第15話 『お得意の小細工』
「ぷはっ!」
マヤちゃんの時魔法によって時間の止まった部屋で、アルフレッドの意識体となっていた僕は元のアルフリーダの体に戻っていた。
そして僕の胸には赤い光の時計が刻みつけられていたんだ。
その時計の針がグルグルと反時計回りに動き出すと、すぐに僕の体に異変が起きた。
体が前につんのめるように動き出し、ライフの減少も止まった。
それだけじゃない。
減っていたライフが満タンに戻っていた。
回復したんじゃなくて元に戻ったんだ。
マヤちゃんが時戻しをかけてくれたってことだ。
動ける。
動けるぞ。
僕は大きく息を吐き出すと同時にアイテム・ストックをすぐさま呼び出して目当てのアイテムを両手に掴んだ。
「ア、アルフリーダ」
「なにっ?」
ザッカリーに捨て身で向かっていこうとしていた神様と、これを迎え撃とうとしていたザッカリーは共に、僕がいきなり動き出したことに驚愕して一瞬の間が生まれたんだ。
今だ!
ガイコツ頭のザッカリーの表情は分からないけれど、眼光縛り及び安らかなる死で動けないまま命尽きようとしていたはずの僕が動き出したことに、さすがに面食らっているようだ。
僕が使うべきアイテムは2つ。
両手に握ったその2つを僕は同時に素早く床に叩きつけた。
一つはスプレー缶で、それは地面にぶつかった衝撃で缶の吹き出し口から盛大に真っ黒な煙を吐き出した。
あっという間に視界を黒煙が覆い尽くしていく。
目くらまし用の携帯黒煙スプレーだ。
これじゃあ何も見えなくて、こちらもザッカリーを攻撃することも出来ない。
だけど僕が剣を振り上げてザッカリーに向かって行っても、眼光縛りを再び受けてしまい、身動きを封じられる危険性が高い。
あのスキルがザッカリーの光る目を見てしまうことで動けなくなるのか、あるいはこちらが目を閉じていても身動きを封じられてしまうものなのかは分からない。
分からない以上、まっすぐに切り込むのは無策すぎる。
だから僕はまともには戦わない手を選択した。
お得意の小細工だ。
その肝となるのが、もうひとつのアイテムだった。
それは球体のスピーカーで、床に落ちた衝撃によってけたたましくサイレンを発し始めた。
「くっ!」
ウゥゥゥゥッという音に僕は心臓が跳ね上がり、思わず耳を塞いで歯を食いしばる。
それくらい強烈な大音響だった。
これなら司令塔の中はもちろん、間違いなく王都中に響き渡っているだろう。
これは防犯ブザーを大幅強化した、取り扱い注意の音響兵器だった。
モンスターに取り囲まれた時なんかに使い、大音響でモンスターを驚かせて撃退する効果がある。
あまりにうるさすぎて、こんなに近くで聞いていると鼓膜が破れそうになるのが難点だけど。
でも僕の狙いは別にあった。
室内に充満する黒煙は、換気扇を通して司令塔の外へも漏れ出ている。
そしてこの大音響だ。
当然のようにこの部屋の外にいる人たちも異変を感じ取っただろう。
僕の思惑は当たった。
黒煙の間から窓の外にいくつもの人影が見えたのを感じ、僕は自分の狙いがムダじゃなかったことを悟った。
最上階であるこの司令室の窓の外に駆け付けられるのは、空を飛ぶことの出来る者だけだ。
いち早くこの騒ぎに駆け付けてくれたのは、王都の空の警備部隊だった。
彼らは司令室の窓ガラスを割って突入してきた。
途端に風が舞い込んできて、室内の黒煙を外にかき出してくれる。
僕はすぐさま球体スピーカーを踏みつけてスイッチを切り、耳をつんざくサイレンを止めた。
「何ごとだ!」
全員が鉄棍と呼ばれる鉄の長い棒を手に持った彼らは、獣人鴉族の警備兵たちだった。
その黒い羽根で自在に空を飛んで空中から王都を見守る彼らが、一番にこの場に駆け付けてくれたんだ。
その人数は全部で10名近くいる。
これを見たザッカリーは即座に踵を返して倒れているアビーの体に手を伸ばす。
情勢の転じつつある中で、アビーだけでも奪取しようという算段だ。
そうはいくか!
僕は金の蛇剣を握る手に力を込める。
すると蛇剣の柄でとぐろを巻いていた金の蛇がすばやく伸びて、ザッカリーの首の後ろに噛みついた。
「ガッ!」
ザッカリーが背を向けたこの瞬間がチャンスだったんだ。
僕は間髪入れずに銀の蛇剣に命じた。
すると今度は銀の蛇が柄からすばやく伸びてアビーの体に巻き付く。
そして倒れているアビーに巻き付いたまま銀の蛇は再び僕の手元に戻り、僕はアビーを抱き止めた。
やったぞ!
