第5話 『夜空より流れ落ちる刃』
ハッと目が覚めると、そこは再び作戦本部の天幕の下だった。
一瞬、自分が今何をしているのか分からなかったけれど、赤い炎に包まれる鮮明な記憶がすぐに甦ってくる。
そうだ……金の妖精として活動していた僕はメガリンに道連れにされ、弾道爆裂弾に巻き込まれてしまったんだ。
金の妖精の体は消滅し、強制ログアウトされて自分の体に戻ったってことか。
「ご苦労だった。アルフリーダ。見事メガリンを討ち果たしたな」
椅子に腰かけた状態で目を覚ました僕の目の前で神様がそう言った。
僕はひとつ大きく息をつき、神様に詫びた。
「神様。すみません。金の妖精もダメにしてしまって」
「構わん。メガリンを追い詰めて自爆に追い込んだ結果だ。メガリンはゲームオーバーとなり、そのプログラムはカイル、ザッカリーに続いて運営本部に捕獲された。これで残るは親玉のアナリンだけだ」
よかった。
これで厄介な爆撃の恐怖からも解放される。
僕はすぐに立ち上がった。
今回はVRゴーグルを使用している時間自体が短かったためか、以前ほど頭が重くない。
これなら問題なく動けそうだ。
「神様。僕、ジェネットの援護に行かないと」
僕の言葉に神様はメイン・システム上のモニターを表示する。
そこでは思わぬ状況の進展が示し出されていた。
面上に映し出されたジェネットは、その両肩にヴィクトリアとノアを抱えてアニヒレートから遠ざかっていたんだ。
「や……やった!」
アニヒレートの肩の上で気絶して倒れていた2人を、ジェネットがとうとう救い出してくれたんだ。
そしてアニヒレートの背中から黒煙が立ち上っている。
さらにアニヒレートは前脚を顔に押し付けたまま、うずくまるようにして苦しげに呻いている。
何だ?
「あれは……」
「メガリンがやけっぱちで呼び寄せた弾道爆裂弾が、うまいことアニヒレートの背中に直撃してくれたんだ。その隙にシスターは法力を最大限まで高めた高密度の聖光霧をアニヒレートの両目に浴びせたんだよ。目が見えなくなって動けなくなったアニヒレートからシスターは見事に2人を救出してみせたってわけさ」
ブレイディーはニヤリと笑ってそう言った。
そうだったのか。
災い転じて福と成すってやつだ。
とにかく僕はジェネットの無事な姿に安心した。
さらに悶え苦しむアニヒレートの周囲にいつの間にか大勢の人だかりが集まって来ていた。
その数は恐らく数百人に及び、彼らは皆、頭の上に緑色の三角形マークを浮かべている。
あれは……プレイヤーだ!
驚く僕にブレイディーは言った。
「我が主が多くのプレイヤーたちを招集してくれてね。アニヒレートが弱ってるから今のうちにイベントのポイント稼ぎをしたらどうかって人を募ったら、わんさか集まってきたのさ。ま、現金な連中だけど、今はとても助かるよ」
そうだったのか。
確かにプレイヤーたちがあれだけ集まってくれていれば、アニヒレートを足止めしてくれそうだ。
そんな僕の隣で神様がジェネットに指令を出す。
【ジェネット。アニヒレートはプレイヤーたちに任せて、一度そこから離れよ。アルフリーダをそちらに向かわせる】
【かしこまりました】
通信を終えた神様はブレイディーの薬液が入ったカプセルを僕に手渡して言った。
「リモートワークを終えたばかりで悪いがジェネットの元へ向かってくれ。ヴィクトリアとノアをこの薬で小動物に変えて連れ帰るのがお前の役目だ。アルフリーダ」
「はい。行ってきます!」
僕は神様から薬液を受け取るとアリアナに向き直った。
「アリアナ。また行ってくるよ。神様のこと頼むね」
「うん。気を付けてね。アル君。こっちは任せて」
それから僕はすぐに本部から飛び立った。
上空から見ると爆撃によって本部の周辺が焼け野原と化している惨状がよく分かる。
だけどメガリンを倒せたことで、これ以上の爆撃を受ける心配はなくなった。
僕は出来る限り速度を上げて空を飛び、数分でジェネットのいる現場へと接近する。
ジェネットは2人を抱えたままアニヒレートから数百メートルの距離を取って待機していた。
「おーい!」
大きく手を振る僕に気付いたジェネットがこちらに近付いてきてくれる。
「アル様!」
「ジェネット。無事で良かった」
