十七 春の麗らかなる陽射しを
ごめんなさい、少し遅くなりました……!
「――始め」
テニーチェがデジタルのタイマーのスタートボタンを押した。小型なのに近くにいたら鼓膜破れるんじゃないかって強く思っちゃうくらいな大音量のタイマーである。今回の合宿のために特別に作ってもらったものだが、これからも使おうと考えていたりもする。
そんな馬鹿音量でピッとなった瞬間。
ぐあり、なんて大気の変わる音も重なって聞こえた気がした。
「イッけぇッ!」
吹雪が止む。立ち込めていた暗雲が霧散する。
ヒュドア・ウィルフィーアが天に向け翳した手から、何やら透青色の光が出ていた。天候を一気に変えるための魔道を使用したのだ。
同様に手を差し出している団員たちからも多種多様な光が舞い出されている。アウウェン・トルス=ブロントロスだって、得意じゃない中でも比較的マシな風属性の魔道を使っていた。今回の全体訓練では、電子やら何やらを動かす雷属性は必要ないという結論だったが、最初の一撃、ならびに途中の橋渡し中の維持係としては動く予定なのだ。
最初の一撃。
陽の光なぞ全くもって感じられない黒雲の立ち込める吹雪を、春の麗らかな晴れの日に変えるためのものだ。実際には複数もの魔道を使っているが、使用時間としては同時なため、第七の団員たちはそう呼称している。
まずは全員の力で、無理やり天候を変える。個人個人の能力は非常に高いことを生かした、多種多様の属性の魔道を一気に使用した、ゴリ押しながらも計算高いものだ。
「空はオッケー!」
「大気の流れも大丈夫っすよッ」
「気温、万全」
「し、湿度も、完璧です……っ」
タイマーはまだ十秒も刻んでいない。
にもかかわらず、冬の嵐の名残すら消え去った。
「じゃあ、今からは観測班と維持班に分かれるよっ」
維持をするのは、空が二人、温度が一人、湿度が一人の計四人。時折風を吹かせるという役割が一人だ。約三時間のうちで十五分ごとに交代しながら、五人が天候を維持する。
観測は、天候を変化させていないところが今どのような天気になっているのかを調べる人が一人、その結果を維持の五人に伝えるのが一人。残りの各々が春の天候として乱れがないかをチェックする。
事前十五分で決めきったこと。
残りでチェックする団員は、万が一の時の臨機応変対応係も兼ねている。
協調性皆無と言われ続けた第七王宮魔道師団とて、本気を出せばクアットホワライ魔境での三時間程度、天候を変え維持し続けることくらい、なんなく成し遂げてしまう。
成し遂げられるのだ、とタイマーの時間が刻んでいく度に、団員たち自身が感じていた。
それから、一時間、二時間、二時間五十分、と。
危ないときもあったものの、春は維持され。
残り一分を切った。
そのときだった。
「クアットホワライトンが、二匹、迫ってきていますっ!!」
緊張が走った。
クアットホワライトンといえば、美味ながらも狂暴すぎる生き物じゃなかったか? なんて、ヒュドアが震える息を吸い込む。先日団長やアウウェンと共に見つけたとき、頑張らないと目で追えない速度で走っていたのを覚えていた。
あと一分。
いや、もう一分もない。
けれどタイマーが終わりを告げる前に天候が崩れてしまったら、今までの全てがなくなってしまう。外の天気がじとじととした雨であることは、観測の通信を担当している人が言っていた。
慌てふためきながらも決して天候を崩さず、けれども徐々に目視できる距離に迫ってきているクアットホワライトンに焦燥感が高まる第七の団員。
そんな彼ら彼女らを見て、テニーチェは拡声の魔道を使った。
「私がヤりましょう」
視線が集まる。
テニーチェは地面に立った状態で、ただ、クアットホワライトンに視線を向ける。
それだけだった。
二匹から首が、ごとりと落ちる。
直後、タイマーがなった。
「お疲れさまです、皆さん。無事成功ですね」
何事もなかったかのように、テニーチェは言った。
いや、クアットホワライトンの方向へ歩いている。もちろん回収して料理人たちに渡すために。
「ではこのまま、連絡事項です。
最終日にある最後の全体訓練では、皆さんと私とで戦うという内容になっております。是非当日までに皆さんで私を倒せるよう、計画を練ってきてくださいね」
違う意味で、未だ晴れの保たれた空間に焦燥感が駆け抜けた。




