三十二 血塗れの日々も、かつては
生き物は普通、敷地内に危険が侵入してきた場合には撃退措置を取る。エクスファラン草の育成施設であるここも、見方によってはそう捉えても良いのかもしれない。育成が始まると同時に自動で撃退装置が働くようになっているから。
本当の生き物と違う点は、敵味方の判別が出来ないところだろう。テニーチェはどちらかといえば味方の部類だしここに入る時には自らの血を使っていることからも撃退装置が働かないように設定することも出来たっちゃ出来たんだろうけど、まぁそこは仕方がない。エクスファラン草は希少で高価な植物。お金目当ての泥棒さんが、どっかで売られていたテニーチェの血を使って入らないと断言することは不可能だ。今でこそヘプタの名を授かるくらいの強さを有しているが、昔っからずっと強かった訳じゃない。そして、今でこそ第七の長として一般的でいうところの普通な生活を送っているが、昔は血塗れになることもわりとあるような過激すぎる生活を送っていた。そのどこかでテニーチェの血が取られてて、今の今まで保管されていたということはあり得る。魔道技術の発達が目覚ましい昨今ならば、なおさら腐りやすいものの保管もしやすくなっているだろう。
そんなわけで。
四方八方三百六十度から魔道が飛んでくる場所に、テニーチェはいた。
(やはり、体が鈍っていますね)
第七の長であることが今の仕事である以上、過激すぎる日々のような魔道を毎日使うのは無理な話。下手しなくても訓練所が吹っ飛ぶ。
だが技術というものは使わないと廃れていくもので、以前のような動きに頭はついていけても体が置いてきぼりになっている。これから毎年、正規の栽培人が出来るまでは来なきゃいけないことを考えると、夜分に抜け出して鍛練をするくらいはやっておくべきなのかもしれない。国王に伝えれば許可は貰えるだろうから、依頼から帰ったら聞いてみよう。
それはともかくとして。
このままだといつドジ踏んで死にかねないかが分かんない。回復系の魔道が使えないテニーチェにとって、致命傷じゃなくともあまり傷は負いたくない。かつて血塗れ時代に常備していた、魔力を無理矢理回して怪我を直す回復薬も、今はないのだから。
なので。
――アージュスロ。
施設からの攻撃の隙間を縫って、テニーチェは懐から半分仮面を放り投げた。顔を覆っている仮面は、さすがに取り外せない。盗賊さんが紛れ込んでいないとは言い切れないから。
半分仮面は蠢々し、竜もどきの姿に変化する。テニーチェの避けた先に迫ってきた風圧の弾が、細くて長くも短くもない腕を振るって相殺された。
――手伝え?
――正解です。
二人だけだからか、魔力で繋いだ念話を使って意思をやり取りする。
――それと、アンタなら栽培場所も感覚で分かりますよね?
――ん、あぁ、そうダナ。感覚かはわかんねェけど、紐付けはされてっから、テニーチェが仮面で確認するよかは速く分かる。
氷柱が降ってくる。アージュスロが炎を作って溶かした。身体機能を阻害する闇属性の弾が迫ってくる。テニーチェが魔道自体を消去して対応した。両脇から土の壁がにじり寄ってくる。アージュスロが片側の壁を大気を固めたハンマーで殴り壊し、テニーチェが衝撃の魔道で廻し蹴っての突破で完全破壊した。
――ええ、そのはずです。
――ぁ? つまりはオレが案内しろって?
鋭利な無数の氷を含んだ豪風が吹き荒れてくる。テニーチェが氷の主導権を奪って逸らした。雷が猛スピードで焼き焦がそうとしてくる。アージュスロが避雷針もどきを即興で離れた場所に作って雷の進路をねじ曲げた。
――そちらの方が安全に事が運べるかと思います。
――んー、ま、たしかになァ……。
糸が切れたかのように唐突に天井が落ちてくる。テニーチェとアージュスロが力を合わせて一部分に人一人分と竜もどき一匹分が通れるような穴を抉じ開けた。
――ぁー、わかった。オレが案内すっよ。
――助かります。
飛んできた魔道をかわしつつ、テニーチェはふと気づく。
――初めてですね。貴女と共同戦線を組むのは。
アージュスロは念話で、んぁ? と間抜けな声を出していた。