アビーを奪還した。
「でかしたアルフリーダ!」
そう言うと神様はすばやくメイン・システムを操作してからザッカリーに向けて言い放つ。
「東将姫アナリンの腹心の部下ザッカリー。今、私の目を通じた映像がこの全世界にライブ配信されている。貴様の姿もバッチリ映っているぞ。プライバシーに配慮してほしくばモザイクをかけてやらんでもないがな」
そう言う神様の目が赤い光をたたえている。
あれは以前にブレイディーが使っていた視覚記録というスキルだ。
その目で見たものを映像として記録したり生中継したりすることが出来る。
「視聴者諸君。このザッカリーという不死者は暗殺者にして密入国者だ。私と仲間に危害を加えようとしている。見てくれ。このふてぶてしいガイコツ面を」
これは神様の嫌がらせだ。
ザッカリーは暗殺対象に隠密のうちに近付き、他の誰にも見られることなく静かに相手を葬り去ることを好んでいるようだった。
だからこの状況はザッカリーにとって腹立たしいことこの上ないだろう。
もちろん神様はメスで右肩を刺された怒りと腹いせだけでこんなことをしているわけじゃない。
こうして衆人環視の状況を作れば、ザッカリーも下手な動きをして手の内を見せることはしなくなるという計算があってのことだろう。
「ぐぅっ……」
ザッカリーの首の後ろに噛みついていた金の蛇剣は、いつの間にかその首に巻き付いている。
これなら僕がロープか鞭でザッカリーを捕まえようとしているようにしか見えないだろう。
アルフレッドとしての身分を隠している僕が、カメラや警備兵の前で蛇剣を使うのはまずいだろうし。
そして神聖属性のある金の蛇が噛みついたせいか、不死者のザッカリーは痺れたように背を向けたまま動けずにいる。
「その男の目を見ないで下さい! 動けなくなります! あと猛毒の針のようなものを飛ばしてきますから、わずかでも痛みを感じたら即座に回復と解毒を!」
僕の言葉に獣人鴉族の警備兵たちは警戒を強めているけれど、彼らも王都の平和を保持するべく使命を持った兵士たちだ。
臆することなく鉄棍を手にザッカリーににじり寄っていく。
「曲者。神妙にするがいい」
「動くなよ。増援もじきに駆けつける。貴様に逃げ道はない」
そう口々に言いながら包囲網を狭める警備兵たちに、ザッカリーもさずがに観念したのか、背を向けたままフッと肩の力を抜いた。
だけど次の瞬間、その首だけがグルリと180度反転してこちらを向いたんだ。
やばいっ!
僕はすぐさま下を向いて目を閉じた。
そのおかげで再び眼光縛りを浴びずに済んだけれど、警備兵たちはそうはいかなかったみたいだ。
彼らが動けなくなったのが気配や物音で分かる。
う、迂闊だった。
不死者だから首を後ろに回すくらいどうってことないんだ。
生者の道理で考えた僕の失敗だ。
だけどその時、階下から多くの足音と人々の喧騒が聞こえてきた。
警備の増援だ!
僕はザッカリーの目を見ないように下を向いたまま声を張り上げた。
「ザッカリー! もうあきらめるんだ! まだまだ増援の人数は増える! 君の望む暗殺の流儀はここでは達成されないぞ!」
「……おのれ。神、そしてアルフリーダ。我が流儀を穢してくれた咎。必ずその身をもって贖わせてやるぞ。必ずだ」
それはまるで地獄から響いてくる恐ろしい怨嗟のような声だった。
僕は本能的な恐怖を感じて思わず身震いしてしまう。
そんな僕の前方ではザッカリーの体が変化していく。
その全身から白い煙が立ち上ったかと思うと、それはたちまちザッカリーの体を飲み込んでいく。
「ああっ!」
驚きに声を上げる僕の目の前で、ザッカリーの体はまるで蒸発していくように白煙と化した。
そして装備していた鎖帷子だけを残して忽然とその姿を消してしまったんだ。
白煙は司令室に吹き込む風に巻かれて霧散し、不死の暗殺者を何処かへと運び去ってしまった。
緊張から解き放たれた僕はガックリとその場に膝をつくと、敵のいなくなった室内を呆然と見回す。
すると……神様が床にうつ伏せに倒れ込んでいるのが見えた。
そ、そんな……神様が!
僕はハッとして即座に神様に駆け寄る。
「か、神様! しっかりして下さい! 神様!」
必死に呼びかけるけれども、神様は僕の声かけに応じることも出来ずに、体を小刻みに痙攣させている。
まさか……さっき神様の肩に突き刺さったザッカリーの刃物に毒が?
そんな……。
「神様! 神様ぁぁぁぁ!」
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
この15話で第三章『リモート・ワーク・α』は最終話となります。
次回 第四章『難攻不落! 討伐不能の魔神』 第1話『飛竜に乗って』は
明日1月15日(金)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




