忘れられない彼~痛い程の激情をのみ込んで~
「忘れられない彼~嫉妬に狂わされる~」の続編です。
楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、物語、スタートです。
昨日の彼は、野獣だった。
突然僕の体を激しく貪った。
何度も、何時間も。
体に彼のマークを至るところに刻まれた。
僕の体が解放されたのは、彼が眠りについた午前4時。
彼は眠りにつく直前まで、僕の名前を呼び続け、倒れるように意識を手放した。
シャワーにあたると、温かいお湯が僕の体に痛みをもたらす。
曇った鏡を手で拭き、首筋を確認した。
「赤い…。」
僕は彼が付けた、痛い程の彼の印に、また興奮を覚える。
「僕は、あなたのものだと、言ってるのに…。」
その彼の印に触れていると、まだ彼に抱かれている気になる。
「ダメだな。僕は…。」
僕はシャワーにあたりながら、一人で彼との情事の続きをしてしまった…。
シャワーが終わり、一度寝室に向かう。
わずかに開けたドアの隙間から、ベッドを見た。
大きな体をシーツにくるみ、彼が寝息を立てている。
僕は彼を起こさない様に静かにドアを閉めた。
冷蔵庫から炭酸水を取り出し、火照った体に流し込む。
炭酸の弾ける喉越しが、心地よい。
「はぁ。」
僕は、少し疲れた体をソファーに預けながら、昨夜の彼を回想する。
(どうしたんだろう。あんなに怒って…。)
僕は昨夜の彼の怒りの理由が分からず、思考を巡らせる。
(仕事のストレス?いや、あれは僕に怒っていた。何かしたかな?)
でもいくら考えても、答えが見つからない。
彼とはいつも通り、週2回会って愛し合う関係。
彼には家庭がある。
僕はそんな彼だから、好きになった。
だから、家庭を優先したって構わない。
彼の帰る場所を、僕は守ってあげたい。
ただ、僕と会うときは、必死に愛して欲しい。
僕だけを見て、僕だけを感じて欲しい。
少し考えが過ぎたのか、僕の体にピリッとした痛みが走った。
(またか…。)
僕はキッチンに向かい、一番奥にある引き出しから、錠剤を取り出す。
それは、僕の体を整えてくれる大切な魔法の薬。
「はぁ…はぁ…。」
余裕を持ちすぎたようだ。
僕は心持ち急ぎ気味で、錠剤を口に含み、水でそれを飲み込んだ。
すぐには作用しない。
1~2分待たなければ。
僕はキッチンの床に座り込んで、体の痛みをやり過ごす。
体はゆっくりと酸素を取れるようになり、次第に落ち着きを取り戻していった。
「湊…。」
体が楽になった時、リビングに彼が現れた。
その表情は、悪いことをして叱られるのを覚悟した大型犬のようだ。
「昨日は悪かった…。」
しょげかえっている彼を見ていると、僕の悪戯心に火が付いた。
昨夜は訳も分からず怒られ、頬を叩かれ、無理矢理抱かれた。
何があったのか分からないが、少しは仕返しをしても良いだろう。
「何がですか?」
僕は冷たく答えた。
「何って…。」
彼は僕のとりつく島のない態度に、困惑している。
「怒鳴ったことですか?叩いたことですか?無視したことですか?…それとも、凌辱したことですか?」
僕の並べた言葉に彼は、返す言葉を探して、静かに答えた。
「全部だよ。」
僕の目の前の大型犬は、とても躾が行き届いているらしく、素直だ。
無駄な言い訳をせずに、自分の犯した罪を認めている。
下がりきった眉。
輝きを封印された瞳。
大きな体に見合わない、首の垂れ方。
(本当に大型犬だな。)
僕には彼がそう見えてしまい、思わず笑ってしまった。
「え?」
クスクスと僕が笑うと、彼が驚いた表情で顔を上げた。
「そんな姿は男らしくないのに、男らしいですね。」
僕はゆっくりと立ち上がり、彼の前に立った。
そして、昨夜僕を殴った右手を両手で包み、聞いてみた。
「何かあったんですか?あなたらしくもない。」
僕がそう言うと、彼は僕を強く抱き締めた。
「ごめん。本当に…ごめん。」
大きな彼の背中に手を回し、トントンと背中を撫でてみる。
「教えてください。何があったのか。」
「昨日の夜、接待で街に出ていて、お前を見掛けたんだ。」
僕は冷蔵庫から新しい炭酸水を出して彼に渡した。
いつもなら彼の好物のビールを出すけれど、今はきっと美味しく感じないだろうと思い、さっぱりとして、味の関係ない炭酸水にした。
