夜の彼女は……
「ほんとにすごいなぁ」
同居を提案してから数時間。
柊の行動は早かった。
まず放置しまくっていた空き箱や一人暮らしの男の家らしく乱雑に置かれた払い終わった請求書やレシートとといった紙ゴミ、溜め込んでいた洗濯物といった1人で生活するならついつい先延ばしになって溜まり気味になっているものをあっという間に片付けてしまった。
同居人になるからにはプライベート空間は必須だろうと思い、客間を使うように進めたが、そこはお客さんの部屋、居候の私は倉庫で充分ですと、謎の遠慮をしてきた。
客間の方が広いんだし、倉庫部屋は空き箱とかが多いから片付ける手間も有るからと説得したものの柊が一向に折れる気配がなく結局倉庫部屋を使うことになった。
さすがに箱の量も多いし手伝おうとしたが、自分の部屋になるから自分1人でやりたいと強く言われてしまいなくなくリビングでゲームをしていたのだが、先程ようやく片付けが終わったらしく呼ばれた。
「空き箱は全部処分していいって言われたからそこの袋にまとめておいたわ」
「あぁ」
片付けられた部屋を改めて見ると倉庫部屋はやっぱりものすごく広い。
間取りの上では客間の方が広いはずなのになんでだ?
「しかしまぁ、見事に綺麗に片付けたおかげで何も無いな」
「でも問題ないわ。家に住んでたときは布団すらなかったから床で寝るのも慣れてる」
「よく風邪引かなかったな」
この辺の地域は冬なら気温は1桁まで下がることが多い。
そこ中で、床に布団もかけずに寝るなんて俺なら3日とかからず風邪をひく自信がある。
「狭い家だったらママと一緒に寝てたもの。冬でも暑いくらいだったわね」
柊の話を聞きつつなぜこんなに広く感じるかわかった。
この部屋家具はどころか寝具もない。
この部屋だけ入居前と同じ状況なんだ。
本当ならここに柊の荷物を入れて柊の部屋を作る事になるのだが多分それは難しいだろう。
一応確認しておくか。
「なぁ柊? 確か家から追い出されたっていってたよな? 前の家にあった荷物とか持ってこれたりしないよな?」
「うん。そうだよ。何度も言われると恥ずかしいけど……追い出されたわ。大家さんに追放されたと行った方が正しいかも? それは難しいでしょうね鍵が付け替えられてたし、今日の朝家をこっそり覗きに行った時には清掃行者がきて家具とか運び出してたもの。今頃は処分場じゃないかしら?」
「明日からの着替えってどうするつもりなんだ? 柊って下着今洗濯してる」
「へ、変態変態変態! なんで今そういう話するわけ? そうよ今は履いてないわよ悪い!?」
突然のノーパン宣言にみょうな緊張感を覚えるが俺は別にそんな事を確認したい訳じゃない。
「お、落ち着け俺が言いたいのはノーパンがどうこうじゃなくて買い揃えないと行けないものがあるんじゃないかって言う話しであって」
「そんなに迷惑はかけられないわ」
「だからってその1枚とノーパンで過ごす訳にも行かないだろ? 体育だってあるし」
「あっ、ジャージ!?」
体育の話をすると柊は突然驚いたような顔をした後焦ったような失敗したみたいな複雑な表情を浮かべていた。
俺は何が困っているのかわからず首を傾げる。
「ん?」
「学校のジャージも家に置いてあったの」
「それがどうした? また買えばいいだろ?」
取り戻せない以上買う以外の選択肢はないのなら買う一択。
何が迷う必要があるのだろうか?
「東君バカなの? あのジャージってセットで1万円以上するのよ? 今の私の全財産いくらだと思ってるの?」
「35億?」
「違うし古いし。3円よ、3円。恥ずかしいから何度も言わせないで」
一円玉でも入っているだけ予想より多い。
あと自分から言い出したんだろ。
「つまり? 買えないと」
「そうよ」
「じゃあ俺が買ってもいいけど?」
「ダメよダメ。私は東君のヒモじゃないもの」
「ヒモって女に使っていいのか?」
何となくヒモって聞くと女に養われてる男といいうよな感じかする。
「じゃあヒモ女でいいわ。……いや良くないの! ヒモ女になりたくないの! だから」
なんだかだいぶ荒ぶっていらっしゃる。
柊の気持ちも少しは尊重してあげないといけない。
と言ってもこのままノーパンで過ごさせれるのもなぁ。
「じゃあこうしよう。一旦ジャージや他の服代その他生活する上で必要な金は1度俺が立て替える。返せる宛が出来たら返してくれればいい」
「でも」
「さすがにこれ以上の譲歩は出来ないぞ? さすがにノーパンで部屋をうろつかれては俺の精神が持たないからなぁ。本当は今すぐにでも買い出しに行きたいところだが、残念ながら柊の下着と制服が乾いてないし明日にしよう」
「勝手に決めないでよっ?」
「柊。君が俺に対してどんなイメージを持っているから知らないけど、恩を売ったからって身体で返せとかそんなことは言わないから安心して欲しい。そもそも家に連れてきたのだってここに住むように言ったのだって俺のわがままみたいなもんだし」
「そ、そんなこと……そうよね。ごめんなさい私疑いすぎてた」
柊は柊で何か男を警戒するような事経験があるのかもしれない。
何度も言うがアイドルばりに人気の美少女だ恩を売ってお近付きになりたいって思う不届き者の1人や2人……いやもっと大勢いても不思議ではない。
「うん。わかってくれればいいよ。というわけで柊。料理は出来るか?」
「え?」
「え? じゃない昼は俺がやったんだから次は柊の番だろ?」
