ポテチの香りに誘われて
それは今にも雨が降り出しそうな土曜日におこった。
一人暮らしをしている俺、東風馬は、雨が降る前に食材の買い出しを済ませてしまおうと思い家を出た。
6月。
雨の降りやすい梅雨の季節ということもあり、すれ違う人はほとんどが傘を持ち歩いている。
俺も濡れたくないので家からビニール傘を持ち早歩き気味にスーパーへと向かっていた。
土曜日の11時にはステーキ肉のタイムセールが始まる。
俺はそれに参加するために急いでいたのだ。
一人暮らしに十分な程の生活費を貰っているが余ったぶんが俺のお小遣いになるので極力節約したい。
しかし肉も食べたい。そんな欲望を満たせるのがこのタイムセールだ。
第二土曜日限定で50枚しかないので主婦の皆さんとの戦争だ。
あの人たち学生に譲ろうって気全くないし。
少し話しはそれたが、マンションからスーパーまでの道のりには公園がある。
この辺に住む人は公園と呼んではいるが、遊具らしい遊具もなくベンチが2つと公衆トイレがあるだけで寂れている。
なので平日だろうが土日だろうが、ほとんど利用する人はいない。
そこに人がいれば急いでいても目につく。
俺はその珍しい人が気になってしまい立ち止まって観察する。
遠くで、しかも俯いているから亜麻色の髪の少女ということしか分からなかったが、よくよく観察してみると同じ学校の生徒だと分かった。
夏服になっているから上はワイシャツで分かりにくいが、青色のチェックのスカートの制服はこの辺では俺の通う青城高校以外では使われてない。
高校でできた友人の1人に近辺の女子の制服を観察するマニアがいて、その話を聞いているうちに俺まで詳しくなってしまった。
ちなみにうちの学校の可愛い制服ランキングは3位らしい。
何故こんな寂れた公園にいるのか、興味はあったが、知り合いかどうかも分からなかったし、声をかけて不審に思われて通報されても困る。
それにスーパーのタイムセールの時間もあったから後ろ髪を引かれる思いはあったがその場を後にした。
「降ってきたなぁ」
買い物を終えて帰ろうとすると、外は予想通り土砂降りになっていた。
先程までは、無かった水たまりがあちこちに出来上がっている。
傘を持ってきていなければ大惨事だっただろう。
まぁ靴は濡れてしまうがそれは諦めるしかない。
俺は買い物袋を濡れないように担ぎ傘をさすと土砂降りの雨の中に飛び込んで行った。
ザーッと打ち付ける雨に傘壊れるんじゃないかと心配になりながらも俺は快調に進んでいく。
やはり雨の日は滑りやすいから慌てないように歩かないとな。
なんて考えていると、先程の公園に差し掛かかる。
(そう言えばさっきまでいた珍しい少女はどうなっただろう?)
