一 暗黒に似合わぬ白銀の長
その日はいつにもまして曇天に染まりきった暗黒の日だった。
暗黒の日。
別界のひとつである黒の世界と、定型となりつつある取引をするために、かの世界とこちら側の世界を繋げる日のことを指す。
黒の世界と繋げたことで、こちらの世界の空が暗黒とまではいかぬにしろ、鬱気味を疑う雲がそこら中に敷き詰められた面持ちになることから、暗黒の日と呼ばれるようになったとか、はたまた別の理由があるのだとか。
この日が黒の世界と繋がる日であることは世界の誰もが知っている常識ではある。とはいえ実態を知るのはこちらの世界のほんのわずか数人程度。まぁつまるところ、単にいつもより空が暗くなる日だよね程度の認識なのだ。
それは世界の一翼を担うさる王国でも同じであった。
☆☆☆
第七王宮魔道師団に与えられた王宮の一角は、馬鹿みたいに騒がしかった。
なんでも今日、新しい団長が就任するだとかいうことで。
暗黒の日は空色が暗黒色に近くなることもありどんよりした日になることが多いのに、第七のここだけは違った。
前団長が引退してから一年近く経過しての新たな団長就任だから無理もないか、と息を吐く。
急遽作られたらしい、演説台みたいな建築物(笑)の裏方で待機を命じられてから、かれこれ一時間近く経過する。団員全員を集めるまで待てと言われたが、たしか第七はどの王宮魔道師団よりも人数が少なかったはず。三桁どころか三十人いたかいないかを集めるのに一時間近く。
こんなんだから一年近くも団長いなかったんじゃないかとか思ってしまったが、幸いこの場に他の人はいなかったため顔色をごまかす必要はなかった。いてもごまかす必要はないけど。
それからさらに一時間近く待たされ、ようやくお偉いさんから遣わされた侍女が呼びにきた。小さくうなずいて返し、あらかじめ言い渡されている就任儀式の流れを脳裏で確認する。
なにも難しいことはない。外から風の魔道を使い司会役の拡声したもので呼ばれたら、幕をくぐって壇上に立つ。名前と一言挨拶すればいい。本当にそれだけらしい。たったのそれだけのために二時間待たされたとか考えちゃ駄目だ。
『では第七王宮魔道師団、新たな団長、お願いします!』
なにかの演目番組かとツッコミたくなるのをグッとこらえ、片手で幕をまくり上げる。
謎の光で照らされた壇上に出たとたんに広がった疑念の声をもっともだろうと苦笑いしつつ。
「本日より王宮第七魔道師団の長を勤めさせていただきます。
名を、テニーチェ=ヘプタ。主に闇属性の魔道を使用します。どうぞ末長く、よろしくお願いしますね」
テニーチェは極めて笑顔に礼をする。
彼女の顔は白銀の仮面で覆われていて、笑顔なんて外からは見えなかったけれど。
白銀の滑らかな長髪に、白銀の仮面、服は第七魔道師団の制服ということで紫を基調にしたものだが、王から直々に団長と任命される際に与えられるマントも白銀。
おおよそ闇属性の魔道を操るとは思えない色で固められた姿に、第七魔道師団員たちは目をぱちくりとさせていた。
垂れていた頭を戻しつつ、テニーチェは思う。
おそらくは自分の顔が仮面で隠されていることも、驚きのひとつに含まれるのだろう、と。なんなら暗黒の日に、暗黒には似合わない白銀の団長が生まれること自体おかしなことだが、まぁそれは仕方ないと首を振る。
そんなこんなで、テニーチェ=ヘプタは第七王宮魔道師団の長となったのであった。
第七にとっては約一年ぶりとなる団長、その就任の儀式のあとは軽い宴が執り行われる。
団員たちは事前になにやらことがあるとは聞かされていたものの、まさか団長就任だとは考えてもいなかったようだ。ようやく団長の仕事から解放されると喜んでいたのは、現副団長。くびくび酒を飲んではこれまでの愚痴を周りにべらべら話していた。
本日の華ことテニーチェは、いつのまにか顔全てを覆っていた仮面を顔上半分だけのものに変えて、もっきゅもきゅ口を動かしている。第七とはいえ専属の料理人が複数人いるようで、宴のために作られたご飯はどれも美味しいものばかり。これだけでも団長になって良かったと思ってしまうくらいに。
王宮魔道師団の長は、王が直接任命した者のみ成ることができる。
テニーチェもその一人で、逆にここ一年ほどの間、第七の長を王が任命しなかったともいえる。任命されると団によっての名と、魔道師団はマントが与えられる。テニーチェはヘプタの名と、見た目から白銀のマントを受け取った。
「なぁ、長さん。あんた苗字がないんだな」
「こら。上司には敬語と何度言えばわかる」
テニーチェが上座でもくもくと手を動かしていたら、なんか話しかけられた。口の中のものを飲み込んでからそちらを向くと、紫の制服を着崩した男性と紫の制服を着こなした女性が立っている。
「大丈夫ですよ、よそ者がいきなり長になることの方があなた方にとっては受け入れがたいことでしょうし」
顔の上半分しか仮面で隠れていない今なら、笑えば笑ったとこの二人にも見えるだろう。
「んあ、そりゃあいいんだよ、別に」
「だから敬語。ボクも団長が団長であることに文句はありませんよ?」
着崩した男性はポリポリ頭をかいている。
着こなした女性は、なんとボクっ娘だった!
なんかこの二人見てるだけでも、第七が第七である所以がわかる気がするなぁ、とテニーチェは団長就任前に聞かされていた第七魔道師団の概要を思い返す。
良くいえば、実力はある少数派の魔道師団。
悪くいうと、色々難があって大所帯にはできない魔道師団。
「ですが私は、そちらの男性が仰られているように、苗字のないどことも知られぬような者ですよ?」
テニーチェが聞き返すと、二人はきょとんとした表情を浮かべたのち、なぜか笑いだした。
「ぇへ、けど王さまは俺らがどんなやつらか知ってんだろ? ここ一年長がいなかったのだって、俺らをまとめる人員が見つからんかったからなんだろうし」
「敬語。それに、長となるためには実力を有していなければならないのでしょう? 団長はすでに団長であるだけの、つまりはボクたちを軽々と降せるだけの力を持っているということ。ならばボクらが文句を言う必要なんてありません」
どうやら、実力の一点で魔道師団に所属している第七の団員たちに、よそ者だなんだという心配はいらなさそうだ。
第七魔道師団のほとんどが戦闘狂であるという事前情報から察するに、自分たちをまとめる長なんぞ強ければどんな人でもいいということなのだろう。たしかにテニーチェは闇属性の魔道使いとして相当な実力は持っていると自負できるくらいの強さはある。
テニーチェを長に任命したのが国王であることから、世界の一翼を担う国の王様は、民からもしっかりとした判断を下せると信頼されているようだ。
ところで着崩した男性さんは己らが問題児であることを理解しているらしい。
理解しているならなぜそのままでいるのかも聞きたいが、さすがに初対面でそこまでつっこんだ話をするのはマナー的にもよろしくないだろうと、テニーチェは再度笑みを浮かべる。
「なるほど。ああそれから、私には与えられたヘプタの名を除けば、テニーチェの名前しかありません。皆さま方と同じく、力を買われてここにいる――といえば、少々自惚れになってしまうでしょうか」
一息つき、テニーチェは続けた。
「話は変わりますが、お二人の名前をお聞かせ願ってもよろしいですか?」