光範の過去
11話です
光範の過去が少し分かります
そう、あれは市内の病院だった。病弱になっていた母のそばをかたときも離れず父は看病した。しかしその甲斐なく母は助からなかった。
母の臨終の際、父はそこのベッドに倒れ泣き崩れた。それからというもの、父は魂が抜けたような生き方をするようになる。
葬儀の時もそうだ。茫然とした顔で立ち尽くしていたままだった。
僕もつらかったが、父がより一層つらそうで、仕事を休んでいた一週間の間、なんて声をかければ良いか見当たらなかった。
それからなんとか仕事を行くようになったが、行くのがやっとの状態で、普段の父の生活から生きている感じがしなかった。
「ふがいない父ですまないな…」
これが、その当時の父の口癖だった。僕はこの状況をなんとか打破したかったが、そこまでの能力はなかった。
頑張って料理をしてみたりしたものだが、食べられるとは思えないものばかりだった。だからどちらかがスーパーで買ってくる即席のご飯や外食を二人で食べたものだ。
「……それだと、栄養は偏りませんか?」
「まぁな……」
だから時々祖母が来てくれたり、吉田ん家に行って、結美のお母さんに料理のおすそ分けをもらったものだ。
「では吉田家にもかなりお世話になったのですねぇ」
「まぁな。結美の家とも仲良くしてもらってたし」
「なるほど…」
2年間はそういう日々が続いた。それから転機になったのは3年目が経った日のことだ。留美の母、つまり真美子さんが転勤で父と同じ職場になったんだ。
「それからはうちの親父は徐々に明るくなって、真美子さんと意気投合していったって訳だ」
「……」
「だから親父を明るくしてくれた真美子さんには本当に感謝しているよ…。もしそのまま出会ってなかったら、暗い生活を親父と二人三脚で過ごしていたかもしれない」
「……」
「だから……」
そしたらぎゅっと優しく肌温かいものが伝わってくる。気づいたら南美が僕を抱きしめてくれていたのだ。
「…なに? どした?」
「いえ、子供の頃に光範様なりのご苦労があったんだなぁと思いまして」
「……」
「お勤めご苦労さまでした。けどもうそこまで今は頑張らなくて良いんですよ?」
「は……何言って…? もう二人三脚じゃないんだ。真美子さんや留美がいるからあの時ほど頑張っては……」
「何を言ってますか? 私もこっちに来て二ヶ月経つんです。光範様が今の新しい家庭のために今でも頑張っているのはよく知ってますよ」
「……」
「いままでお疲れ様でした。よく頑張りましたね」
確かに親父と二人三脚で頑張っては来たが、別に褒められるためにやってきた訳ではない。二人で生きるためにやっただけだった。そして真美子さんと留美が来てから楽しく過ごしてきたが、あの時の苦労に対して誰かが僕を慰めたことは一度たりともなかった。だからだろうか、それまでひた隠しにしていた苦労と母への感情が滝のようにどばっと溢れてくる。
「後は私に任せ……」
「う、うぐ……」
「!? ……み、光範様、大丈夫ですか!? な、泣いて……」
「ば、馬鹿っ。目に埃が入っただけだっ……」
「…………そうですか。どうぞ、私の胸の中で泣いて下さいませ…」
「うぐ……うっ……母さん……うわああああっ!!」
僕は南美の袖を握りしめ、彼女の人肌の温かさを感じながら泣いた。
光範「あっ、鼻水が……」
南美「洗濯するから大丈夫ですよ」
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