「ふふっ。そうなるのね。……いいわ。言っときますけどねぇ私ママが再婚するまで毎日料理してたんだから。任せておいて」
結論から言うと柊の料理の腕は予想以上だった。
主婦のように手際よく勝つ無駄なく料理を作っていくのは一種のスポーツを見ているようで面白い。
また美少女が目の前で料理を作ってくれるの言うレアな光景はその手際の良さと相まってずっと見ていられる。
俺が普段着ているTシャツと短パンでこれだけの破壊力ならエプロンがあれば神になるのでは? と思いついた俺の発想力は天才的だと自分で自分を褒めたい。
そしてエプロンを家に常備していない過去の自分を殴りたくもなった。
美少女が家に住む予定があったら絶対買ったのに。
なんで未来の俺はあの時の俺に教えてくれなかったのだ。
いや悔やんでも仕方ない。
明日上手いこと誘導してエプロンも買おう。
「ずっと見られるとさすがに恥ずかしいんだけど? 出来たら呼ぶからゲームでもしてたら?」
「そうか? まぁそう言うなら遠慮なく」
そんなわけでキッチンから追い出された俺はすぐ目の前のリビングに移動し、ゲームを始める。
キノコカートでもやるか。
しばらく甲羅をぶつけられる理不尽をくらい続けているとだんだんといい匂いが漂ってきた。
「おぉ…この匂いは肉じゃがか?」
「えぇだってこの材料で出来るのカレーか肉じゃがぐらいしかないんだもん。普段からこんなに偏った買い物しかしてないの?」
男が自分で料理をやるとなると基本失敗しないまたは失敗しても食べられるようなメニューしか選ばない。
そうなるとカレーってのは最強なのだ。
多少野菜や肉が大きくても煮込めば問題ないし、ルーが溶け残っても戻して溶けるまで混ぜればいいし。
だから自炊する時はカレーしか作らない。
たまーにステーキを焼いたりする程度。
親から自炊するように言われているから週に2~3回やるのみ。
「偏ってるというかそれしか作らない」
「えぇ。もーわかったわ料理は私が基本的に担当する。だから東君は……洗濯は私の分はされたら困るし、掃除は……私がやった方が綺麗だし。うんみっちりこれから教えて行くことにするわ。それでいいわね?」
呆れたようにそう提案する柊。
俺としても美味しい料理を作って貰えるならそれでもいいかと了承した。
確かに掃除も料理も誰かに教わる暇もなく一人暮らしになっちまったからちゃんと出来ていないというのは否定できないし。
大満足で肉じゃがを食べ洗い物を済ませると、
長かった1日もほとんどやる事が終わっている。
あとは風呂に入って寝るだけだ。
その風呂の準備も柊が率先してやってくれているおかげで洗い物が終わった俺はぼーっとソファでテレビを見ている。
「東君お風呂沸いたわよ?」
「おう」
「早く入ってちゃって。お湯が温くなると沸かし直すのもったいないし。明日は朝から色々買うんでしょ?」
「そうだな。んじゃ行ってくる」
食後で重くなった腰を上げて着替えを持って脱衣場に向かう。
普段ならリビングで脱いで風呂上がり全裸で部屋に戻って着替えるんだけどリビングには柊がいるからな。
意識してだらしない部分は治していこう。
妹なら笑って許してくれるけど柊はこういうの苦手みたいだし。
全身を洗い湯船に浸かると、一気に眠気がやってきた。
「はぁー。久しぶりにこんなに喋ると疲れるもんだな」
普段家ではほとんど喋らないので慣れない事をした時特有の気疲れが湯船の心地良さと合わさって眠気を猛烈に眠気を誘って来たのだ。
「……でも、こういうのも悪くないよな」
そこで俺の意識は1度途絶えた。
「東君? あーずーまーくーんー? ちょっと。返事してよ。返事しないなら入るよ?」
バン。
バスルームの扉が開い音で目を覚ました。
「あっ」
「あっ、」
目の前には扉に手をかけた柊の姿が。
「随分大胆な覗きだな」
「ち、違っ。私は返事がないから様子を見に来ただけだ覗きなんて……というか立ち上がらないでよ! へ、変態!!」
柊の絶叫が部屋中に響き渡った。
風呂から上がった後、柊の機嫌は寝る直前になっても直ることはなく、歯磨きを済ませた時には柊は倉庫部屋に入って行ってしまった。
「こりゃめちゃくちゃ好感度下がったな。風呂で寝た俺も悪いけど。明日お詫びもこっそり買うか」
そんな計画を立てながら俺も自分の部屋に戻った。
1度眠気がピークを迎えたおかげか全然眠気がやってこず、寝返りの回数だけが増え全く寝付けず1時をすぎた頃。
俺の部屋の扉がゆっくりと開いた。
もしかして幽霊?
いやこの家これまでそういうのはなかったぞ?
誰なんだ?
正体不明の訪問者に恐怖を抱いた俺は寝たフリをすることにした。
トントントンと、軽そうな足音がだんだん近づいて来る。
足音は俺の寝ているすぐ近くまで来るとピタリと止まった。
そして顔でも覗き込んで来たのか顔に僅かに風を感じる。
「東君。起きてる?」
小声で聞こえてきたのは柊の声だ。
反射的に目を開けたくなったが、寝たフリをした手前、今起きるのはなんか恥ずかしい。
お化けが怖くて寝たフリをしたなんて言いたくないし。
なので柊には悪いが用事なら明日にしてもらう事にしよう。
「ねぇほんとに寝てる? ………………寝てるね」
俺が寝ているのを確認すると、そっとベッドに潜り込んで来た。
え? 謎の行動に動揺が走った。
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