三 自由奔放、バラける属性
快晴にひとつ、黒点が生まれる。
団員たちは誰一人として気づいたようすもなく、変わらず縦横無尽に暴れていた。いくら王宮内の訓練場で安全は確保されているとはいえ、魔道師が他の魔道が練られていることに気づかなくていいのかといぶかしみ、そんなテニーチェの目前を光の球が通りすぎた。なるほど、己以外の魔道がすでにたくさんあちらこちらそちらに発動されているから、そもそもの判断がつかないのか。特にテニーチェが団員を害そうとした魔道を使うつもりでないこともあるだろう。
これは大変だ、と素直に認める。けっこうガチめに人目を引く魔道じゃないと、視線を集めることができなさそうだ。視線を集めれないと訓練の指導もできない。指導ができないと、任務のひとつの集団魔道を使えるようにするなんてこと、できようがない。
おそらく、テニーチェのできる天候操作闇夜ではどうにもならない。それくらいのレベルでみんな自分たちの訓練に集中している。ちなみにテニーチェの闇夜は闇属性の魔道のひとつで、単に空を暗くするだけのもの。水属性が得意なら雨とか降らせて気づかせれたかもしれないのにとも思う。いや、できないことはないのだが、おふざけに近いこの魔道であんまり魔力を消費するのもと考えてしまう。魔道を使うにも、規模やら複雑さやらに応じて魔力とかいうこちらの世界の生物なら誰でも持っているエネルギーを消費するのだ。ちなみに黒の世界の人々も持っているらしい。
まぁできない(というよりかは避けたい)ことに固執しても仕方がない。イメージよりもっと派手になるよう調節しながら、テニーチェは魔道の発動を進める。
基点は視界を奪う闇属性の魔道のひとつ。そこに火属性での爆発を起こし風属性で音を大きくする。
(……爆発? ……まぁ、パッと見爆発に見えれば良しとしましょう。音を大きくするのは……あれ、こっちの方が難しいのでは……?)
闇の黒色だけだと味気ないから、水属性の虹をかけておこう。光は操れないが、今日は快晴でそこら中に光自体はある。闇属性の魔道を使う範囲をうまい感じに制御すればいけなくもない。
左手も宙にかかげ、なにかを操るかのごとく滑らかに細やかに、それでいて無駄のない動きで魔力が練られ魔道に成っていく。やがてひたりと動きを止めると、静かに息を吸いこんだ。
「――――」
聞こえない音で紡がれた詠唱。
空の黒点が弾ける。ついで弾けた黒点を中心にして訓練場を強風がなめまわす。耳をつんざくほどに大きな轟音で空気を振動させれば、さすがの第七王宮魔道師団の団員たちも皆揃って空を見上げていた。全ての視線の先に、ひょろひょろのとりあえず置いときました感満載な虹が浮いている。
テニーチェは空間属性の魔道で視線が交わる一点に瞬間移動すると、風属性の拡声を使う。今度は大きく息を吸い、叫んだ。
「まずはおとなしく整列してください!」
彼女の大きく開いた口は、仮面に隠れて見えなかった。
何人か言うことを聞かなかったヤツらには追加で魔道をぶちこんどいた。なんとか指導を行えるよう整列させられた団員たちに向け、テニーチェは大きくしたままの声で続けた。
「皆さんには一週間以内に集団魔道を使えるようになってもらいます」
沸き上がったざわめきは爆発音で掻き消しておく。
「今日はまず、皆さんがそれぞれどの属性の魔道を使えるのかを調べます。その結果から明日以降の計画を立てますので、嘘偽りなく吐いてください」
最後の一言は黙秘する罪人とかにいうもんなんじゃないかなぁ、なんて考えていた列の端のヒュドア・ウィルフィーアすぐとなりに大きな雷が落ちる。ヒィ……と肩を震わせたヒュドア含む団員たちに向け、テニーチェは朗らかな口調で言った。
「副団長さん、こちらへ来てもらってもよろしいですか? ……はい、私のとなりで大丈夫です。
