探索世界への対処について、などなど。
関連して、レクスローリ王国の王宮魔道師団に例年依頼されるのも、未探索世界への派遣任務らしい。
「何故、魔道士団が未探索世界の探索を……?」
テニーチェが怪訝な声で尋ねると、ムスーミュス=デュオ・クスッタロスは何ともないように返してきた。
「そりゃあ、魔道士ってのは未知への対応力が強いらしいからだい。騎士団が担当している別の任務と比べてみたさかい、魔道士にはこっちのが適してると判断されたらしいぞ」
「ちなみに、騎士団はどのような任務を?」
「この世界にある未開拓地帯への派遣だな。浮遊の魔道で人がいないことは確認済らしいけん、戦力さえあればあとはどうとでもなるとみたいだ」
「なるほど」
理に適っていると言えば適っているのかもしれない。未開拓地帯への派遣は魔道士を交えても良い気がするけれど。
「では、国王陛下が仰っていた合併任務というのも」
「おおかた、未探索世界の探索任務だべな」
これまたハードな任務になりそうだなぁ、なんて心の中で溜息を吐いていたら、お盆に二つのお皿と一つのカップと一つのグラスを載せた店員さんが近付いてきた。
「お待たせしました。ベーコンサンド二つとホットミルク、それからフルーツオレでございます」
ホットミルクはこちらのお客様でお間違い無いですね? と店員は確認を取りつつ、テーブル上に並べていく。厚切りベーコン二枚入りのサンドイッチはまだ焼き立てホヤホヤなのか、美味しそうな湯気がほわほわ昇っていた。
早速齧り付きたかったテニーチェだったが、喉が渇いていた為、先にフルーツオレのグラスを手に取る。オレンジジュースは朝食、リンゴジュースは昼食で飲んだことから、なんとなくフルーツ繋がりでフルーツオレにしてみたのだ。
「んっ! んぐんぐ……うめぇじゃねぇかい」
「でしょう?」
誇らしげに胸を張りつつ、テニーチェもベーコンサンドを口にする。うむうむ。やっぱりここのは美味すぎる。
「にしても、今年はテニーチェサンたちとかぁ」
「以前もどこかと合併で行ったことが?」
「そうだなぁ〜、オイラが第二の団長になってからだい、今年で三回目になるかのぉ」
ムスーミュス団長、非常にニマニマしてらっしゃる。それだけベーコンサンドが旨かったに違いない。
「三回……」
国王陛下は、世界会議への護衛に連れて行った団が任務にあたると仰っていた。そして護衛はローテーションでの担当になるから、もし仮に一年おきで第二がやっていたとしても、ムスーミュスはもう六年団長を務めていることになる。彼からすれば、きっとテニーチェなんてまだまだの若輩者なのだろう。
「っふぅ……ご馳走さん。ホントに今日はテニーチェサンのおごりでいいんかい?」
「えぇ。私の都合でわざわざ来て頂きましたから」
「んじゃ、好意に甘えっとすっかねぇ」
運ばれてきてからいくらか経ったせいか、湯気が無くなってホットではなくワームなミルクになったそれを呷るムスーミュス。火傷する心配はないが、そんなに一気に飲むものでもない気もした。
カップもグラスも底が見えてきた頃、どちらともなしにそろそろ店を出ようか的思考が漂い始める。三言程交わした後、席を立った。
テニーチェがお会計を済ませ外に出ると、春と夏の境目にある太陽はまだまだ照り照りしている。これからもっと照り照り度は暑く眩しく長々しくなっていくのだ。なんたって、夏至の日はまだ来てない。
「今日はお付き合い頂き、ありがとうございました」
「んにゃ、こっちこそおごってもらってありがとぅね」
帰り道、他愛もなく話を続ける。
ところで、と疑念を上げるムスーミュス。
「なんで集合が三時だったんだい?」
テニーチェは何ともなさそうに返答した。
「午後三時はおやつの時間ですから」




