第14話 『徹底抗戦!』
モンガラン運河の川岸を離れ、あらかじめ連絡をしておいた作戦本部に僕が到着する頃には、ヴィクトリアとノアがアニヒレートを相手に大立ち回りを始めていた。
僕は神様のいるテントに戻る途中、兵士たちの詰め所に設置された大型モニターを見て足を止めた。
モニターの中で、ノアは空からアニヒレートを攻撃し、ヴィクトリアは川の浅瀬に設置されていた固定式のイカダを足場に飛び回りアニヒレートの脚を攻撃している。
2人ともアニヒレートを相手に躍動していた。
特に目を見張るのはヴィクトリアの戦いぶりだ。
彼女はカスタマイズされた4メートル超の巨大な嵐刃戦斧を肩に担ぎ、その研ぎ澄まされた刃でアニヒレートの後ろ脚を斬りつけていく。
生まれ変わった黄金色のアニヒレートは変わらず防御力の高い毛に覆われているけれど、ヴィクトリアがその巨大な斧を叩きつけるとその度に激しく毛が舞い散って一定のダメージを与えていく。
アニヒレートは前脚を振り下ろして足場ごとヴィクトリアを叩き潰そうとするけれど、ヴィクトリアは次々と足場を替えて飛び移り、これをかわしていく。
アニヒレートは苛立ってヴィクトリアに向け、口から光弾を放とうとした。
だけど上空からノアがそれを阻む。
「させぬわっ!」
ノアの口から吐き出された聖邪の炎がアニヒレートの鼻先を焼き、それを嫌ったアニヒレートは顔を上げると上空のノアに向けて光弾を吐き出した。
だけどノアは急旋回してこれをかわす。
空を飛ぶことに関しては随一の彼女は、立て続けに吐き出されるアニヒレートの光弾を次々と避けてみせた。
アニヒレートの注意が頭上に向いている隙にヴィクトリアは巨大斧をその場に放り出し、足場から一気に跳躍するとアニヒレートの後ろ脚にしがみついた。
な、何をするつもりなんだ?
驚く僕が見つめる中、ヴィクトリアはアニヒレートの毛を掴んでスルスルとその体を上り始める。
アニヒレートは頭上のノアを叩き落とすことに気を取られていてこれに気付いていない。
そうこうしているうちにヴィクトリアはあっという間にアニヒレートの右肩まで上った。
そこで彼女が手をかざすと、川中の足場に落ちている巨大斧が宙に浮いて彼女の元へ一直線に飛んでいく。
念力だ。
羽蛇斧を操る際に使う念力を巨大斧にも使って引き寄せた彼女は、アニヒレートの肩の上でそれを握った。
あ、あんな大きな物まで念力で動かせるのか。
「たっぷり味わいな!」
そう言うとヴィクトリアはまるで木こりが大木に斧を入れるかのように、巨大な嵐刃戦斧を真横一閃してアニヒレートの首に叩き込んだ。
「ゴフッ!」
ドスッという重い音とアニヒレートが息を漏らすような音が聞こえてくる。
巨大な斧の刃を受けてアニヒレートの首は傷こそついていないものの、その部分の毛が派手に舞い散った。
何よりも一撃で200以上もアニヒレートのライフを減らしたんだ。
すごいぞ。
人間業とは思えない一撃だ。
「もう一丁!」
そう言ってヴィクトリアは同じ箇所にもう一撃を浴びせようとした。
だけどアニヒレートだって黙っちゃいない。
「ゴアッ!」
即座にアニヒレートは体を前に倒し、四つん這いになってヴィクトリアを振り落としにかかる。
でも空中に投げ出されたヴィクトリアは慌てることなく嵐刃戦斧を手放し、両手で腰から抜いた2本の羽蛇斧を投げた。
飛んでいく2本の手斧の柄にはワイヤーが取り付けられていて、ヴィクトリアの念力に応じてアニヒレートの前脚にクルクルと巻き付いた。
そのワイヤーの先はヴィクトリアの腰のベルトと繋がっていて、彼女はさながら空中ブランコをするかのように宙を舞う。
そして四つん這いになったアニヒレートの頭の上に降り立った。
「来い! 嵐刃戦斧!」
その声に応じて、川の中に落ちていた巨大な嵐刃戦斧が念力によってヴィクトリアの手に戻っていく。
彼女はそれを握ると、その巨大な刃をアニヒレートの左耳に叩きつけた。
すると……。
「ギアアアアッ!」
アニヒレートが悲痛な叫び声を上げた。
それもそのはずだ。
ヴィクトリアの鋭い一撃によってアニヒレートの左耳は切り裂かれていた。
鮮血が舞い散り、その左耳は無惨にちぎれ飛んだ。
そのライフは一気に500も減少する。
これまでにないダメージだ。
あ、あのアニヒレートが……。
僕は息を飲む。
僕だけじゃなく作戦本部の詰め所にいる兵士たち全員が固唾を飲んでいた。
傷つけることなんてそうそう出来ない絶対的な存在であるアニヒレートが片耳を失って苦しんでいる。
それは驚きの光景だった。
早く神様のいるテントに戻らなくちゃいけないのに、僕の目はその映像に釘付けになっていた。
映像の中ではヴィクトリアがさらに攻勢をかけている。
「一気にいくぜ! 嵐刃大旋風!」
嵐刃大旋風はヴィクトリアが腕力と念力を使って重厚な両手斧である嵐刃戦斧を超高速で振り回す大技だ。
でも、あの巨大な斧で使えるのか?
