二十七 休憩所にも限定メニューはあるんだよ!
帰りのバスに気絶した団員たちを詰め込むのは、想像を絶するくらいの重労働だった。魔力カラカラで自分一人の体さえ重いっていうのに、さらに二人を両脇に抱えてバスの段差を昇らなくちゃいけなかったのだ。辛いなんて言葉じゃ言い表せないに決まってる。
それでも料理人さんやバスの運ちゃんに任せずアージュスロの魔道で手伝ってもらいながらもほとんどをテニーチェ自らが運んだのは、気絶させたのが他ならぬテニーチェ自身だったから。決して料理人さんたちに手伝ってもらうことで料理人さんの手やら腕やらが負傷して美味しいご飯が食べられなくなることを危惧したからではない。ないったらないのだ。
とはいえテニーチェも疲労困憊であることに変わりない。むしろ二十八人をバスに詰め込む作業でさらに疲れが溜まったくらいだ。
故に帰り道は料理人さんたちに万が一に備えた見守りを任せ、テニーチェは限界まで倒したリクライニングシートの上でぐっすり眠りこけていた。魔力も体力も、寝たほうが回復するというのは同じなのである。
テニーチェが目を覚ましたのは、バスに乗り込んでから丸一日経過した頃のことだった。
目蓋を開いて、唐突に入り込んできた光に思わず瞬きをしてしまう。少しして目が慣れてきて気づいたのは、窓から夕日が差し込んでいるということ。
倒していたリクライニングシートを起こすと、後ろの座席からひょっこり顔が飛び出てきた。
「おはようごさいます、団長」
ボクっ娘ことヒュドア・ウィルフィーアだ。テニーチェも掠れた声でおはようございますと返す。寝起きはあまり良くないためか、声をまともに出すことすら億劫に感じてしまう。
そのまま流れるようにして大きな欠伸をしたら、ヒュドアはけらけら楽しそうな笑い声をあげた。
「団長、まだ眠いんですか?」
「……っふぅ……いえ、そういうわけではないんですがね」
テニーチェの意思で欠伸をしたのではない。欠伸の方がテニーチェから出てきたのだ。――と言うのもなんだか面倒くさかったので、やめておく。代わりに両手を組んで真上へ伸びをした。
なんとはなしに窓の外へ目をやると、街路樹が立ち並ぶ道路を走っていることがわかる。
「合宿も終わりが近いですね」
「それ、第七の敷地に帰るまでが合宿、ということですか?」
やはりヒュドアは軽やかな調子で笑っていた。
それから暫くして、バスが休憩所に入り停車する。休憩所にある施設内で夕食を取るように、と言い渡したテニーチェは食事処の看板を見やる。もちろんクアットホワライトンと料理などなかった。きっとこれからも、また四季魔境にでも行かない限りは食べる機会もほとんどないだろう。
名残惜しさに溜め息を吐いたら、後ろについてきたヒュドアとアウウェン・トルス=ブロントロスが不思議そうな顔をしていた。おおかたなぜ溜め息なんて、といった疑問によるものなんだろうなぁ、なんて思いつつ、この休憩所限定らしいメニューを食べようと決めた。
カウンターで品物を頼み、支払いは王国から事前に貰っていた合宿経費から出した。団員たちにもバス内で渡してある。あまり高いものになると自腹も切らなくちゃいけなくなるけど、テニーチェが頼んだメニューくらいならギリギリ経費で足りる。
ヒュドアとアウウェンもお会計を済ませると、テニーチェは二人を連れだって近くの四人かけのテーブルの椅子に腰をかけた。三人用のテーブルなんてものがあるならどんなものなんだろう、とふと思った。
「さっすが、団長様、でっしてよぉ」
開口一言目、アウウェンはいつもの調子で話し出した。
「ほんっとうに一人で二十八人をたっおしてしまうなんて」
「最後の全体訓練のことですか」
「えっえ、そうですわぁ」
「ボクたちにしては珍しく協力して色々考えたのに、それでも負けちゃうんですもん。やっぱ団長って、スゴいんですねぇ」
はぅ、と首を横に降るヒュドア。ほんのちょっぴり悔しさも混じっているように感じた。
「皆さんもお強かったですよ。最終的には私が勝ったとはいえ、魔力はすっからかんになってしまいましたし」
「ふっふふ、そう言っていただっけると、頑張った甲斐があるというものですわねっ」
「ねーっ。他の人と合わせるのも大変だったけど、協力してなかったら、あっというまに負けてたと思うし」
和気あいあい話していたら、テーブルの上に置いてあったブザーがブーブー鳴る。三人分を一つのものに纏めてあったため、全員分の食事が完成したということだ。
立ち上がって、食事の受け取りに向かう。団員二人と話ながら、テニーチェはほうっと息を吐き出した。
一年に一度の強化合宿も、終わりが近づいている。というか、合宿のスケジュールは全て完了している。
バスに乗って第七の本拠地に帰り、とこれからの予定を頭に巡らせた。他の団員たちが休暇を取っている二日のうち、二日目の午前中はたしか、国王陛下に呼ばれていたはずだ。休暇一日目に合宿の全容を報告書に纏め、それも提出しつつ簡単な報告をしなければならないのだ。
午後は完全休暇だから、今後に備えてしっかりと休もう。なんなら惰眠を貪ろう。
心のうちでそう決意し、テニーチェは休憩所限定の料理を受け取ったのであった。




