第8話 『見抜かれた真実』
熱い……左手首が燃えるようだ。
そこには以前から刻まれている5つの丸いアザがあり、そのうちの一つが白く輝いている。
目の前に開いているコマンド・ウインドウには以前に見たことのある文字が表示されていた。
【Bond System start – up】
するとそれに呼応するように、地面に横たわるジェネットの体が光り輝き出した。
そして今まさにアナリンが脇差し・腹切丸をジェネットの腹部に突き立てようとしているその体と、切断されてしまった彼女の右腕が真っ白い光の玉へと変化したんだ。
「何っ?」
驚愕するアナリンの体の下からすり抜けたその白い光の玉は宙をすばやく舞って僕の左手首の白いアザに吸い込まれた。
そしてコマンド・ウインドウの表示が変化する。
【Band of Alfred, Membership List / Jennette /// Integration rate 99%】
ジェネットの名前がそこには表示されていた。
これは……前回、天国の丘で起きた現象と同じだ。
最後の一文【Integration rate 99%】はよく分からないけれど。
途端に僕の体内に信じられないような力が満ちていく。
五感が研ぎ澄まされ、血流が暖かな息吹となって体中を駆け巡っている。
アナリンに痛めつけられた体の痛みも消え、僕は立ち上がった。
これは……ジェネットの力だ。
そして握っている金の蛇剣の刃の中央に黒いゲージが現れた。
そこには3分の1くらいの白いゲージがたまっている。
これは確か……ジェネットがアナリンに受けたダメージ量ってことだな。
この刃で斬りつければアナリンにも同じダメージを与えることが出来るんだ。
僕は天国の丘で起きたことを思い返す。
そんな僕を見てアナリンはその目に訝しげな光を浮かべた。
「貴様……どういうことだ。その左手首のアザ、そしてその力はアルフレッドの……」
そこでアナリンはハッと表情を変えた。
事前に僕らのことを調査済みのアナリンは天国の丘での僕らの戦いも知っているはずだ。
ということは……。
「……なるほどな。そういうことか。某はまんまと謀られたのだな。下級兵士……アルフレッド!」
つ、ついにバレてしまった。
以前はレプリカとごまかしたけど、蛇剣を持っていたアルフリーダという謎の女。
その女が今この力を使うのを見たアナリンの頭の中で、絡まった疑問の糸が解かれたんだろう。
「女に化けていたとはな」
そう言うとアナリンは腹切丸を手にユラリと立ち上がった。
僕の正体を見抜いたその目に殺気が満ちている。
「恥知らずにも姿を偽り、コソコソとこちらの目から逃れようとしていたわけか。アルフレッド。ますます貴様の腹を裂かずにはいられなくなった」
そう言うとアナリンは素早くこちらに詰め寄り、斬りかかってくる。
さっきまでは反応すら出来なかった僕だけど、ジェネットの力のおかげでアナリンの動きを目で捉えることが出来た。
金の蛇剣を構えた僕は、アナリンが突き出してきた腹切丸の鋭い太刀筋に反応してこれを蛇剣で弾き返す。
それを見たアナリンがスピードのギアを上げ、より速く突っ込んでくる。
「くっ……うぅっ!」
僕は必死にそれに反応して何とかアナリンの連続攻撃を受け切った。
余裕なんて全然ないし、攻撃に転じることも出来ないけれど、僕自身がこのジェネットの感覚に慣れていけばもっと戦えるはずだ。
何よりも瀕死状態だったジェネットの命が僕の中でしっかりと息づいているのを感じられ、こんなに心強いことはない。
僕は油断なくアナリンの攻撃を懸命に受け止め続けた。
アナリンが尺の短い脇差しである腹切丸しか今は使えないというのも僕にとっては追い風だった。
アリアナが手に入れてくれたUSBの情報でアナリンのキャラ特性は確認済みだ。
彼女の刀・黒狼牙は先ほどのような力を解放してしまうと10分間は鞘の中で力を回復させなければ使えない。
「フンッ。少しばかり力をつけた程度で調子に乗ると痛い目にあうぞ」
業を煮やしたアナリンはそう言うと、腹切丸を左手に持ち替え、右手で黒狼牙の収まった鞘を握り、再び僕に向かってきた。
その動きを必死に目で追う僕だけど、今度はうまくいかなかった。
