二十六 今度はホントに苦手です
最近、遅くなってばかりで申し訳ありません。
一歩目。
せり上がってきた岩のニードルを宙に大きく浮いて避ける。上げた右足が地面についた。
二歩目。
挟むようにして飛んできた風の弾をカクっと膝を曲げることでかわす。上げた左足が地面についた。
三歩目。
荒れ地からは土のニードルが、空からは暴風の弾が、それぞれ迫ってくる。テニーチェは迷うことなく自らの背中に衝撃の魔道を発動させ、前に大きく進むことで逃れる。上げた両足が地面について、四歩目にもなった。
「んー、わかりませんね」
全体訓練の範囲は、ひび割れた地面の続く荒れ地内とあらかじめ決めてある。とはいえ、その荒れ地自体、わりと広めなのだ。
いくらテニーチェがヘプタの名を授かっているからといって、なんでもかんでも魔道で出来るわけじゃない。特にテニーチェは見えてる敵を殲滅することが得意で授かっていたりもするが為、隠密を探すような真似は結構苦手な部類なのだ。
そりゃあ、まぁ、とテニーチェは溜め息を吐く。
近接に持ち込まれたときに詰まないよう、近接でもある程度戦えるように鍛えてきた。
同じく、隠れた敵を炙り出す為の魔道も、一応、取得はしている。魔力の消費がエグいけど。どうしたもんか、なんて悩んでるうちにも攻撃は飛んでくる。そろそろ迎えのバスも来る時間だし、決着がつかないままなあなあで終わるのも、正直納得がいかない。
「はぁぁぁ……」
溜め息がさっきから重い。なんでこんな広い場所で訓練やるって言っちゃったのか。隠れてる敵を炙り出す為の魔道だって、狭い範囲でならいうほど魔力を消費しないっていうのに。
今の魔力残量的に、この荒れ地一帯で炙り出しの魔道を使うなら、攻撃としての魔道を使えるのは三回か四回程度。テキトーな魔道で無駄な一回を消費したくないし、炙り出しの魔道使用後に使わなくてはならなくなるであろう魔道のことも考えると、仕留め得る魔道は二回と見ておくべきだろう。つまるところ、見つけたら即座を狙うつもりで、土属性と風属性の二人を気絶させなければならない、らしい。
テニーチェに計画性がないのは昔からのこと。
(物事にはしっかり取り組もうと、決めたはずですがね)
昔からの性格は、そうそう簡単に変えられることじゃない。
今さら悔やんだところで、時間は巻き戻らない。
それよか団員二人の魔道に対処するためにうっかり魔道を使わないよう、さっさと炙り出しをしてしまおう。
魔道発動のために魔力を練る傍ら、攻撃してくる魔道を避ける。平面的になんとか、という具合な為に、どうしても当たってしまうものもある。致命傷にはならないようにしているから及第点だろう。
無言で走って、急に止まったかと思えばしゃがみこんで。バッと跳び退り、両手を地面について宙返りをする。うまく攻撃を当てられないことに焦って向こうから出てきてくれたらいいな、なんていうあわよくばも狙っちゃってるが、さすがに現実は厳しいらしい。
そんなこんなしている内に、魔道発動の準備が出来た。
どうやって発動させようかを考え、決める。立ち止まるやらなんやらで前振りっぽくしてあちらを警戒させるくらいなら、今のまま動き続けながらの方が良いだろう、と。
大規模な魔道の発動を移動しながら、しかも割とビュンビュン魔道を使っていないのに半立体的に行動しながらというのは難しかったりもするが、テニーチェにとってはそうでもなかったりもするのだ。そこはヘプタの名を持つに相応しいくらいに鍛錬を積んできている。
風の魔道が飛んできて、土の魔道がせり出してきて。
両方を避けながら、テニーチェは息を吸い込んだ。
「――――」
たしか訓練による多少の地形変動は赦されていたよね、と今さらながらに思い返しつつ。
瞬間、荒れ地一帯の標高が下がった。
正確には、地面を二十メートル程消した。
クアットホウライ魔境の一角、標高が二十メートル下がったという、ただそれだけの話だ。
同時に、テニーチェは空中に浮く魔道を使用する。ヘプタの名を持っていても、二十メートル上から地面に叩きつけられたら死ぬ。魔道師団じゃない物理的に強い団の団長として授かっていたなら別なのかもしれないけど。
ぐるっと見回すと、すぐに団員二人は見つかった。遠目からでもいきなり地面が消えて焦ってんだなぁ、というのがわかる。だって片割れは風属性の使い手なはずなのに、二人とも自由なる落下をしてしまっている。
空中に浮く魔道の方向性を少し弄り、隠れ続けていた最後の二人の元へ豪速球で近寄る。ここでも殺しちゃいけない縛りがテニーチェの制限になっていた。
もし殺しもありなら、見つけた時点で消去すればいいだけのことだから。
いきなりの風圧に呼吸が苦しいのは、我慢。
仮面のお陰で顔に直接大気の圧力を感じないのは不幸中の幸いなのかもしれない。
目の前まで迫り、テニーチェは利き手を手刀に形に構える。他の団員をヤッた時みたく地面に叩きつけてでの気絶は出来ない。そんなことしたら、もしかしなくとも、二人の呼吸は永遠に止まる。
後ろ首に、一発。
確実に意識を刈り取れるよう、精密に操った魔道も併用する。
力無く落ちていきそうになった一人を抱え、もう一人に向け手刀を振りかぶった。考える暇すら与えぬよう、首元に一撃与える。
こちらも落ちていきそうになる前に脇に抱えた。
団員二人、しっかりと気絶していることを確認。
魔力切れが近すぎる故にガンガンドクドク鳴っている頭に顔をしかめながら、テニーチェは口を開く。
「アージュスロ」
ホイよ、と懐から竜もどきが顔を出した。
「あー、これ、俺が始末しろと?」
「お願い、します」
弱々しい声でテニーチェは返答する。
「ぁ……別に構わねぇけど……」
言いたいことはすぐにわかった。
「いい、ですよ。今なら誰も見ていないで、しょうし」
少し迷った後、アージュスロは頷いた。
「おぅ、任せとけ」
テニーチェの抱えている二人を除いた、絶賛気絶中の二十六の団員たちは、いつもより二倍から三倍くらい大きな姿をしたアージュスロによって優しく地面に降ろされた。




