四十二 ホットミルク
遅くなり、ごめんなさい。
朝起きて朝食を食べていた時、団員に今日の予定を伝えたらデートみたいですねと言われた。ついで第二の団長は結婚してるから、逢引しちゃダメですよとも。いったいこの団員はテニーチェのことをどう思っているのだろう。
ちなみにテニーチェは生まれてこの方恋なんてものからはかけ離れた生活をしてきた為、でーととかいうものはしたことない。年齢イコール彼氏無しなんて団員から軽快に笑いながら言われたことも、気にしてなんかないのだ。
ちなみにその団員ことヒュドア・ウィルフィーアも恋人はいないらしい。幼き頃に憧れ混じりの恋ならしたことあるとのことだったが、テニーチェと同じく年齢イコール彼氏無しである。慰め代わりにそう言ってきたが、別段落ち込んでなんかないのだ。ないったらないのだ。
そんなこんな、朝から一問答? もありつつ、テニーチェは王都の中央広場にある噴水周りの長椅子に座っていた。朝食後にまた惰眠を貪っていたので、体調はわりと回復してきている。
以前はテニーチェ専用の魔力回復薬を作ってくれていた彼女に体力回復のためのも処方してもらっていたから、一週間不眠不休かつ固形物無しで任務をしていても、ここまで怠さが長引くことはなかった。今はもう処方してもらうことなんて出来ない故、あの頃は良かった……だなんて物思いに耽ってたら、名前を呼ばれた。
「よっ、テニーチェサン。待たせちまったか?」
いそいそ立ち上がったテニーチェは、ペコっとお辞儀をした。
「こんにちは、クスッタロス団長。こちらこそ、わざわざ休日にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
第二王宮魔道師団、団長のムスーミュス=デュオ・クスッタロスだ。さすがの彼も、休みのお出かけの日にダンベルは持っていなかった。
「んにゃ、イイってことよ。毎年ある任務のハナシだったろ? オイラにも関係あるかんなぁ」
立ち話もなんだし、ということで早速目的の店へ行くことにする。
「今週は第七の面倒を見て頂き、ありがとうございました」
「オイラは仕事をしただけッてことよ。お気になさんな」
「……そう、仰っていただけるなら」
釈然としない顔で頷くテニーチェ。第七が個性的、悪く言えば統率に欠けることはテニーチェが一番良く知っていたからだ。どう考えたって迷惑をかけてない――ということはないだろう。
それからも他愛ない話で道中の暇を擦り減らしていると、やがて一軒の店の前に到着した。
「クスッタロス団長、ここです」
「ぉあ? オシャレな店じゃあねぇかい」
以前の休日に見つけた、予約の要らない庶民向けのカフェで、かつ隠れた名店でもあるそこは、素朴な木目を生かした看板がドアにかけられたところだった。
ノブを捻って扉を開けると、カランカランと軽やかな鈴の音が鳴る。窓際の二人席に座ると、暫くして店員さんが水を持ってきてくれた。
「ご注文が決まりましたら、お呼びくださいね」
薄茶色を基調としたエプロンを身に着けた優しい笑顔の似合う店員はペコリ頭を下げると、店の奥に戻っていった。
「クスッタロス団長は何になさいますか?」
テニーチェが尋ねると、あまりこういった場所には来たことがなかったらしくどことなく落ち着きのない第二団長ムスーミュスは間抜けな声を出す。
「テニーチェサンは決まってんのかい?」
「はい。ここのベーコンサンドは絶品でして」
ちなみに昼食は既に食堂で摂取済み。美味しいものはいくらでも胃袋に吸い込まれていくので良いのだ。
「んじゃあ、オイラもそれにするよ」
「飲み物はいかがなさいますか?」
「んぇ〜、……ほんじゃ、このホットミルクってので」
「分かりました」
タンパク質が取りたいのだろうか、なんて考えつつ、テニーチェは店員さんを呼んで手早く注文を済ませる。ホへぇ、と感心したようにムスーミュスはテニーチェの様子を眺めていた。やっぱりカフェとかにはあまり来ないのだろう。
店員が二人の座っているテーブルから離れて、少し後、ムスーミュスは口を開いた。
「それじゃあさっそく、例の任務のハナシをしようかい」
テニーチェは静かに頷いた。




