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ふるえる

作者: 見尾 玲

ふるえた。身体が。

温度のせいじゃない。

心が先にふるえて、追いついた身体があとからふるえた。

耳元でふるえた。空気が。

温度のないところが急にあつくなって、爪先からふるえる。

首元でさらさらと動く髪の毛。自分の指を通してみる。さらさら。憎たらしい。

「どうした?」

空気がふるえて、声が伝わる。そのひとことだけで、心がふるえる私自身も憎たらしい。

ぷい、とそっぽを向いてみる。

「ふふっ、なんだそれ。」

かわいい、と私の頬をなぞる人さし指。そわそわ。うなじがふるえる。

寒くはない。

「今日は昼寝日和だねー。」

部屋に差す外からのオレンジの光。お昼寝というにはもう遅い気がする。

ふわふわとまどろんでしまうのには同意。

「耳真っ赤。あついよ?」

「うるさい。」

ふるふると首を振ってごまかす。いや、こんなことではごまかせない。

耳にかけられた髪をほどいて寝返り。

背を向ける。どきどき。

「怒った?ごめんって。」

そろそろと距離を詰められる。私に伸びてくる腕。ふるえる心を包む腕。顔はもう私の真横。髪をほどいてしまったから、さらさらの髪の毛の感触がわからない。なんだかもったいない。

そのかわりか、ぷにぷにの頬同士がくっつく。時折感じるもちもち感。

「そっちだって、ほっぺあついじゃん…。」

「そんなの仕方ないでしょ。」

私は素直になれないのに、こうも真っ直ぐ気持ちを吐き出せるところも憎たらしい。

「今、めっちゃ幸せなんだもん。」

すき。

普段はしっかりしたひとだ。客観的に見ても、頼りになるし優しい。人当たりもいい。たまに見せるどろどろの腹黒さは、逆に人間味を持たせて、魅力のひとつとなる。だから、それと真逆な"甘える"が私の心を真っ直ぐふるわせてくる。いつも。

どうしよう。顔が見たい、気がする。けど、動けないというか、動きたくないというか。顔、見たいけど私の顔は見られたくないというか…。

「ね、何考えてるの?」

出た。顔見なくて正解だ。意地悪い顔に決まっている。普段なら、「うるさい」とか言ってはぐらかすけれど、今その答えを返すと負けな気がする。それはちょっと悔しいから、どうしようかと考える。

この瞬間は恥ずかしい気持ちも薄くなって、勝負を挑むような気持ちになる。

「私も幸せだなって、考えてた。」

「え。」

間の抜けた返事。よし、一本とった。予想外の答えだったでしょう?

私は今だといわんばかりにもう一度寝返りをうって、正面を向く。勢い余ってぶつかるおでこ。

ごちっ。

「いた。」

確かに痛かったけど、それどころではない。その間の抜けた顔を拝んでおかなければ。いつも私が間抜け顔を見られているのだから、勝ち戦はしっかり目に焼き付けなければ。

目が合う。

長い指先でおでこをおさえて、ぱちぱちと瞬きをしていた。

あ、ダメだ。

「大丈夫?」

苦笑いで、その長い指が、優しい手が、私に伸びてくる。おでこ、こめかみ、ほっぺ。耳をすぎて、髪の毛をとおる指。

あぁ、また私の負け。

ぞくぞくと肩がふるえる。

「なんて顔してるの。」

そういってそのままぎゅぅっと包まれる。ふるえるどころじゃない。破裂してしまいそう。

「…どんな顔なの。」

勝ち確だと、思ったのに。くすくすと笑う声が耳にふるえる。

「かわいい。もう、ほんと幸せ。」

私も、すきだよ。

伝わらない。言葉では届けられない。だから、伝われ。私のか弱い握力で。ぎゅ。

「…。」

気のせいかもしれないけど、一瞬。時が止まった気がした。そして、

「なにそれ。わかるよ。」

顔を見なくてもわかる。私のすきな顔で微笑んでいる。それと同時に少し強くなる包容。

「俺はもっとすきだよ。」

もう、どうして。どうしてこんなにふるわせるの。これ以上、幸せを私に与えてどうしようというのか。

「俺はなに言ってんだ?顔見られたくないから、余計に離せなくなった。」

今どんな顔をしているのか、拝みたいのは山々だが、私も今の顔は見られたくないので同意。

部屋に差すオレンジの光が少し深くなった頃、私たちはやっと向き合って座る。

「時間が経つのが惜しいけど、帰らなきゃね。」

困ったように笑っているのもすき。

「バス停まで、送るよ。」

「うん。」

定刻通りにやってくる別れ。いちばん後ろの席の窓際に座る。私を見上げる。

肩のあたりまで手をあげて挨拶。いちいちきまってて、憎たらしい。

私もぎこちなく笑って、手を振る。

ゆらゆら揺れるバスの中で、ほっぺに残るあつさにふわふわとまどろんでいく。









ふるえた。身体が。

温度のせいだ。今朝は特に寒く感じる。

身体がふるえて、追いついた心もふるえはじめた。

寒い、だけじゃないや。

視界がふるえた。ゆらゆらと。もう、何度目か。

喉の奥から、声がふるえて。

すべてが揃って、私はふるえて泣いた。

ふらふらと洗面台に立って顔を洗う。ぼろぼろな顔だ。夢を見たからか。

ふわふわとまどろむような夢だった。耳があついのはそのせいなのか。それとは対のように冷えている指先はじんじんとかじかんでいる。

着替える。化粧をする。この顔、うまくごまかせるだろうか。自信はない。化粧は得意ではない。少し前に久しぶりに会った、おしゃれに目覚めたという親友の話をもう少しよく聞いておくべきだった。流した自分が憎たらしい。