アナリンが左手で突き出した腹切丸を防いだ僕の左の脇腹にアナリンが鋭く振るった鞘がヒットする。
「うぐっ!」
脇腹を打たれた鈍い痛みに、僕は思わず声を漏らす。
だけど痛がっている場合じゃない。
アナリンは左右の手に握った長短の武器で変則的な攻撃を仕掛けてくる。
それは非常に避けにくい攻撃だった。
「うっ! くっ!」
とにかく致命傷を負わないように抜き身の腹切丸を蛇剣で弾くけれど、その隙に僕は腕や足を次々と鞘で打たれてダメージを蓄積させていく。
こ、こんないやらしい攻撃もしてくるのか。
ジェネットの力で大幅に能力が向上した今の僕だけど、アナリンの技量を前にして対応が追い付かない。
次々と鞘の攻撃を浴びる痛みで体中の感覚が鈍くなってきてしまった。
「その程度か。アルフレッド。やはり姿を偽る卑怯者だな。貴様には戦場に立つ覚悟がない」
覚悟がない。
確かにそうかもしれない。
そしてアナリンにはその覚悟があるんだろう。
目的のためにたった1人になってもこうして戦い続けているのだから。
だけど僕だって守りたい人たちがいる。
そのためにこの命を惜しまない覚悟ならある。
「アナリン。僕と君とは立場が全然違うけれど、君が自分の目的のために僕の大事な人たちを犠牲にするのを黙って見ているわけにはいかない。たとえここで君に斬り捨てられても抵抗をやめたりはしないぞ」
そう言うと僕は金の蛇剣を両手で握って構える。
僕の後ろにはまだヴィクトリアとノアが倒れているんだ。
彼女たちを守らないと。
「ムダな抵抗だ。貴様の腹を裂いてe-bookを手に入れる。貴様の中になければ、その後ろの2人のどちらかの腹を裂く。e-bookは確かにこの付近にあると腹切丸の反応が示しているのだからな」
そう言うアナリンのはるか後方に巨大なアニヒレートの姿が見える。
遠くで上がっていた勇ましい声は、徐々に悲鳴に変わりつつあった。
アニヒレートを相手にしているプレイヤーたちが次々と命を落としている。
いつまでもアニヒレートを足止めしてはおけないだろう。
進路を変更した兵団は無事に安全な場所へ避難できただろうか。
もうアニヒレートがシェラングーンに向かうのは止められない。
今までの一連の作戦行動に参加してきた僕は悔しさの中で今、目の前のアナリンの攻撃に耐えている。
防戦一方でジリジリとこちらのライフが削られるだけの苦しい戦いだ。
しかもこうして耐え抜いた先に勝機があるとは思えない。
このままじゃライフが尽きるのを待つだけだ。
せっかくジェネットの力が宿ってくれているのに、今の僕に出来るのはこれが精一杯だった。
そして僕はそんな自分が情けなくて、思わず冷静さを欠いてしまっていた。
アナリンが繰り出す腹切丸の一撃を意地になって蛇剣で押し返そうとしたところ、アナリンにフッと力を抜かれて僕は前につんのめってしまう。
「あっ……」
その瞬間、アナリンが振り上げた鞘の一撃が僕の顎に直撃した。
「がっ!」
し、しまった!
僕は地面にひっくり返りながら自分の迂闊さを呪った。
顎を襲うジンジンとした痛みに涙が滲む中、必死に起き上がろうとするけれど、脳を強く揺さぶられたせいで体が思うように動かない。
すぐにアナリンは僕の胸を踏みつけて地面に押し付け、腹切丸の切っ先を僕の喉に突き付けた。
「なるほど。確かに女の体だな。どういうカラクリかは知らんが。さて、アルフレッド。その体からe-bookをいただくとしようか。貴様の中に無ければ後ろの2人の腹も裂かねばなるまいが……」
アナリンがそこまで言ったその時、腹切丸が突如としてブルブルと震え、その刀身を染める青い光が強まっていく。
それを見たアナリンがフンッと鼻を鳴らした。
「この反応が動かぬ証拠だ。やはりe-bookは貴様の中にあるようだな。喜べ。貴様の仲間は腹を裂かれずに済む」
腹切丸の青い光に照らされたアナリンがそう言ったその時、聞き慣れた声が響き渡った。
「氷刃槍!」
その声を聞いたアナリンが咄嗟に僕の上から飛び退った。
そこを無数の氷の礫が通り抜けていく。
弾かれたように起き上がった僕は右手の方角に目をやった。
するとその方角から一頭の馬が猛烈な速度で駆け込んできた。
その馬に跨っているのは作戦本部で神様の護衛をしていたはずのアリアナだった。
ど、どうして彼女が?
