十四 飛んできた、飛んできた……トンできた?
テニーチェのポケットから竜もどきが顔を出した。アウウェン・トルス=ブロントロスが黄色い声を上げる。物珍しいからとか可愛いからとかじゃなくて、単に訓練をするにおいてものすごく役に立つからというところに理由があることが、やっぱり第七の姫であっても第七の団員であることには変わらないのか。もしかすると誰よりも第七の団員っぽいから姫なんてワードで呼ばれちゃったりしているのかもしれないが。
アウウェンのとなりにはヒュドア・ウィルフィーアが荒い息で立っている。今にも倒れそう。ぶっ飛ばし続けていたテニーチェとアウウェンについていくのに必死だったからだろう。もちろんぶっ飛ばしていたのは空中を飛ぶ速度と高度で、理由はクアットホワライトンを食べたあとにまた一悶着あったからである。主にアウウェンが、テニーチェのクアットホワライトンを殺すために使った魔道について詳しく求めたということで。ヒュドアからすれば火の粉がバコバコ飛んできた気分だ。朝からクアットホワライトンを追いかけまわす羽目になったことも含めて。
そんなヒュドアも、アージュスロには興味がある。というか興味があってかつアウウェンについていってクアットホワライトンを発見できればアージュスロと共に訓練をすることができるという理由で二人に付き合っていた。彼女の魔道探求の理由のためにも、アージュスロについての情報は喉から手が出てきちゃうくらいに欲しいものなのだ。たとえそれで火の粉をポンポン浴びることになっても。
荒れた息を整えながらもアウウェン、アージュスロと一緒に魔道訓練を始めていた。ヒュドアの得意属性は水。だから飛んでくる攻撃を水属性の魔道でいなし、打ち消し、時には利用して反撃する。アージュスロの使う魔道は普通の人間と変わらない。魔道を使う生き物はこの世界では人間以外にいないという研究による見解が出ていたが、アージュスロはどう見たって人間ではない。テニーチェ団長は人工生物と言っていたが、そもそも自我のある生き物を作ることも無理なはずなのに。頭の片隅でつらつらと考え事をしながら、ヒュドアは飛んできた火の玉に水を被せて水蒸気にする。攻撃主であるアージュスロに飛ばし返しておいた。そういえば、アージュスロは色んな属性の魔道を使っている。だからといって王国では最高峰な王宮魔道師と渡り合えているのだから不思議だ。
訓練の手を緩めずに、けれども自分の目標も抜かり無く進めているヒュドア。その傍ら、彼女よりも強い団長様ことテニーチェはムシャムシャ豚の唐揚げだ。冷たくなってもサクサク美味しく食べれるように工夫して作った食べ物らしい。かの美味しいものばかり作る第七専属料理人たちが工夫したこの一口サイズの唐揚げ、とっても美味しい。止まらない。病みつきとはこういうことを言うのだ。残しておきたいと願う理性とどんどん食べたいと欲する感情がせめぎ合っている。唐揚げを口に放り込む手が止まらない時点でどちらが優勢なのかはすぐにわかってしまうが。とんでもない旨さは止められそうにない。
とはいえ、テニーチェも団員の一人として合宿には参加している真っ最中なのだ。もちろん魔道も使っている。空中を縦横無尽に飛び回りながらも気持ち悪くならないよう空気の流れと重力の方向を操り、時たまヒュドアとアウウェンとアージュスロに洒落にならない魔道をぶっ放すという、冷静に考えてみれば難易度も含め頭のネジがどっかしらに飛んでいってしまった内容の魔道を。テニーチェ程になれば複数の魔道を同時に使うことも手慣れたものであった。
「…………あ」
ふと指先がバケットの底を掠る。見たくないと叫ぶ心を押さえつけ、こっそり視線を下に送った。
唐揚げバケット、中身ゼロ。
どうも完食してしまったようである。
――アージュスロ。
轟音で魔道がはしゃぎ合っている空間で声を出すくらいならばと、人工生物な竜もどきの形をしたアイツに念話で話しかけた。
――すぐ戻ってきてください。すぐ、今すぐにっ!
――ぁ?
不満そうにしながらもふよふよテニーチェのそばに飛んできたアージュスロは偉いと思う。
「唐揚げがなくなったので、補充してきます。私の視界から出ないように付いてきてください。すぐ終わると思うのでお願いします」
アージュスロに意見を挟む余地はなかった。
問答無用で料理人テントへ向かったテニーチェ。料理人たちも事前に察していたのか、バケットを受け取るとすぐに中へ引っ込んでいった。
そして手渡されたバケット。なんだかすごく重い。
「……あの、すみません。どれだけいれたんですか?」
テニーチェが尋ねると、間髪入れずに返ってきた。
「一トンです」
豚の唐揚げはトンできた。
ちなみにテニーチェはめっちゃ多いと喜んだ。重さは魔道でどうにでもなるからであろう。アージュスロはずっしりしたバケットに、ちょっとばかり、いやかなり引いていたけど。
アウウェンとヒュドアも多すぎる唐揚げを見て、驚いていた。




