後輩と
次の日の朝。
駅前で人がどんどん通り過ぎる中、僕は思考とともに物理的にも止まっていた。
本木津にこう言われたからだ。
『話したいことがあるので、明日一緒に学校に行きませんか?』
「おはようございます先輩」
少し待っていると、本木津がやってきた。
「では、行きましょうか先輩」
「おお、行こう」
僕は定期券をポケットから取り出して、そう答えた。
「先輩って、なんで、そんな頑張ってないふりするんですか?」
そう、本木津から話を切り出されたのは、電車に乗って少し経って、窓の外に高い建物が増え始めてからだった。
「それは……」
僕は、ごまかそうとして、ためらった。
だって本木津は見透かしたうえで訊いているのだ。
僕は正直に答えた。
「行事には全力、勉強はする暇はないけど成績は良好。なぜなら頭がいいから」このキャラがふさわしいと思うし、僕はそうでありたいと思っていることを話した。
「なるほどです。やっぱり、そうですよね」
「……」
本木津は残念そうにそう呟いて、そして、そこで話が途切れた。
僕たちは無言で乗り換えをし、そして、乗り換えた先の電車に乗り込み、そして、学校の最寄り駅に着いた。
駅の改札を出て、学校への坂道を歩き始めた時に、本木津は口を開いた。
「先輩に訊きたいです。頑張ってる素振りを見せずにいて優秀なのと、頑張っているところは見えるのにぽんこつなのでは、どちらが好きですか?」
それは、さすがに、頑張ってる素振りを見せずにいて優秀なほうだろ、そつなく努力できる人か、天才なんだから。いずれにしろハイスペックだ。僕もそうなりたい。
しかし、そうは言いたくない気持ちだった。
なぜなのか。理由を頭の中で考えていると、
「答えが聞きたいので、答えが出たら教えてくださいね」
本木津はそう言って、学校への坂道を走って行った。僕を置いて。そんなに早くなかったけど、少しでも速く遠くに行こうとしている気がした。
放課後。
僕は少しだけ早く、文化祭実行委員会室にいた。
「失礼しますー」
すると本木津の声がして、そして扉が開き、いつもの本木津が現れた。
本木津は黙って資料が積んである机の方に行き、自分の担当の書類を書き進め始めた。
僕は自分の手は止めて、それを見ていた。
本木津の腕が、ちょこんと資料の山にあたった。そして、ゆっくりと資料の山が傾いて……
「おわわわわわ」
「うおっ」
僕は資料の山が崩壊する前に、なんとか手を添えた。
「あ、ありがとうございます……」
「うん。……そういやさ、言わないと行けないことがあって」
「あ、はい」
「僕はさ、頑張っているところを見せてて、それでいてぽんこつの方がいいかなって」
「そうですか」
本木津は、資料に目を落としかけていた目を僕に向け、笑顔をつくった。
「私も、そういう先輩がいいと思います」
「……ありがと」
「先輩は、すごく、とてつもなく、頑張り屋さんだと思います。けど、カッコつけようと頑張ってないふりして、でもそれがバレバレなのがかわいいですね」
「バレバレなのか」
「少なくとも私にとってはバレバレです。先輩、ポケットに何入ってますか?」
「え?」
まさか一番バレそうにないと思ってたのもバレるとは。
僕は仕方なく、ポケットから取り出した紙を見せた。
「本木津と話したいことリスト、ですか。まめですね」
「本木津だって作ってたじゃん」
「まあそうですね。てことは、私と先輩は、似ているってことですかね」
「そうだったらうれしいなあ」
僕はそう、小さく言った。
会話が終わってからも、一生懸命文化祭に関する書類の確認をしている、本木津を眺めた。
初めて本木津がこの部屋に来た時から、僕は本木津を目で追うことが多かったように思う。
なんだか頼りない感じだったし、それに、一生懸命なのも、おっちょこちょいなのも隠さずにやっている。
そんな本木津と、帰りに二人で会話する時間を、僕は間違いなく楽しみにしていた。
今日の朝、僕は本木津から訊かれたこと。
その答えは、自分の中ではなく、本木津という一人の女の子を見れば、きっともっと早く答えは出ていたのだろう。
そんなふうに思うから。
これからも、本木津とずっと一緒に帰りたいと、僕は思った。
たとえ会話が尽きそうでも。わざわざ話したいことリストを作って、それでもぎこちない雰囲気になっても。
そう僕が思ってしまっている。それも結構前から。
それだけでもうすでに、本木津に僕が惹かれていることの証明は終わっているのかもしれない。
帰りの電車の中。
また今日も本木津と二人だ。
けど、今日はなんだか新鮮で、窓の外で降り始めた雨も綺麗だと思える。
「先輩は、なんの会話をしたいと思ってきてくれたんですか?」
「ええとね……」
「なるほど。私はですね……」
ぽんこつ同士は、お互いに話したいことリストを見せ合う。
それはもう、もはや小さな紙に書く意味はないということだ。
だけど、その小さな紙は、僕と本木津で帰るこの時間を、二人ともより楽しいものにしたいと思っていた、証なのだ。
だから、なんだか大切なもののように思えて。
そしてさらに、この二人の時間も大切なもののように思えた。