あの斧であの大技をやるなんて、一体どうなっちゃうんだ?
そんな僕の心配は杞憂に終わった。
ヴィクトリアは両手で巨大斧を掴んだまま、自分の体を軸にして独楽のように回り出したんだ。
斧の大きさがいつもとは段違いだから、その技の繰り出し方も工夫したのか。
彼女はそのままの勢いで滑り出し、巨大な回転ノコギリと化してアニヒレートの後頭部を削り始めた。
「ギアアアアッ!」
四つん這いのアニヒレートは甲高い悲鳴を上げ、ヴィクトリアを振り落とすために立ち上がろうとする。
だけどその頭上からもうひとつの大技が襲いかかる。
「竜牙槍砲!」
ノアが頭上から竜牙槍砲を繰り出して、頭を上げようとするアニヒレートの脳天を再び削り出した。
2つの大技の競演に、詰所の兵士たちからどよめきと歓声が上がる。
アニヒレートのライフは200、300と連続して減っていき、今までにないくらいのスピードでそのライフゲージが減少していく。
ノアもヴィクトリアもちゃんと協力し合ってる。
あの2人が組めばアニヒレートにだって大きなダメージが与えられるんだ。
脳天と後頭部を同時に激しく削られ、アニヒレートの黄金の毛が舞い散っていく。
あの剛毛はアニヒレートにとっては鎧なんだ。
それが削られている。
「脱毛してやるぜぇぇぇぇ!」
ヴィクトリアの威勢のいい声が響き、次の瞬間、アニヒレートの後頭部から鮮血が舞い散った。
その部分の毛がすべて削り取られ、攻撃が地肌に達したんだ。
ノアの攻める脳天も同じくだった。
ポイント・フォーの時と同じくアニヒレートの脳天から血が噴き出し始めている。
アニヒレートのライフが55000を切る。
それでも2人の勢いは止まらない。
大技を振るい続ける2人の体力に兵士たちが感嘆の声を上げた。
アニヒレートは四肢を浅瀬につけたままうずくまって動けずにいる。
こ、今度こそいける。
僕やここにいる兵士の誰もがそう思ったはずだ。
だけど、アニヒレートの頭上に今まで見たことのないコマンド・ウインドウが開いたことで事態は一変した。
【ダメージ量増加。警告! 解禁! 黄金熱線!】
か、解禁?
コマンド・ウインドウに表示されるその文字は、ミランダやジェネット、アリアナが特殊スキル発動の条件を満たしたときに表示されるそれと同じだった。
その場で映像を見ている兵士たちと同様に僕は固まった。
アニヒレートの黄金色の毛並みが急激に輝き出したからだ。
そして……。
「ウオアアアアアッ!」
それまで聞いた以上の粗暴な咆哮を響き渡らせたアニヒレートの毛から全方位に向けて黄金色の光が放射されたんだ。
まるで雷のようなそれは凄まじい熱線で、それに触れた川の水が蒸発し、浅瀬に設置された足場が一瞬で溶解する。
そして戦いの場を映し出している映像がふいにブラック・アウトしたんだ。
現場に展開している多くの記録妖精たちがアニヒレートの黄金熱線によって破壊されてしまったのだと分かった。
【予備カメラを展開! 切り替え急げ!】
ブレイディーからの通達に僕は呆然と立ちすくむ。
ヴィクトリアとノアは……。
僕は頭にのしかかる不安に押し潰されそうになる。
普通に考えれば、あれだけの強烈な熱線を発したアニヒレートの体に密着していたら無事で済むはずがない。
で、でもあの2人なら、あれだけ強い2人なら……。
信じたい気持ちと不安とが胸の内でせめぎ合い、僕は苦しくて座り込んでしまった。
そこですぐに予備カメラが働いて現場の映像を映し出す。
モニターに映るアニヒレートは今も川の浅瀬に立っている。
その体からは高熱の白煙が立ち上っていて、ユラユラと揺れる陽炎を作り出していた。
僕は息をするもの忘れてその画面を食い入るように見つめた。
「……う、嘘だ。ヴィクトリア……ノア」
全身から白煙を立ち上らせるアニヒレートはゆっくりと後ろ脚で立ち上がると、二足歩行とで悠然と浅瀬を進み、ついに対岸に上陸を果たした。
その右肩の上にヴィクトリアとノアの姿があったんだ。
それは折り重なるように倒れたまま動かない2人の……無残に黒焦げになった姿だった。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第四章 第15話 『危険な賭け』は
明日1月29日(金)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




