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だって僕はNPCだから 4th GAME  作者: 枕崎 純之助
最終章 『月下の死闘』
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第11話 『魔女の城塞』

「ミ……ミランダ!」


 突如として平原に出現した漆黒しっこく城塞じょうさい

 僕のいる中庭を見下ろすそのバルコニーに颯爽さっそうと現れたのは、行方ゆくえ知れずになっていたやみの魔女、ミランダだった。

 そして彼女を見上げる中庭で、僕の体の周りに発生している黒い手は、彼女のスキルであるやみ魔法・亡者の手(カンダタ)だ。

 何度も見たことがあるからすぐに分かった。


「アル。ちゃんと生きていたわね」

「ミランダ! 君こそ無事で……良かった」


 そうか。

 何もない平原にいきなり出現したこの黒い城は、築城中だったミランダの居城なんだ。

 その城は予定より早く完成し、このイベント中にテスト・プレイが行われると神様が言っていた。

 北の森で行方ゆくえ知れずとなったミランダが、どういう経緯けいいでこの城に辿たどり着いたのかは分からないけれど、絶望的だったこの局面で彼女の声が聞けたことが、僕をこれほど勇気付けてくれている。


「何情けない顔してんのよ。アル。私がそう簡単にくたばるもんですか。ここからはこっちの反撃よ。好き勝手やってくれたそこのサムライ女に敗北の味を教えてあげようじゃないの。アル。手伝いなさい。あんたは私の家来なんだから」


 その言葉に僕は胸がいっぱいになって声が出せず、その代わりに右手に握る金の蛇剣タリオを頭上にかかげた。

 ミランダがいればどんな難局でも乗り越えられるような気がする。

 不思議と彼女がそこにいるだけで僕は勇気がいてくるんだ。    

 そしてミランダの元気な顔が見られたことが、僕の心を喜びに震わせていた。


 そんな中、アナリンは自分が握り締めている脇差し・腹切丸はらきりまるを見つめていた。

 彼女が握る腹切丸はらきりまるはこれ以上ないくらいにその刀身を青くかがやかせ、今やアナリンの手からこぼれ落ちんばかりに激しく震えている。

  

「そうか……そういうことか。この城がここに現れる予定であったから、この平原に反応があったのか。だとすれば……」


 アナリンは合点がいったというように腹切丸はらきりまるの反応を見てそう言った。

 そしてバルコニーに立つミランダを見上げた。


「魔女ミランダ。ここに王女がいるのだな。隠そうともムダ……」

「ええ。いるわよ。あんたのお目当ての王女様。この城にね」


 ……ええええっ?

 そ、そんなアッサリと。

 王女様がここにいるのもビックリだけど、それを隠そうともせずに平然とバラすミランダにもビックリだよ。


「……今すぐに王女を引き渡せ」

「サムライ女。あんたも欲しいものはその刀で手に入れてきたクチでしょ。欲しいなら力づくで奪えば?」


 そう言うとミランダはニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、お行儀悪く中指を立てて見せた。

 それを見たアナリンの目に冷たい殺気が浮かぶ。


「よかろう。頭の悪い魔女に再び我が刃で斬られる痛みを思い出させてやろう」


 アナリンは腹切丸はらきりまるさやにしまうと黒狼牙こくろうがさやを握った。

 僕は緊張に息を飲む。


 強気なミランダだけど北の森ではアナリンの前に敗れ去ってしまい、愛用の武器である黒鎖杖バーゲストも折られてしまっている。

 もし僕がミランダの立場だったら、怖くてもうアナリンの顔も見たくないはずだ。

 再戦なんてとても考えられない。


 だけどミランダは違う。

 やられたままでは終わらせない。

 必ずやり返す。


 それにミランダだって百戦錬磨のボスキャラだ。

 何の手もなく無謀な戦いをいどむのではなく、必ず勝機をにらんで再戦にのぞむはずだ。

 信じよう。

 僕が一番長く一緒に過ごしてきた彼女のことを。

 

「行くぞ! やみの魔女ミランダ!」

 

 アナリンは僕を無視してミランダに向かい、中庭を駆け出した。

 そんな彼女の行く手をはばもうと中庭の至る所から亡者の手(カンダタ)が生えてくる。

 アナリンは黒狼牙こくろうがを抜き放つとそれらを次々と叩き斬っていった。

 だけどそんな彼女をねらい撃つかのように黒い閃光が四方八方から襲う。


「チッ!」

 

