第5話 『サムライ・ガール』
「動くな。動けばすぐに殺す」
そう言ったその女性の姿を僕は見ることが出来ない。
地面にうつ伏せになったまま、首の後ろに刃物を突き付けられているからだ。
冷たい刃の感触が首を撫で、僕は思わず息を止める。
せ、接近する足音も気配も感じられなかった。
もちろん僕が鈍いってのもあるけれど、それにしてもまったく予期せぬ状況だぞ。
「だ、誰?」
「貴様には関係ない。某の問いにだけ答えろ。貴様、王城所属の兵士だな」
そ、某?
何だか妙な言葉遣いだな。
そしてこの女性は僕の兵服を見たんだろう。
彼女の言う通り、僕は普段は闇の洞窟に常駐しているけれど、身分はあくまでも王城の兵士の一員なんだ。
「そ、そうだけど、どうして僕を襲うんだ?」
「王女の行方を追っている。炎上した王城から数名の兵士に救出され、この辺りに逃げたはずだ」
「王女様を?」
その言葉に僕はわずかな安堵を覚えた。
この国の王様には1人娘となる王女様がいる。
そうか。
王女様は隕石の衝突後も生き延びていらっしゃるんだ。
だとすると、この女性は誰だ?
「あなたは王城の人?」
「質問するのは某だ。間違えるなよ? 雑兵」
そう言うとその女性は刃でわずかに僕の首を切る。
くっ……ほんのわずかだけど、切られた痛みが首の後ろに走る。
そして流れ出たひとすじの血が僕の首を伝い落ちた。
違う。
この人が王城関係者なら、兵服を着ている僕に刃を向けるはずがない。
それを示す様に彼女は言った。
「貴様も王城の兵士ならば事情を知っているだろう。貴様の同僚たちはどこだ? 王女をどこに連れて行った? 知っていることを吐け。吐かねば即座に殺す」
王女様の行方なんてサッパリ分からないけれど、ここで知らないと言えばこの人は容赦なく僕を斬り捨てるだろう。
そうなれば僕はゲームオーバーとなり、瓦礫の下で救助を待っているマヤちゃんを救うことは出来なくなる。
そんな状況は避けなきゃ……こうなったらやるしかない。
僕は意を決して一か八かの賭けに出た。
「王女様ならここにいる。でも、もう……助からない」
そう言うと僕は瓦礫の下の闇をじっと見据えた。
後ろにいる女性の声音がわずかに変わる。
「なに?」
「逃げている最中に瓦礫が崩れ落ちて、僕の仲間たちは皆、巻き込まれたんだ。唯一助かった王女様も、もう……」
僕の言葉に、背後の女性は何かを思案しているのか少しの間、黙り込んだ。
もちろん冷たい刃は僕の首に当てられたままだ。
やがて女性は口を開く。
「貴様の言葉が真実かどうか確かめる必要があるな」
そう言うとその女性は僕の襟首を掴み、強引に僕をひっくり返す。
「うげっ!」
思いのほか腕力の強いその女性にぞんざいにひっくり返されて、僕は背中を地面に打ち付けて思わず声を漏らした。
そこで僕は初めて彼女の姿を目の当たりにしたんだ。
それはミランダ達よりほんの少し年上くらいの少女だった。
艶のある長い黒髪を頭の後ろの高い位置で一つに縛ってまとめ、髪と同じ黒い瞳を持つその女性は特徴的な衣装に身を包んでいた。
白と青で彩られた衣の下に、動きやすそうなスリットの入った紺色の袴を履いている。
衣の上には鉄の胸当てをつけているだけの軽装備だ。
そして彼女を最も強く印象付ける武器がその手に握られている一本の刀だった。
それは黒光りする刀身に緑色に輝く刃文という波模様が浮かび上がった刀で、何だか怖いくらいに綺麗な刀だ。
そう。
見る者に恐怖を与える美しさが、その刀には備わっていた。
その刀を見ているだけで、今にも斬り刻まれそうな恐ろしさに身の毛がよだつ。
僕はその恐怖から逃れようと刀から視線を外した。
彼女の腰にはその刀の収まりどころである鞘が下げられている。
その鞘には綺麗な金色の細い鎖が巻かれていて、とても印象的だ。
そしてその鞘のすぐ横には、脇差と呼ばれるもう一本の短い刀が鞘に納められている。
それにしても城の兵士が持つような直刀でも、砂漠の民や海賊たちが使うような三日月型の湾刀でもなく、わずかに弧を描いて湾曲したこういう刀はこのゲーム内では珍しい。
打刀と呼ばれる種類のその刀を持つ人を以前に一度だけ見たことがある。
サムライという珍しい種類のNPCだ。
彼女は紛れもなくそのサムライだった。
だけど王城の関係者にサムライはいないはずだから、やはり彼女は部外者だ。
「君はお城の人じゃないね。そんな人が王女様を探してるってことは穏便な用件じゃない……」
そう言いかけた僕の首に、再び刀の刃先が突きつけられる。
「質問するのは某だと言ったはずだ。頭が悪いとすぐに死ぬことになるぞ」
剣呑な口調でそう言うと、彼女は腰から脇差を左の逆手で抜き放ち、その白銀の切っ先を僕に向けた。
そして右手に握った刀を鞘に納めると、射抜くような鋭い眼光を僕に向ける。
「今からこの邪魔な瓦礫を吹き飛ばして中を確かめてやる。貴様の言葉が嘘だとしたら、その舌をこいつで根元から切り取ってやるからな」
そう言うとサムライの少女は僕のお腹の上に馬乗りになる。
細身の体だというのにその力は強く、脇差を鼻先に突きつけられていることもあって僕は動けずにいた。
僕のアイテム・ストックの中にはいつも持っている下級兵士の通常装備である鉄の槍があるんだけど、この状況ではそれを装備するような余裕はとてもない。
ちなみに毎度おなじみの僕の武器である報復の蛇剣・蛇剣。
前回の冒険で訪れた天国の丘で、さらなる進化を遂げて金と銀の2本になったあの剣だ。
それは事情があって今は持ってない。
あの反則チート剣があればこの状況もどうにか出来るかもしれないのに、どうして僕はこう間の悪い男なんだ!