「ええ。無理はせずにアニヒレートと一定の距離を保ち続けていましたし、無用な刺激を与えないよう攻撃は控えましたので」
そう言うジェネットから僕は、気絶しているヴィクトリアを受け取った。
自分より長身のヴィクトリアを抱えるのは大変だけど、僕だってこのくらいの役には立てる。
「2人とも大ダメージによるショック状態で回復魔法を受け付けません。アニヒレートの攻撃を受けた後遺症のようです」
「そ、そんな……治るのかな?」
「大丈夫。時間をかけて治療を施せば治ると思います。それから、作戦本部の状況は私にも伝わってまいりました。アル様。我が主を守っていただき深く感謝いたします」
「守ってくれたのはアリアナだけどね。でも皆が生きていてくれて良かった」
アリアナの無事を知ったジェネットの顔に喜びの色が広がる。
「アリアナが見つかったのですね。良かった」
「ミランダとエマさんはまだ見つかっていないけど、きっと無事でいてくれるはずだよ」
「ええ。きっとそのはずです」
その時、喜びを分かち合う僕らの前方数百メートルのところで、アニヒレートが大きく吠えた。
そこではアニヒレートがプレイヤーの大群を相手にしながらも、それをものともせずに進撃を続けている。
向かう先はもちろんシェラングーンだ。
それを見つめる僕らのメイン・システムに神様からの通信が入った。
【アニヒレートを相手にしているプレイヤーの数は300余り。だが、おそらく長くは持つまい。兵団がシェラングーンに到着するまでの間、ジェネットはそのまま現場でアニヒレートの様子を見続けてくれ。もしプレイヤーたちが思った以上に早く全滅したら、再度アニヒレートの足止めを頼む。アルフリーダはヴィクトリアとノアを連れて作戦本部に帰還後、再度ジェネットと合流して援護を……】
神様の指令を聞きながら、ふと僕は何かを感じて頭上を見上げた。
月夜にひとすじの光が流れたように見えたんだ。
流れ星?
だけどその流れ星は……こちらに向かってくる。
ま、まさかまた爆撃?
でももうメガリンはいない……ハッ!
そこで僕は慄然とした。
上空から舞い降りてくるその光が、空中を翔ける一頭の天馬だと分かったからだ。
それは一直線に僕らに向かって降下してくる。
「アル様!」
咄嗟にジェネットは声を上げ、空いている右手で懲悪杖を構える。
僕はヴィクトリアを守る様に胸に抱え込んだ。
だけど稲妻のごとく降下してきた天馬に、僕は背中を蹴り飛ばされて地上へと叩き落とされてしまった。
「うげっ!」
危うく地上に叩きつけられる寸前で天樹の衣の浮遊力が働き、僕は何とか最小限の衝撃で着地した。
「くっ!」
天樹の衣の上からとはいえ背中を蹴られた痛みと衝撃に顔をしかめながら、僕は気絶しているヴィクトリアを地面に横たえる。
頭上を振り仰ぐと、そこには天馬・雷轟の背に跨りながら刀を振りかざしてジェネットに襲いかかるサムライ少女の姿があったんだ。
「ア、アナリン……」
東将姫アナリン。
こ、こんな時に……。
最も手ごわい相手である彼女が、この局面で僕らの前にまた立ちはだかるのか。
ジェネットは懲悪杖で刀を受け止めるけれど、その鋭い勢いに押されて後方に弾き飛ばされる。
「くっ!」
ジェネットは何とか体勢を立て直して空中で静止した。
ノアを左肩に担いだまま、右手の懲悪杖だけではさすがにジェネットもアナリンの攻撃を受け切れない。
アナリンの武器、黒狼牙による斬撃は相変わらず鋭く、その威力は絶大だ。
一瞬でも隙を見せれば、あっという間に斬り捨てられてしまう。
アナリンは雷轟の背に跨りながらジェネットを見下ろした。
「貴様が光の聖女ジェネットか。某の部下・カイルをやってくれたそうだな」
「東将姫アナリン。本物のあなたにお会いするのは初めてですね。ここまでの狼藉、よもや許されるとは思っていませんね?」
ジェネットはそう言うと懲悪杖を握り直して構える。
だけどノアを守りながらでは辛い。
僕がノアを引き受けられればいいんだけど、そんな余裕をアナリンが与えてくれるとは思えない。
アナリンはジェネットに鋭い眼光と黒狼牙の黒光りする切っ先を向けて言う。
「その竜の小娘を守りながら某と刃を交えるつもりか? ナメられたものだな」