それでは私と副団長さんの前、どちらでもいいのでそれぞれ一列ずつで並んでください」
仮面で見えないくせににっこり笑顔を浮かべて付け足す。
「均等に並んでいただけると早いので、できる限り同じ人数になるよう、並んでくださいね♪」
闇属性使いのくせに最後に発動させた魔道で風属性の結構難しめなはずの雷を落としちゃう実力持ちの新団長様に、ある者は恐れを、ある者は興奮を、ある者は闘争心を覚えながらも、四列橫隊から縦二列へと行動を開始した。
魔道技術で作られたペーパーレスで小型な記録帳に一人一人実演交えて調査を進めていく。事前にわかってはいたが、やはり色んな属性に極振りしている人がほとんど。複数の属性が使える団員もいるが、どちらかといえばたったひとつを極めた者のばかりで、夕方全ての団員の属性調査を終わった頃には頭を抱えたくなっていた。というか、団長として与えられた部屋に戻ってきてすぐにしゃがみこんで抱えた。
「なんでこう……ここまでバラけた属性なんでしょうか……」
団長就任前から集団魔道を使えるようにしなくてはならないという任務は聞いていたため、テニーチェもいくつかの構想は練ってきている。主六属性のみそれぞれのものと、あとは相性の良い属性同士をいくつか掛け合わせたものを。だが主六属性を使えない団員がいるとまでは考えていなかった。
集団魔道が二桁、つまり十人以上で使う魔道と決められている以上、最悪十人をピックアップして使えるようにしてもいい。任務で人数の指定は特になかった。
だけれど、とテニーチェは思う。
ひとつも集団魔道を使えない第七王宮魔道師団。団員数は自分を含めて二十九人。どうせ集団魔道を使えるようにするならば、少数精鋭で実力は確かな第七全員によるものがいい。
あくまでこれはテニーチェのエゴだ。加え自分から一週間で集団魔道を使えるようにすると宣言してしまった。なんかすごい勢いで自身の首を絞めている気がする。まぁ気のせいだと思考を逸らしておいた。というか明日から訓練を始めるなら、変なこと考えている時間もない。
「……今日の訓練を見た限り、実力だけは確かにありましたからね。最悪私の魔道で誤魔化す、ということにもならないでしょう」
自由奔放すぎるところは難点だが。もうそれはそれは顔をしかめてしまいたくなるくらいの悩みの種だが!
長という仕事を引き受けてしまった、そして自分から一週間と宣言してしまったからには是非とも成し遂げて見せよう。そう心に強くあれば、まぁ、どうにかなるでしょう。
ふぅぅぅ……、と長く息を吐き出すと、テニーチェは立ち上がる。両手を叩いて気持ちを切り替え、執務の椅子に座った。頬を叩いて切り替えるのは、仮面のせいで手が痛くなるだけだからやめておいたのは、内緒のことだ。
机の引き出しから紙の束と砂時計を取り出す。最近では魔道技術による、設定しておいた時間経過するとアラームのなるタイマーなるものも発明されているが、テニーチェは素朴で暖かみのある木製の枠がついた砂時計がお気に入りだ。なんとこの砂時計、一時間もの時を計ることができる。それだけものも大きいし持ち運びにも向かないことが欠点とも言えるが、そもそも一時間計って何かをするのはだいたいが椅子に座って集中したいときだろう。
ペン立てに立て掛けてあったつけペンを手に取り、インクボトルの蓋を開ける。カタンと音を立て砂時計をひっくり返すと、テニーチェは仮面をつけたまま紙にペンを走らせ始めた。
ひとまず一時間、集中だ。この間に第七皆で使えそうな集団魔道の粗めでも良いから十の案を出す。
テニーチェの背後にある窓からは夕焼けの暖かい光が射し込んでいる。
団長の執務室にはカリカリとしたペンが紙の上で踊る音だけが響いていた。