1時間ほど前に見かけた制服を着た亜麻色の髪の少女のことを思い出して、わざわざ横を向いて覗くように歩く。
さすがにこの大雨の中で雨宿りできないこの公園にいるとは思えないが。
彼女はいた。
同じように顔を俯かせたまま土砂降りの雨を全身に浴びながらも一向に動こうとしない。
ここが滝つぼだったら修行で片付けられた。
少女はそれぐらいじっと動かず何かに耐えるように目を瞑っていたのだ。
さすがに不審に思って、少し近寄って見ると全身びっしょりと濡れていて、ワイシャツからは下着らしき形の紺色がはっきりと見えた。
見るのはまずいと慌てて視線をしたに下げると、水を吸って太ももに張り付きその形をはっきりと強調するスカートが目に飛び込んでくる。
足も傷やシミひとつなく芸術品のようだ。
視線の行先に困り、空を眺めて見るがもちろん分厚い雲に覆われている。
こんなところで傘もささずにずっといると風邪をひく。
「あの〜」
余計な事だとは思ったが流石に声をかけずにはいられなかった。
「……………………」
返事こそしなかったが少女は俺の声に顔を上げこちらを見た。
目が合って前身に電流が流れたような衝撃が走る。
俺はこの少女をよく知っている。
柊雛。
俺が通う青城高校でも1番と名高いアイドル美少女。
亜麻色の髪とルビーのように紅い瞳が特徴で、男子を騒がせるスタイルの良さ。
カーストに合わせた校則違反気味の派手なメイクのギャルみたいな印象とは裏腹に定期テストで1桁順位の常連らしい。
噂では1位しかとってないってのもあるけどあくまでも噂だ。
運動神経もかなりいいようで何度か部活の助っ人として練習に参加していたのを見かけたことがある。
助っ人を引き受けるような人柄の良さで男女問わず人気の美少女だ。
そんな運動も勉強も可愛さも完璧な存在を学校の一部では女神と持ち上げていたりする。
まさに学校のアイドル。
だから話したことはなくても、名前と顔は青城高校の生徒なら誰でも知っている有名人。
俺は1度も話したことはないが、一応クラスメイトなのでよく知っているという訳だ。
柊は俺の顔をちらっと見ると用はないと言わんばかりに俯いてしまった。
いつも誰にでも人あたりのいい普段のイメージとはかけ離れていて違和感を感じた。
「おいおい、さすがに無視は酷くないか? こんな土砂降り中傘もささないで風邪ひくぞ?」
「別にどうでもいいでしょ? 私のことはほっといて帰って。風邪ひくのは君もでしょ?」
なかなか立ち去らない俺に苛立ったのか拒絶の意志をはっきり示しめしてきた。
聞き取れないほど弱くはないが長く雨にあたっていた身体は体温が奪われているようでその声は震えていて、このまま放置すれば風邪では済みそうにない。
「そう言われてもな……声震えてるし大丈夫には見えないんだが? なんなら家まで送ってこうか? 傘これしかないから貸せないけど」
別にやましい気持ちはない。
柊の家を特定して付きまといたいとか、ここで恩をうって関係を繋げてあわよくばなんてことは思っていない。
ここで助けなかったら柊が風邪を引いて休むと後悔するかもしれないから助けたい。それだけだ。
要するに自己満足。
「……いの」
「え?」
「だから、私帰る家がないの! だからほっといて!!」
帰ってきた返答は想定外のもので、一瞬理解ができずフリーズした。
家がない? 柊さんホームレスってことだよな。
そんなこと現代の日本でありえるのか?
帰る場所があるならずっと何も無い公園にいたりしないか。
足に怪我して歩けないというわけでもないみたいだし。
両親は何してるんだ? 友達は知っているのか
どうすればいいんだ?
いくつと疑問が浮かぶ。
少し迷った結果ひとまず家に連れて帰るのがいいのではないかと言う結論に至った。
無い家に帰れというのは無理な話しだし。
「行くところがないなら1度うちで雨宿りをするというのはどうだろうか?」
「それは無理。知らない人の家に行くなんて怖いし。だからごめんなさい」
一応クラスメイトなんだけどな?
どうやら俺のような日陰者はカーストのトップには認識すらされていなかったらしい。
いや泣いてないぞ? 目から流れているのは雨だ。
傘をさしてるから顔をは濡れるはずないって?