「ならばノアを安全な場所に安置するまで、あなたはその刀でも研ぎながらお待ちいただけますか?」
「笑止!」
アナリンは容赦なくジェネットに斬りかかる。
ジェネットは小刻みにターンを繰り返す空中浮遊で懸命にアナリンから距離を取ろうとするけれど、アナリンを背に乗せた雷轟はこれを先回りするほどの速度で追う。
そして背後に回り込んだアナリンが振り下ろす刀を、ジェネットは反転宙返りで頭を下にして懲悪杖で受け止める。
アナリンの刀の勢いは止め切れないけれど、その反動を利用してジェネットは後方に急速後退していく。
アナリンはそれを追撃してジェネットに迫った。
「王女を差し出せ! 下にいる女兵士も合わせて皆殺しになりたくなくば速やかにな」
「王女殿下はここにはいらっしゃいません。もうあきらめて投降なさい。アナリン。いかに強くとも今やあなたは孤立無援。ここで私達を討ち伏せたところで、あなたの目的が達成されることはありません」
ジェネットがそう言った瞬間、雷轟が急加速してジェネットとのすれ違いざまにアナリンが刀を下から上へと一閃させた。
「くあっ!」
ノアを抱えるジェネットの左肩が切り裂かれて鮮血が飛び散った。
「ああっ! ジェネット!」
くっ!
ジェネットはその衝撃で、抱えていたノアを落としそうになってしまうけれど、強靭な精神力でこれに耐えた。
だけど彼女の純白の法衣に真っ赤な血が滲んでいく。
まずいぞ。
援護を……ジェネットの援護をしなきゃ!
「蛇剣!」
僕の叫びに応じて銀の蛇剣がEライフルに変化した。
僕はそれをさらに変化させる。
「Eガトリング!」
Eライフルは形を変えて、バレット・バレルを備えた連射可能なガトリングガンになった。
僕はアナリンに向けてそれを発射する。
すると銃口から無数の小さな蛇が射出されて、雷轟に乗るアナリンに襲いかかった。
アナリンは即座に雷轟を急旋回させてそれをやすやすとかわしていく。
もちろん僕もこの程度でアナリンを撃墜できるわけがないのは分かっている。
だけどこの一瞬の隙にジェネットは僕の近くに降下してきてノアを地面に横たえた。
僕はEガトリングを撃ち続けながらジェネットに声をかける。
「ジェネット! 傷の手当てを!」
頷いたジェネットは取り出した白い帯で左肩をグルグル巻きにしてギュッときつく縛り、応急的に止血をした。
「これで大丈夫です。アル様。ヴィクトリアとノアを頼みます」
ジェネットは決然とそう言った。
アナリンの強さをよく知る僕はジェネットのことが心配でたまらなかった。
アナリンはヴィクトリアやノア、アリアナ、そしてミランダまでも圧倒してみせるほどの強さを誇る。
ジェネットでも勝てる保証はない。
それでも僕はジェネットを信じる。
もし彼女が勝てないとしても最後まで彼女の戦いを見届けるんだ。
「ジェネット。もしもの時は僕も一緒だから」
彼女だけを死なせはしない。
そんな縁起でもないことを言うべきではないかもしれないけど、言わずにはいられなかった。
僕の言葉にジェネットはやさしく微笑む。
「アル様。嬉しいお言葉ですが、私もむざむざ負けるつもりはありません。見ていて下さいまし」
ジェネットがそう言う間にもEガトリングの弾幕を避けてアナリンが雷轟から飛び降りた。
空中に身を躍らせた彼女は僕の前方十数メートル先の地面に軽快に着地する。
そしてアナリンは僕に鋭い視線を投げかけた。
「こざかしい女だ。そこの聖女がとぼけるので、敢えて貴様に問おう。王女の居場所を今すぐに教えるがいい」
「……私は知らないし、知っていても教えない」
「よかろう。では聖女もろとも死ね」
そう言うとアナリンは静かに腰を落とした。
彼女の手がゆっくりと腰の黒狼牙の柄に触れるのを見た僕は、ここから生きて帰るには目の前の恐るべき敵を倒す以外にないのだと覚悟を決めた。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 最終章 第6話 『東将姫 vs 光の聖女』は
明日2月4日(木)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




