十一 街路樹を抜けてバスは走る
明日の休みを挟んで、明後日から強化合宿に入ります。
夕食後、放送を介してテニーチェは第七王宮魔道師団に大きな爆弾を放り込んだ。別になんてこと無い事務連絡だ。
一点、二日後に控えているのに初めての通達であった点を除けば。
皆やはりざわざわしていた。というかざわざわしないほうがおかしい。そこらへんの感性は、いくら難あり集団とはいっても普通なのか。
一点、ざわめきの内容が主に強化合宿でより魔道を高められるということに集中しちゃっている点を除けば。
やっぱり第七は第七なのかもしれない。
その他数少ない声の中に、何故か次点にきそうなわりと多いかもしれない団員が明日の休みが合宿準備に潰されることを嘆いていた。テニーチェもそれには頷く。共感できることは確かだったから。
一点、明日の休みも訓練をするつもりで、その訓練が出来なくなったことに対する点であることを除けば。
第七は紛れもなく第七だ。
この事実が揺らぐことは、今後一切無い気がする。
そんなこんな一騒動にもならないことがあり、団員それぞれが通達と共に伝えられた通りの準備を済ませ、強化合宿当日。
「今回の強化合宿先は、クアットホウライ魔境になります」
貸し切りバスの中、テニーチェはバスに付いていた拡声の魔道具を使って行き先を伝えた。バスに乗るまで秘密だと上から言われていたため、一昨日の放送ではまだ団員たちは知らされていないのだ。
行き先を聞いて馬鹿みたいに盛り上がる第七総員。これも理由は魔道がうんたらかんたらなんなのだろう、きっと。魔道がうんたらかんたらじゃなくて、多分、魔道強化に繋がると確信したからに違いない。
テニーチェも最初に聞いた時はものすごく喜んだ。いろんな美味しいものが食べれると確信して。第七専属の料理人たちも、もちろん同行している。たとえ同行しない予定であったとしても無理やりさせるつもりでいたが。
「非常に有名な場所ということで皆さんもご存知でしょうが、クアットホウライ魔境についての説明をしておきます」
盛り上がりの嬌声が止みそうになかったので、バスに完全無害な超爆音を魔道を使って鳴らしておく。運ちゃんは元より第七の噂を聞いていたようで、全く驚くことなくハンドルを操っていた。すごい。
クアットホウライ魔境。
通称、四季魔境。
四季が入り乱れていたかの如く、不定期に、場合によっては毎秒単位で四季が切り替わる場所だ。過去の最長記録では、まるっと一年間、二秒から三秒間隔で夏と冬と秋と春がコロッコロ変わっていたこともあったとか。
ある程度は発達しつつある魔道技術によって解明されているが、まだまだ謎の多い魔境。魔境と冠する理由は単純で、四季の入れ替わりが激しいために普通の人では滞在することすら厳しいから。
そういった環境の激しさから、普通では観測し得ない生き物たちがうじゃうじゃいる。テニーチェが密かに期待している美味なるものの理由もこの辺にあったりする。
一度も行ったことはないが、クアットホウライ魔境産の食物についての話は聞いたことがある。厳しい環境で鍛え抜かれた食材たちによる料理はやはり絶品だと。せっかく魔道師団としての強化合宿ということで費用全て王国持ちで行けるなら、堪能する以外ない。普通に行こうとするなら、結構大変だし、そもそもテニーチェは猟師じゃない。
なんていう自分の欲望は胸の内に秘めつつ、テニーチェは次にクアットホウライ魔境が今回の合宿地である理由を話す。白銀の髪が窓から射す陽の光で煌めいた。
「……以上のように、クアットホウライ魔境は四季の入り乱れが激しい場所です。よって私たち王国最高峰の魔道師として様々な環境に慣れる訓練になります。
また、第七は非常に多岐に渡った属性を使いますね。クアットホウライ魔境が常に環境として不安定な場所であることからも、私たちには適した場所と言えます。それぞれの得意不得意を全て試すことができると言い切れますから」
つらつらと説明ができるのは、前日の準備後に内容を考えておいたからだ。さすがに当日寝不足は不味いと思いのめり込んでまで内容構成を練っていたわけではないが、それなりには仕上がっている。
その後も諸事情を伝え、加え注意事項は五回ほど口を酸っぱく言って喉がガラガラになりながらも、テニーチェは一息つく。
「では、皆さん、質問はありますか?」
一人だけ手を上げた。
「トルス=ブロントロスさん、どうぞ」
揺れるバス内をバケツリレー形式で渡っていったマイクを手渡されたアウウェン・トルス=ブロントロスは、落とさないようにしっかり握る。
「団長様、アージュスロ様も今回の強っ化合しゅぅくぅに参加なっさるんですのぉ?」
妙にうっきうきして声が普段より弾んでいるのは木のせいだろうか。そうだ、きっと今通っている道の脇に植えられている木たちが悪いのだ。違う、気の所為だ。
唐突の人工生物の名前に混乱した脳内を宥めつつ、テニーチェは苦笑を洩らした。
「参加しません」
「いっゃあですぅわぁっッッ!!!」
叫ばれても困る。
アージュスロが第七王宮魔道師団の団員ではないと説明しても、アウウェンは聞く耳を持たなかった。途中からとなりに座っていたヒュドア・ウィルフィーアと後ろに座っていたイグール・アトリボナも参戦してくる。マイク持って三人で叫ばないでほしいなんて言ったところで、テニーチェの声は掻き消されてしまった。妙に不自然に消えてったから、他の団員が魔道を使っているのかもしれない。
ヒュドアはわかる。アージュスロを披露するきっかけになったのは彼女だ。だがなぜイグールまで、とテニーチェは頭を抱えたくなった。第七に来てから通算二百回目だったことは、テニーチェにすら気づかなかった異業である。
「ですからっ…………はぁ」
通じそうにないのは、最初からわかっていた。認めたくなかっただけだ。
「……わかりました。私の目の届く範囲内ででしたら、限定的にアージュスロと共にでの訓練を認めます」
「ぉッッっシャアあっっッ!!!!」
マイクを通していないのにやけに大きくバス内を響き渡ったテニーチェの声に反応したのは、マイクを持った我儘三人組じゃなかった。
「……アージュスロ?」
「ァ……モウシワケゴザイマセンデシタ」
竜もどきの人工生物は、目で捉えきれない程速くにバスの床に頭を擦り付ける。
見事すぎるスライディング土下座だった。