 アナリンは人間離れした反応を見せると、素早く地面を転がってこれを避けた。

 これは……闇閃光ヘル・レイザーだ。

 それは確かにミランダの攻撃魔法だった。

 だけどそれらは周囲を取り囲む黒塗りの城壁の壁面から発射されている。

 闇閃光ヘル・レイザーが放たれる瞬間、黒塗りの壁面がまるでかがみのようにつややかに光るんだ。


「どういう仕掛けなんだ?」


 ミランダはバルコニーの欄干らんかんの上に立ち、傲然ごうぜんと腕組みをして中庭のアナリンを見下ろしているだけで、自分からは動こうとしない。

 この攻撃はミランダが頭の中で何か指示を出しているんだろうけれど、まったくそんなそぶりは見せずにただ見物しているかのようだ。

 そして闇閃光ヘル・レイザー亡者の手(カンダタ)悪神解放イービル・アンバインドは今回のイベントでは実装していなかったはずだ。

 実装できるスキルは3つしかないはずなんだけど、いつの間にかスキルを組み替えたのか?

 そんな僕の疑問を見透みすかしたかのようにミランダは自慢げに言い放った。


「ここは私の縄張り(テリトリー)よ。この城にも私のスキルが実装されて、私の意思ひとつで発動可能。サムライ女。あんたは私の手の内にいる。油断したら一瞬で死ぬことになるわ」


 城にもスキルを実装できるのか?

 ということは本来の自分のスキル3つと合わせて、ミランダはここにいる限り6つのスキルを使えるってことか。

 ボス権限なんだろうけど、それは反則的なまでに有利な条件だ。

 だけどアナリンはミランダの言葉にもまったく動じた様子を見せない。


「だから何だ? その程度で自分が優位に立ったつもりか? 片腹痛いわ!」


 アナリンは周囲からまとわりついてくる亡者の手(カンダタ)を斬り裂きながら闇閃光ヘル・レイザーをも避けるという離れわざをやってのける。

 さらにはその状態からミランダをもねらった。


鬼速刃きそくじん!」


 アナリンが素早く黒狼牙こくろうがを一閃させて放った光の刃が、空気を切り裂いて一瞬でミランダを襲う。

 だけどミランダは素早く飛び上がって空中で一回転するとこれをかわした。

 すごい動きだ。


「フンッ。いつまでもそんなもん喰らうと思ってんじゃないわよ」


 そう言うとミランダはその手から次々と黒炎弾ヘル・バレットを繰り出した。

 途端とたんに中庭に大きな爆発が巻き起こる。


「うわっ!」


 僕は巻き添えを避けるために慌てて中庭の奥へと下がった。

 アナリンは襲い来る黒い火球を次々と避けるけれど、同時に壁から闇閃光ヘル・レイザーが照射されて彼女をねらう。


「くっ!」


 地面に転がってそれすらも避けるアナリンに、地面から生える亡者の手(カンダタ)が襲いかかる。

 アナリンは黒狼牙こくろうがを振り回してそれらを斬り裂いて寄せ付けない。


 す……すご過ぎる。

 複数の魔法を駆使してこれだけの弾幕を放ち続けるミランダも、それを避け続けるアナリンも。

 攻防のレベルが高過ぎて僕はまったく手出しをすることが出来ない。


「面倒だ!」


 そう言うとアナリンは黒狼牙こくろうがを頭上に振り上げた。

 もう幾度もその構えを見たから分かる。

 彼女は鬼嵐刃きらんじんでこの状況を打破しにかかるつもりだ。


 やばい!

 光の刃のあらしが来る!

 この場にいる僕も危ない!

 だけどそこで不意にミランダが声を上げて攻撃を止めたんだ。


「待ちなさい! サムライ女!」


 その声にアナリンは刀をピタリと止めて怪訝けげんそうにミランダを見上げた。

 そんな彼女を見下ろしてミランダはおどろくべき言葉を口にしたんだ。 


「あんたがお探しの王女なら今、城内の寝室で寝てるわ」


 そう言うとミランダはパチンと指を鳴らす。

 途端とたんに彼女の頭上に大型のモニターが出現し、寝室でスヤスヤ眠る王女様の姿が映し出された。

 そしてその映像にはご丁寧ていねいに場内の見取り図まであって、王女様の眠る寝室までの道順が描かれていた。

 ミ、ミランダ……一体どういうつもり?

