二十九 惰眠がぁ……ッ
テニーチェは悩んだ。
午後の休暇で惰眠を貪り尽くす為に今すぐ国王陛下の前から逃げ出すかどうか、わりと本気で悩んだ。
「……なんでしょうか」
それでもテニーチェが依頼内容を聞く姿勢を見せたのは、ひとえに彼女が置かれている立場によるものだった。第七の団長で簡単に表現するなら国王はテニーチェの上司。差し迫った状況でもない限り、話を聞かないというのは許されないのだ。
まぁ、他にも理由があったりなかったり、するけれど。
「テニーチェちゃんにも関わりのあることよ」
「私と、ですか」
何かあっただろうか。
仮面の奥で眉間に皺を寄せながら考える。ぼんやりとした視界には国王の御姿がしっかりと映っていて、ふと、気づいた。
「あぁ、ヴェールですね?」
テニーチェの確信籠った問いかけに、国王は大きく頷いて見せる。
「そうよ。このヴェールには魔道が掛けられてる、ってことはテニーチェちゃんも知ってるでしょ? その魔道を掛けるのに必要な媒体を採ってきて欲しいの」
「あー、なるほど。確かに私も関係のあることですね」
この場で国王が言い始めたということは、おそらく、すぐに行けという意味なのだろう。
しかしテニーチェは惰眠を貪りたかった。
「明日出発、ということで宜しいですね?」
「いえ、今から採ってきてちょうだい」
国王の声音に異論を赦すような隙間は残されていなかった。どうやら惰眠は諦めるしかないらしい。
「実はもう少し大丈夫かと思っていたんだけどね。テニーチェちゃんたちがクアットホワライ魔境に合宿へ行っている時に、魔道が解けかけたの。今も無理やりもたせている状態だから、出来るだけ早く媒体が欲しいのよ」
テニーチェちゃんならすぐ行けるでしょ、と言われたら頷くことしか出来ないのは、テニーチェがヘプタの名を授かっちゃうくらいに優秀だからである。
「場所は言わなくてもわかるわよね?」
「ええ、もちろん」
「時間はどれくらいかかりそう?」
「媒体……エクスファラン草でお間違いないですか」
「あっているわよ」
「わかりました。でしたら、あそこを突破する時間も考えると、三日は欲しいですね」
「了解。じゃ、多めに見て五日間でお願いするわ。その間は第二の魔道師団長に第七の団員たちを任せておくから、安心して」
第二の団長と言えば、魔道師なのに筋肉がすごいムスーミュス=デュオ・クスッタロスのことだろう。バーベルを一定の速度で持ち上げては下ろしてを繰り返していた姿は、思い出そうと心で念じれば思い出せるかもしれない。
「安心して、ちゃんと報酬も出すから」
「報酬、ですか? これまで交易で手にいれていたものですし、本来ならば今もそうだったはずでは」
「そりゃそうなんだけどさ。ま、緊急にお願いしちゃったからってことにしといて」
「……わかり、ました」
国王陛下御自身が仰るなら、受け取っておこう。
何よりお金があれば、美味しいものもたくさん食べれる。
「じゃ、行く前にこの書類にサインもらってもいいかしら?」
そう言って国王が近衛兵越しに渡してきたのは、世界破りの時にも目にした民間で使われる依頼書だった。
章タイトルの???は、やはりそのままで行きます。