驚く僕のメイン・システムに神様からの通信が入る。
【アルフリーダ。そちらにアリアナを向かわせた。こちらは契約済みのプレイヤー部隊を守備隊として迎えたから心配するな。何とかそこでアナリンを討ってくれ】
そういうことか。
神様も絶えず変化する状況に対応するために数々の手を打ってくれているんだ。
「やあああああああっ!」
雄々しく気合いの声を上げるアリアナはそのまま馬の背から飛び降りると、すばやく地面を駆けて一気呵成にアナリンに襲いかかった。
「アル君から離れて!」
「チッ! また貴様か」
アリアナが繰り出す拳をアナリンは腹切丸で受け止める。
アリアナの手甲・極氷手甲と腹切丸がぶつかる硬質な音が鳴り響き、アリアナの拳撃の勢いに押されてアナリンが下がっていく。
さすがにあの短い脇差しでアリアナの拳を受け止めるのは簡単じゃないようだ。
一度遅れを取っている相手に対してアリアナは最初から全力全開で果敢に攻め立てる。
アナリンも黒狼牙を使えない状態とあっては守勢に回らざるを得ない。
黒狼牙の鞘を握り締めたままアナリンは忌々しげに吐き捨てた。
「魔道拳士アリアナ。貴様の手の内はもう分かっている。某が不覚を取ることは万に一つもないぞ。勝機のない戦いに敢えて挑むか」
「私には守りたいものがあるもの。それを脅かす相手には何度だって戦いを挑むよ。この体が動く限り。永久凍土!」
アリアナの魔法によって作り出された巨大な氷の塊がアナリンの頭上から次々と降ってくる。
アナリンはそれを軽くかわすけれど、頭上から次々と降って来る永久凍土は全部で数十個もあり、それはアナリンの周囲を取り囲むように地響きを立てて配列されていく。
そしてアリアナは足止めされたアナリンに向けて氷刃槍を放っていく。
「はああああっ!」
「こざかしいっ!」
アナリンはそれを懸命に避けるけれど、周囲に所狭しと転がる凍土が邪魔で思うように動けずに、鋭い氷の礫がその腕や足を掠める。
「くっ!」
ダメージを受けたアナリンの白い衣が出血でわずかに赤く染まった。
効いてるぞ!
凍結魔法の複合技だ。
アリアナも色々考えて攻撃している。
アリアナは油断なく氷刃槍を放射しながら声を上げた。
「アル君! 今のうちに2人を!」
アリアナの言葉に従って僕はすぐにヴィクトリアとノアに駆け寄った。
倒れているこの2人を同時に運ぶのは僕には無理だ。
だったら……。
「これしかない」
僕はアイテム・ストックの中からブレイディーの一時間薬を取り出し、倒れている2人の口に流し込む。
すぐに2人は大小それぞれのサイズのリスの姿に変わり、僕は2人を懐にしまい込んだ。
それから銀の蛇剣をEガトリングに変化させる。
今はまだ攻勢をかけるアリアナが有利だけど、アナリンが黒狼牙を使えるようになるまで、それほど長くはかからないはずだ。
そうなったらいくらアリアナでも苦戦は免れない。
今のうちにやれることをやっておかないと。
僕は凍土を乗り越えて脱出しようとするアナリンを牽制するためにEガトリングを連射し続けた。
凍土の上に展開される弾幕がアナリンを地上に釘付けにする。
そんなアナリンにアリアナが畳みかけるように攻撃を仕掛けようとした時だった。
アナリンが黒狼牙をついに鞘から再び抜き放ったんだ。
「鬼嵐刃!」
も、もう黒狼牙の力が回復したのか!
思ったよりも早い!
そしてアナリンの抜き放った黒狼牙から巻き起こった光刃の嵐が、周囲の凍土を次々と切り裂いて粉々にしていく中、至近距離にいたアリアナが刃の嵐に巻き込まれてしまった。
「ア、アリアナァァァァ!」
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 最終章 第9話 『重なるキズナの力』は
明日2月7日(日)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