(なるほどね。あの場面を見たのか。)
僕は彼の発言から、昨日の彼の怒りの原点が見えた気がした。
「お前…女の子といただろう?あれは…誰なんだ…?」
ソファーに座り、渡した炭酸水のペットボトルをもて余しながら、彼は聞きにくそうに言う。
(やっぱり)
僕には心当たりがあった。
彼が「女の子」と、表現した人物が誰なのか。
「母親ですよ。」
僕は、昨日会っていた女について、教えて上げた。
すると彼は、みるみる目を丸くした。
「母親って…だって、若かったぞ?」
「そうでしょうね。まだ、42歳ですから。それに、自由な人ですから、よく若く見られます。」
彼は魚みたいに口をパクパクさせた。
まぁ、親子には見えなかっただろうし、彼女あたりと間違えられることも、もう経験済みだ。
「お前は…母親と腕を組んで歩くのか?」
彼の年齢にはあり得ない事かもしれない。
だって、僕らは20歳も離れているのだから。
お互いの感覚が違っていてもおかしくはない。
「母親がしたがるんです。まぁ、僕も親孝行の一貫と考えてますけどね。」
「はぁ。」
彼は驚きのあまり、体をソファーの背に預け、天を仰いだ。
「それは、安心したってことですか?ひいたってことですか?」
僕は彼の隣に腰を下ろした。
「…安心したに決まってるだろ。」
「良かった。」
彼の胸に耳を当てると、彼の鼓動の早さが伝わってきた。
緊張していたんだろう。
心配していたんだろう。
彼の鼓動の早さがそれを伝えてくれた。
僕は少し申し訳なくなって、真実を彼に教えた。
「うちの母親は、17歳の時に僕を生んだんです。当時付き合っていた同級生との間に出来た子でした。でも、彼の家からの反対と、彼自身が逃げ出してしまったことで、母親は一人で僕を育てる決意をしたそうです。母親は本当に彼を愛していました。だから、僕の事を彼との愛の結晶だと感じて、絶対に生みたかったそうです。」
「強い女性なんだな。」
僕の髪を撫でながら、彼が優しく感想を呟く。
「変わってるんですよ。うちの母親は。だから、あなたにも話した事がなかった。」
恥ずかしい訳じゃない。
自慢の母親だと思っている。
理想の女性だとも、思う。
「でも、あなたが彼女を好きになってしまったら困るし、言いなくはなかった。」
そう言うと、彼は鼻で笑った。
「あり得ないな。」
きっぱりとそう言いきる彼に、僕は安心して、続きを教えた。
「昨日は彼女の誕生日で、前からおねだりされてたプレゼントを買いに行ってたんです。あなたに何も言わなかったから、誤解させてしまって、ごめんなさい。」
「いや、俺こそ、早とちりして…。ちゃんと話を聞けば良かったんだ。…お前を疑うなんて、最低だ。」
彼はそう言ってまた、落ち込んでしまった。
(かわいい男)
「あなたが理性を保てなくなるほど、僕はあなたを怒らせてしまった。でも…。」
僕は上目遣いで彼を見上げた。
「そんなあなたに、興奮してしまった僕は、究極のマゾヒストですね。」
そう言って微笑む僕の頬を彼の大きな手が包み込んだ。
そこは昨夜彼からのお叱りを受けた頬。
「痛かったよな。ごめんな。」
彼がまた悲しげに僕を見つめる。
「痛かったです。あなたの愛情が感じられて。心もヒリヒリするくらいに。」
僕と彼は静かに見つめ合う。
そして、どちらともなく唇を近付けていく。
目を閉じながら、彼の吐息を感じて、口を開くと、彼が優しく舌を絡めてくる。
(これだ。このキスだ。僕らの日常にあるのは。)
僕はそう感じながらも、昨夜の彼の姿も悪くないと思ってしまった。
だって、いつにも増して、僕を激しく求めた。
強く愛した。
あんなに余裕なく、必死に、自分の所有物だと主張された抱かれ方は、今でになかった。
もしかしたら、昨日の彼は僕の理想系だったのかも知れない。
「真言さん。」
「ん?」
「もしまた、僕を疑った時は、先に電話下さいね。」
「え?」
僕は彼を見つめて言った。
「シャワー浴びて、待ってますから。」
そんな僕の言葉にしばらく呆気に取られていた彼が言う。
「お前には敵わないな。」
そして僕らは笑い合い、また見つめ合い、キスをする。
どんな怒りも不安も、全てをひっくるめて、僕はあなたを愛します。
どんな姿のあなたも、僕の愛しい人だから…。
読んで頂き、ありがとうございました。
また投稿した際には、ぜひ読んでみて下さい。