最近、美容室は行ったから、まだ髪の毛はさらさらな方。ヘアブラシで髪をといて、セットする。

少しでも、きれいに見えるように。

外は薄日が差している。今日は午後から雨の予報だ。雷を伴う地域もあるらしい。出かけるなら、早いにこしたことはない。

準備していた花々を抱えて、家を出る。ちょっとご飯は喉を通りそうにない。

タクシーを捕まえる。ドアが開いて乗り込む。行き先を告げる。かしこまりました、とタクシーは走り出す。

私の住んでいる場所からは高台になるその場所にたどり着くまでに、うとうとしてしまう。あまり熟睡はできなかったように思う。やっと落ち着いたけど、仕事もまあまあ忙しくて疲れていたのもある。

けど、眠ったらまたふわふわと包んでくれるような、そんな気もしていた。かもしれない。

「お客さん、到着しましたよ。」

呼ばれて、ぱちぱちと瞬きをする。ドライバーは私と同年代くらいのひとで、人当たりのよさそうなひとだった。どうやら数回、私を起こそうとしてくれていたようだ。

「あ、すいません。つい、うとうとしてしまって…。」

「かまいませんよ。それより少し顔が青白いように見えますが、大丈夫ですか?」

あれ、ひどい顔をごまかそうとしたファンデーションが逆効果になったのだろうか。けど、本当に体調が悪いのかもしれない。

「違っていたら失礼ですが、お墓参りに来られたんですよね?よければ、ここで車停めておきますよ。」

喪服、黒いハンドバック、新聞紙にくるまれた生花。行き先、お寺。それと、青白い顔の私。

このドライバーさんも優しいひとに違いない。

「大丈夫です。ここで待ち合わせてるひとがいるので。」

「そうですか。余計な心配でしたね。では、お気をつけて。」

会釈をして、タクシーは去っていく。なんとなくそれを見送って振り返って歩き出した。

ここに来るのも何度目か。彼の居る場所はわかっている。コツコツと石畳みを歩くパンプスの音が響く。

立ち止まる。

ここだ。彼が居るのは。

風が吹いて、かさかさと木の葉が揺れる。これは、天気が変わる風だ。雨が予報よりも早くやってくるに違いない。

少し元気がないように見える花と持ってきた生花を交換する。ちょっと花を持参しすぎたか。

「これは、サービスね。」

ぎゅうぎゅうに並べられたところに数本、無理矢理花をさす。あとで彼の母に呆れられるのが目に見えた。



ぽた、ぽた。

あぁ、雨か。

ふるえる。寒さのせいだ。

天気予報では今日の気温はここ最近ではいちばん低い。

違う。私だ。

視界の下の方からゆらゆらと。

じわじわと視界を侵していく。

ふるえたのは、私の心。心が先にふるえて、追いついた身体がふるえはじめた。

いつも。いつ来ても。いつまで経っても。

もう、どうして。どうして、こんなにふるわせるのか。これ以上、私から奪ってどうしようというのか。

ぽた、ぽた。

涙が。

ふるえる。

違う。今度こそ雨か。

もう、わからなくなってきた。

急に冷えてきたようで、爪先からふるえる。

ぺたん、と膝をついてしまう。

「…すきだよ。」

まだ。未だにすき。歳をとると、素直に言えてしまう。言葉で伝えないと、伝える時間がなくなってしまう。



「今回も私の方が遅かったわね。」

ふと見上げると彼の母。傘を差して、しゃがんで私と目線を合わせる。

「また、こんなにお花を差して。」

「すいません…。」

「いいの。あなたがしてくれることなら、なんでも喜んでるから。」

さあ、濡れてしまうから。と差しのべられた手を素直にとる。

「こんなかわいい子を泣かせるなんて、ほんとどうしようもない子だわ。」

「いつまでも泣いてる私の方が、どうしようもないのかもしれません。」

わかっている。もうおとなだから。でも、この日は忘れたくない。この日だけはふるえる心に身を委ねたい。

「そうかもしれないわね。送っていくから、乗って。ここに来る時もわざわざタクシー捕まえなくても、電話してきてくれたらいいのに。」

「むしろ、いつも送っていただいてるので、申し訳なくて…。帰りもタクシーで十分なのですが…。」

「そんなこと言わずに。私の楽しみをとらないでちょうだいな。」

彼の母も素敵なひとだ。会うたびに気にかけてくれる。彼は腹黒いけど、彼の母は思ったことははっきり言うタイプ。私はかなり好感をもてる。というか、むしろ好きだ。

軽自動車に乗り込もうと見ると助手席には少し大きめの荷物が載っていた。今日のところは後部座席に乗り込む。

ばらばらと、雨足が強くなってきた。「本降りになる前でよかった。」と息をついて、車は走り出す。

涙を流した顔が火照っている。化粧もくずれたかもしれない。

ゆらゆらと揺れる車内で、頬の熱と頭の熱に誘われて、またふわふわとまどろんでいく―――。




ご覧いただき、ありがとうございました。

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