十 疑問が降り積もっていく
どうしよう、とヒュドア・ウィルフィーアは唸った。
だってこれから訓練の時間。なんかすごいブンタイ? の半分な仮面さんが喋ったのが気になるからって、訓練サボるのはよくない。
「……ボク、ちゃっちゃと今日の訓練終わらせます! それからこの仮面さんを堪能する!!」
「ヒュドア様、訓練は時間で区切られておっりましてよ? いつも以上に真剣に取りっ組もうと、課題性でないたっめ、たっん能できる時間は変わりませんわぁ」
アウウェン・トルス=ブロントロスの返答は的を射すぎてて辛かった。
「ウィルフィーアさん、本日の訓練は共に行うのですから、私の目が届く範囲でならコイツと色々と会話……では訓練になりませんね」
「ァ、俺も魔道ちょっとは使えるンで、今日の訓練、手伝いますよ……ハィ……」
「ホント!?」
打って変わって、ヒュドアは嬉しそうにピョンピョン跳ね上がりまくりそうだ。楽しそうで何より、とテニーチェは心の内でこっそり思った。
それにしても、コイツ、念話とは態度が違いすぎる。どれだけ猫を被ったら気が済むのだろうか。
「じゃあ、早く二階に行きましょう!」
にこにこ笑顔のヒュドアを先頭に、三人組は再び歩きだす。多人数が一度に上ることも考えられているのか妙に横幅の広い階段を上ると、以前の訓練場に似た広々とした空間が現れた。
見上げると、たしかに天井が高い。目視は出来るも、これだけあれば前までと同じような縦横無尽な第七団員たちの訓練も行えるだろう。天気の悪い日でも変わらず訓練が出来るようになったことは、ものすごく大きな利点だとテニーチェは小さく目を細める。
四本足の竜みたいな見た目になり宙を浮いている半分仮面の人工生物が伸びをした。
「テニーチェ、俺なにすれば……」
「適当で構いませんので、訓練に付き合ってください」
「ナァその適当って、テキトーじゃなくて適当なんだよな? え、それって、俺以外と大変なンじゃあ……」
「なにか文句でも?」
「イエ、ナンデモゴザイマセン」
二人? の会話をニコニコしながら聞いていたヒュドアが、ふと首を傾げた。
「そういえば、そのブンタイ? なんて名前なんですか?」
「俺?」
言ってなかったなぁ、なんてまた伸びをした竜もどき。
「俺、アージュスロだ。テニーチェの友人が作った人工生物だぞ。この体は、本体の分体だけどなァ」
「人工生物、はっじめて見ましたわ。生き物って人の手で作れるもっのなんですのねぇ」
「魔道技術って、そんなに発展してたっけ……?」
ヒュドアにある知識では、現在の魔道技術で作れるものといえば、せいぜいあらかじめ組み込んだおいた命令通りに動く、生物とはとてもじゃないが言えない存在くらいだったはず。まして自分たちのように話すことなんて出来ないはずなんだけどなぁ。
「私の友人がおかしいだけですよ」
呟かれた声に、はっとヒュドアが面を上げる。視線の先にはじっとこちらを見つめる団長がいた。白銀の仮面で、常から目元は隠し続けている団長。もう一つ、疑問がよぎる。なぜ彼女は闇属性の魔道を主に使うのに、髪色や仮面の隙間から覗く目の色も白銀の色なのだろう。白や銀はおおまかに光属性と部類されるものを得意とする人に表れる身体的特徴のはずなのに。
けど、これ以上の疑問をぶつけることを躊躇ってしまう光が、テニーチェの瞳には宿っていた。尋ねたいことはたくさんある。なんならテニーチェの存在自体が疑問に包まれていると、今更ながらにヒュドアは思う。だが今はまだ、答えは返ってこないのだろう、とも。
「団長の友人さん、すごいんですね」
だから、あくまで世間話におとしこむように軽い口調でヒュドアは返した。
自分が魔道を追究する理由にも、たぶん、テニーチェへの疑問の答えが大きく関わってくる気がする。いつか彼女の仮面が取れる日が来るといいな、なんて考えるも、少なくとも今はまだ早いんだとわかりきっているから。
「団長様、ヒュドア様、それからアージュスロ様。訓練をはっじめましょうぅ!」
アウウェンが待ちきれないって顔をして言いのける。
そうしよっか、とヒュドアも話題を切り替えることにした。
新たな訓練場二階の地面も、以前と同じ砂場に近いものとなっていた。
「おぉらオラオラァッ!」
分体ながらそれなりの属性の魔道を使えるらしいアージュスロが調子にのった態度で魔道を繰り出していた。難易度的にはそこまで高いのは使えないが、低難易度でも色々な属性が組み合わさることで馬鹿には出来ない威力が出ている。
テニーチェは精密さに重きをおいているため、本来の威力を出しきれていない。というより、あんまりいつも通りにやってたら訓練場が何個あっても足りないことになる。ヘプタの名を持っている彼女には彼女なりに、全力を出せない理由があるのだ。主に威力の面で。
ヒュドアとアウウェンも、今日は互いに協力しながらアージュスロと向き合っていた。時々くるテニーチェからの攻撃もいなすのはすごく大変で、つまるところ何だかんだありつつも割りと充実した午前の訓練となったのであった。
「団長様、ぜひアージュスロ様を午後の訓練にもおっ貸しください!」
気付けばアウウェンの方がめをキラキラさせてしまうくらいに。
最初の約束とおり、午後は書類仕事に向かうテニーチェはアージュスロを回収してしまったが。