二十八 国王陛下は楽しそうに笑う
章タイトルの???は決まり次第変更します。
「やっほ~、テニーチェちゃん」
玉座から野太いくせに嫌に女々しい声が響いた。いや、柔軟とか弱々しいとかいう意味ではなく、文字通り女性らしい口調という意味での女々しいである。
ティアラ風にあしらわれたヘアバンドから垂れるヴェール。耳たぶには左右違うのにどちらも綺羅びやかで大振りなイヤリングが揺れている。男性特有な大柄な体つきながら女性ものの服が似合っているのは、たぶん、仕立てた人の技術が凄まじかったのだろう。羽織ったマントには赤と橙と黄と緑と青と藍と紫がベッタリとインクの付いた筆を振り回した結果かと疑いたくなるくらいに縦横無尽かつ大胆な彩りを見せつけていた。
まぁ、今のテニーチェは国王陛下の御前ということで跪いているせいでどれも視界に捉えることは出来ていないけれど。せいぜい宝石で飾られたヒールのある靴に目が痛くなるくらいである。
「テニーチェちゃん、殺しを禁じられてたのに二十八人を無力化しちゃったんだって? さっすがヘプタの名を授けただけはあるわ」
けらけらと軽快に笑う、世界の一翼を担うナミスシーラ王国の国王。外国の要人からはナミスシーラの第十三代目、国内の民衆からは国王陛下と呼ばれる存在だ。名前はテニーチェも聞いたことがなかった。
「お褒めに預かり光栄です」
テニーチェは俯いたままに声を発する。
「これからも頑張ってちょうだい。それで、今日は第七王宮魔道師団の強化合宿の報告、だったよね」
面を上げなさい、という国王の言葉でようやくテニーチェは視線を上げることが出来た。それでも国王の顔を覗うことは不可能。理由は単純で、テニーチェの仮面如くヴェールがそのかんばせを隠してしまっているから。
なんでも、この国の王は血統で決まるのではなく実力で前代の王が直々に選んでいるらしく、その選定自体も内密に行われている故、生まれがどこかがバレないように顔を隠して生活しなければならないそうだ。どこの家で生まれたのかすらも秘密になっているのは、国王を排出した家が力をつけることを抑える為。世界の一翼を担うくらいの大国では、血統を重視する貴族制度も残ってはいるが、同時に出自が関係のない実力主義も用いている。
ちなみにテニーチェは今も仮面をつけている。無礼であることは重々承知の上で許可をもらっているのだ。
「まずは、今回の合宿についての報告書をちょうだい」
テニーチェは「はい」と頷くと、近寄ってきた近衛兵に上でホッチキス留めされた紙の資料を手渡した。それを受け取った国王は、軽く目を通す。
「基本的には事前に提出のあった計画通りに進められたようね。食べ物についての言及がある辺りは貴女らしいけど」
「クアットホウライトンは非常に美味でした」
「アタシも食べたことあるわよ。確かに美味しかったわね、クアットホウライトン」
勢いよく何度も首を縦に振るテニーチェに国王は楽しそうに笑う。
「テニーチェちゃんの味わってきた料理については、後でじっくり報告書を読ませてもらうわ」
料理だけで十枚程の紙を使っている束を揺らしながら続けた。
「今日は団員たちの訓練成果についての話をしてもらってもいいかしら?」
「畏まりました」
すらすらと報告を始める。言葉に引っかかりがないのは、一度文面として纏めたからだけでなく、事前に今日話す内容をしっかりと考えてあったからだ。計画性の無さで改めて反省したばかりだったため、さすがのテニーチェも順序立てて説明出来るように練っておいた。
一通り報告を終えると、国王陛下はお疲れ様と労ってくれた。
「最後に一つだけ聞きたいんだけど、良い?」
「勿論です」
「ありがと。――団員たちは、みんな楽しそうにしてた?」
「はい。皆いきいきと過ごしておりましたよ」
「そう、良かった」
ふと洩れた息は、どこか安堵の色を含んでいる気がした。
「じゃあ、強化合宿についてはこれくらいね」
国王陛下のその物言いに、テニーチェはなんとなく、嫌な気配を感じ取る。なんだ、強化合宿については、とは。まるで他にも用事があるみたいじゃないか。
果たして、ナミスシーラの第十三代目は、脇にある豪勢な机から一枚の紙を取り出す。
「話は変わるんだけど」
テニーチェちゃん本人に頼みたいことがあるの。
いとも愉快そうに、国王陛下はそう告げた。




