二十 近接戦、苦手ではないが嫌なだけ
殺人、という上限を取っ払っちゃえば、本当の本当にサラッと解決する。なんせ一面をさっきの闇属性魔道の亜種で覆ってしまえば良いのだから。そりゃあ、魔力は多分に使ってしまうだろうが、安全で楽、かつ確実に勝てる方法ではある。
だが殺人を禁止されている(上からそう厳命されている)以上、隠れている団員たちをあぶり出すには違う方法を用いなければならなさそうだ。
闇属性に探知系の魔道はなかったはず。あったとしても思い付かない時点で、今使うことは出来ない。
自分の魔力を無闇に放出して探る方法もなきにしろあらずだが、訓練に用いている荒れ地が広いために一度やってしまったら魔道なんて使えないくらいに魔力を消費してしまう。戦闘手段が魔道しかないテニーチェにとって、魔力がなくなるのは敗北に等しい。
「……近接戦、行きましょうか」
また溜め息を吐きたくなってきた。というより吐きそうになったのをなんとか抑えた。溜め息ばっかり洩れてても、状況は良くなりっこない。幸せが逃げるらしい、というのは友人が言っていたことだけど。
遠方から殲滅するのが、テニーチェの一番得意とする戦法。
近接でバンバン飛んでくる魔道を避けながら臨機応変に魔道を撃ち出していく、というのも苦手じゃないが、頭が疲れるからあまり好きじゃない。
まぁつまり、テニーチェが頑張れば状況打開も夢じゃない、ということだ。
体勢を整える。空気抵抗が少なく、かつ安定して高速で飛べるように宙で半回転して、魔道を発動。弾丸の如くテニーチェは飛び出した。
手元に闇属性魔道を準備しておき、まずは火属性魔道使いのイグール・アトリボナを目標とする。もう一人立っているアウウェン・トルス=ブロントロスよりも近接では危険だから。火は原則高温。もしイグールがアッツいそれを纏いながら襲ってきたら、対処するのはものすごく面倒。
その点アウウェンの雷属性は、近接で戦う分にはそこまで脅威じゃないのだ。雷を纏われても火みたく熱くはならないし、テニーチェの使う魔道の特性的にはむしろ利に傾く。雷が速すぎるというのも事前に発動がわかっていれば避けられる。
ようは、相性の問題。
テニーチェの能力的に雷属性とは有利に事を運べるという、ただそれだけ。
左手で勢いを出して、右手を突き出す。先程空から放った二回目の魔道を避けただけあって、イグールの反応速度は常軌を逸していた。テニーチェの右手に準備した闇属性魔道が発動。衝撃が生まれる。
瞬前に、イグールが身を捩って逃げた。だがもちろん、テニーチェの攻撃はこれで終わりじゃない。
右肩が前へ行こうとするのを引いて、流れを作った。あらかじめ想定してあった為か、そう無理なく体勢が整う。
向かって左側に逃げたイグールを、今度は左足で蹴り込んだ。闇属性の衝撃を生み出す魔道は既に設置済み。足の甲の動きに合わせて発動する。
「ぅ、オッ」
イグールは避けた反動か、思うように取れていないであろう体を捻って無理矢理避けようとする。
けどそれも、折り込み済みだ。
テニーチェの白銀の瞳が煌めく。
蹴りが掠りながらも急所への直撃を免れたイグールの顎下、唐突な闇色が現れた。衝撃を生み出す、テニーチェの魔道。
「ガハ……ッ」
背をのけ反らせながら、イグールは顎にアッパーを食らいブッ飛ばされた。地面に当たって、一回跳ねて、弱々しく倒れ込む。
すかさずテニーチェは腹に意識を完全に刈り取るための魔道を放った。
ここまでで、おおよそ七秒。
「イグール様っ!?」
信じられないと目を見開いて叫んだのは、雷属性使いのアウウェンだ。
テニーチェは小さく一息つくと、仮面の奥に隠れた双眼でアウウェンに視線を送る。
「あと、六人ですね」
地上に降りてきたお陰か、二人程既に居場所を特定していた。
そしてテニーチェは、再度、荒れ地を踏み蹴る。直後に真っ正面から襲ってきた氷の飛礫を魔道で消し去りながら。