「その前に貴様が逃げぬよう、その腕を地面に縫い付けてやる」
冷たい表情でそう言うとサムライ少女は僕の左手首を押さえつけて、もう片方の手で脇差を振り上げた。
う、嘘でしょ……。
僕は必死に暴れるけど、彼女はそれを楽々と押さえつけ、僕の腕目がけて脇差を振り下ろした。
「うわあああああっ!」
だけどその時、サムライの少女は振り下ろした脇差を即座に自分の背後へと方向転換させた。
するとガキンッという重い金属音が鳴り響き、サムライ少女の体がのけ反った。
「くっ!」
途端に僕の体にかかる重さが弱まり、僕は咄嗟に少女を跳ね除けて真横に転がり、体の自由を得たんだ。
そんな僕の目の前の地面にサムライ少女の持っていた脇差と、金色に輝く装飾の施された片手用の手斧が突き立っていた。
宙を飛来してサムライ少女の持つ脇差を弾き飛ばして僕を救ったその手斧を、僕はよく知っている。
羽蛇斧。
長身女戦士・ヴィクトリアの愛用する武器だ。
「アルフレッドから離れろ!」
その声が響き渡り、両手斧である嵐刃戦斧を手にヴィクトリアが飛び込んできた。
手分けして周辺を見回っていたはずの彼女が、僕の危機に助けに来てくれたんだ。
ヴィクトリアは嵐刃戦斧を素早く振り上げると、サムライ少女に渾身の一撃を振り下ろす。
「うりゃああああああっ!」
ヴィクトリアの気合いのこもった一撃を前に、サムライ少女は刀を抜く間もなく鞘に手をかけたまま後方に下がって避けた。
嵐刃戦斧の勢いは止まらずに地面を大きくえぐって土煙が上がる。
それでもヴィクトリアの勢いは止まらず、巨大で重厚な嵐刃戦斧を自在に振り回してサムライ少女を追う。
い、今のうちだ。
僕はアイテム・ストックから鉄の槍を呼び出して装備した。
これが役に立つとは思えないけれど、蛇剣を持っていない今、丸腰よりはよほどマシだ。
あのサムライ少女がどうして王女様を追っているのか分からないけれど、少なくとも僕らにとって好意的な相手でないことは確かだよね。
今の状況でゲームオーバーになるわけにはいかない。
僕は槍を構えたまま戦況を見つめる。
ヴィクトリアが自慢の腕力で振り回す嵐刃戦斧を、サムライ少女は表情ひとつ変えずに軽やかな身のこなしでかわしていく。
それだけでも彼女がかなり腕の立つ人物だということが分かった。
サムライ少女はまるでアリアナのような軽い体さばきで動き続け、ヴィクトリアの攻撃はかすりもしない。
だけど体力のあるヴィクトリアの攻撃は止むことがない。
胸当て以外は甲冑もつけてないサムライ少女が、重いヴィクトリアの斧を一撃でもまともに浴びれば、大ダメージは避けられないだろう。
あの連続攻撃はかなりのプレッシャーのはずだ。
サムライ少女は刀の鞘に手をかけたまま、抜刀しようとはせずにヴィクトリアの攻撃をかわし続けている。
サムライ少女の持つ刀は不気味だけど、あの細い刀身じゃヴィクトリアの嵐刃戦斧は受け止められないだろう。
「今のうちにマヤちゃんを……」
だけど、ヴィクトリアが戦っている以上、マヤちゃんの救出で彼女に頼るわけにはいかない。
僕が何とかしないと……。
「でもこの瓦礫は僕じゃどうにも出来ないし、かといってこの隙間に入るのも無理……ん?」
そこで僕は思い出したんだ。
僕のアイテム・ストックに友人がくれた便利なアイテムが収納されていることを。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第6話 『衝撃の刃』は
明日12月6日(日)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。