 当然アナリンもいぶかしんでミランダをにらみ付ける。


「貴様。それがしたばかるつもりか?」

「別に。あの地図は本物よ。ま、途中にたっぷりわなが仕掛けられているから、あんたじゃたどり着けないと思うけど」


 人を食ったような態度のミランダのその真意を探ろうとアナリンは彼女を凝視する。


「なぜ貴様がそれをそれがしに教える? 王女はこのゲームの住人にとって守るべき存在であろう」


 それを聞いたミランダは思わず鼻で笑う。


「フッ。守るべき存在? あんた馬鹿なの? 私は悪の魔女なんだけど? 王女に危害を加える側であって、守ることなんてしないわ。要するに王女がどうなろうと知ったこっちゃないってことよ」


 た、確かにその通り。

 ミランダは人々に恐れられる悪の魔女であり、王女を助ける義理はない……表向きにはね。

 そしてミランダはその目にあやしげな光を浮かべて言葉を続けた。


「私はね、新設されたこの城の機能を試したいのよ。サムライ女。あんたはこの城のわなをくぐり抜けて見事王女の元にたどり着けるかしら?」


 まごうことなき悪のボスのセリフだった。

 これだとまるでアナリンが姫を助けに来た騎士みたいだ。


「やるかやらないかはあんたに任せるけど、やらないんだったらここで死んでもらうわ」


 ミランダがそう言うと再び周囲の亡者の手(カンダタ)うごめき出してアナリンを追い、城壁から斉射される闇閃光ヘル・レイザーが次々とアナリンを襲う。

 そして中庭のはじにいる僕の周りにも多くの黒い手が現れ始めた

 僕は自分の周囲に展開される亡者の手(カンダタ)によって守られながら、固唾かたずを飲んで状況を見守った。


 ミランダにはきっと考えがあるんだ。

 そして王女様を奪われないよう算段もつけてあるんだろう。

 だからこそアナリンを挑発ちょうはつした。


 この城の中にあるというわながどこまでアナリンに通じるか、僕には見当もつかないけど。

 ただひとつ言えることは、こうしてミランダが僕からアナリンを遠ざけてくれていることで、僕は回復ドリンクによって自分のライフをようやく回復することが出来た。

 もしかしたらミランダは僕を守るためにアナリンを挑発ちょうはつしてくれたのかもしれない。

 きっとそうだ。


 アナリンは数々の攻撃をかわしながら、忌々(いまいま)しげに吐き捨てる。


「チッ! よかろう。虎穴こけつに入らずんば虎児こじを得ず。とらの腹を内側から食い破ってやる。だが、王女をうばったその後は、貴様らを必ず八つ裂きにしてやる。必ずだ」


 怒りを声ににじませながらそう言うと、アナリンは亡者の手(カンダタ)を次々と黒狼牙こくろうがで斬り裂いて、中庭から城内へつながる唯一の通路へと駆け込んで行く。

 その後を追い立てるかのように亡者の手(カンダタ)が追った。

 アナリンは振り返ることなく城内へと姿を消していく。


 アナリンがミランダの口車に乗ったのは、彼女が王女の誘拐ゆうかいを第一優先で考えているからこそだろう。

 一剣士として本来なら今すぐにでも僕らを八つ裂きにしたいはずだ。

 だけどそれをしても王女様の身柄みがらを確実に捕らえられる保証はない。

 そんなアナリンの立ち位置を逆手に取るミランダの機転だった。 


 とにかくこれで目の前の危機からは一時的に脱することが出来た。

 それから僕は、天樹の衣(トウゥルル)の力で浮かび上がると、バルコニーに立つミランダの元へと降り立った。

 こうしてミランダを間近で見ると、あらためて僕の胸に安堵あんどの気持ちがこみ上げる。


「ミランダ……本当に無事で良かった」

「アル。色々と話すことはあるけれど、今はのんびりしているひまはないわ」


 ミランダはほんのわずかに表情をゆるめたけれど、すぐに厳しい表情に戻ってそう言った。


「そうだね。でも大丈夫なの? アナリンを入城させちゃって」

「これは時間(かせ)ぎよ。あのままサムライ女とやり合ってると、横槍が入ると思ったからね」

「横槍?」 


 そう言うとミランダは北の方角を指差した。

 このミランダ城のバルコニーから見える平原に目を向けた僕は、思わず目を見開いた。


「……アニヒレート」


 四方を城壁に囲まれた中庭にいた時には気付かなかったけれど、今まさにアニヒレートがこのミランダ城へ向かってきていたんだ。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 最終章 第12話 『闇の狼』は


明日2月10日(水)午前0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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