雨だうるせぇ。
だが、柊の懸念は女の子ならもっとだ。
美少女なら警戒心は高くて当然だろう。
家出している少女をおっさんがホテルや家泊めてあげる見返りとしてそういうことをしようとするってのはよくある話だ。
金曜日の放課後までは大変そうな素振りはなかったからまだ1日も経っていないけど、これだけの美少女なら声をかけられて危険な目にあっていても不思議じゃない。
となると俺がするべきことは危険じゃないと示すことだ。
「俺、東風馬。一応同じ学校で同じクラス」
「そんなの嘘よ。偶然にもクラスメイトが通りかかるなんてそんな都合のいい事がある訳ないもの」
「コレで信じてくれるか?」
俺はズボンのポケットに入れていた生徒手帳を出して柊に見せる。
普段から生徒手帳を持ち歩いてて良かった。
一人暮らしだからいつ何があっても身元がわかるように持ってるだけなんだけどな。
「ほんとにうちのクラスの人だったみたいね。疑ってごめんなさい。でもやっぱりダメよ。ありがたい申し出だけどお家の人に迷惑がかかるもの」
「いや一人暮らしだからその心配はないぞ?」
「そっちの方がダメに決まってるじゃない!! クラスメイトの家に男女で2人きりなんて。身の危険を感じる」
どうやら柊は男に対して余程潔癖なんだろう。
確かに思い返して見れば柊の彼氏の噂はほとんど聞いたことがない。
「うーん。でもこのままだと君は、風邪をひく事になる。もうすぐ夏が来るといってもまだ夜は寒いから野宿するのはおすすめしない。それにお腹も減ってるんじゃないか? 」
先程から俺の買い物袋の中身をチラチラ見ている。
今は指摘されたからそっぽむくように首を横に向けているがそれでも目は買い物袋を見ている。
だから無視して立ち去ることもできるのにこの場から動かない。
お腹が減って歩けないのと目の前に食べ物があるから。
「そ、そんなわけないでしょ。私がポテチ1つであっさり家までついて行くとは思わない事ね。そこまで安い女じゃないもん」
「そんなに拳握りしめて言われても説得力ないぞ? それにそれだとポテチ以外にも何かつけたらついて行くって感じにも捉えられるんだけど?」
「そ、そ、そんなわけないでしょ? 私学校でなんて呼ばれてるか知らない訳じゃないでしょ? アイドルって呼ばれてるの。学校のアイドルがポテチ1つでよく知らない男の家に連れ込まれたなんてイメージガタ落ちじゃない。そんなの私のプライドが許さないわ。この地位まで登るのにどれだけ努力してきたか…………」
腹が減っているか聞いただけでポテチの話は一切してないのだが本人は誤魔化すのに必死でその事に全く気がついてない。
つまり努力に見合うだけの食材を出せばついてきてくれるって事だよな?
そこに関しては否定してないし。
「そうか。ならこの場でポテチを食べることにしよう。雨は降っているがもうすぐお昼だその前に軽くつまむのも悪くないだろ。昼ご飯前にお菓子を食べる贅沢」
俺はわざと横に座りポテチの袋を開けた。
開けた瞬間ふわっとのり塩の香りが広がる。
雨が降ってるからあまり広がりはしないが空腹で敏感になっている柊の嗅覚には匂いがよく嗅ぎ取れるようだ。
「意地悪、鬼」
そう言いながら犬のようにヨダレが口から垂れそうになってはすすりを繰り返している。
俺は気を遣ってベンチの端に座ったはずなのに柊の顔がすぐ近くに来ていた。
やはり柊は美少女だ。
ぱっちりとした二重。すっと通っている鼻筋。柔らかそうな唇。
何より驚きなのはコレですっぴんだと言うこと。
美少女の顔が目と鼻の先にあるなんてあまりないシチュエーションに動揺しながら距離をとる。
「ポテチが食べたいことは認めるのか」
「認めます。金曜日の昼から何も食べてないもん。お腹ペコペコに決まってるじゃん。だから1枚でいいからポテチちょーだいよ」
「つ、ついに本性を現したな。これが欲しければ大人しくついてくる事だ。そしてシャワーで身体をあたためるのであればこの袋に入っている食材で……」
「わかったわ。ついて行くついて行きますから」
食い気味に了承され若干びっくりしながらも学校のアイドルを拾ってしまった。
これが学校生活が大きく変わるきっかけになるとはまだ俺は知らない。
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