第12話 『南進する破壊獣』
「破壊獣アニヒレートが南へ進み始めた。このままだとおよそ7時間後にシェラングーンに到達する」
モニターに映した地図上にアニヒレートの進路を示しながら、神様はそう言った。
アニヒレートに襲われた東部都市ホンハイはわずか2時間で陥落した。
そしてアニヒレートはホンハイの破壊に飽き足らず、即座に南へと進み始めたんだ。
僕はその映像を見て思わず眉を潜める。
アニヒレートと対比して焼け落ちたホンハイの建物の残骸が小さく見える。
僕は嫌な予感がして神様に尋ねた。
「あれ? アニヒレート……何か大きくなってませんか?」
「その通りだ。アニヒレートは今も成長中でな。王都では15メートルだった全長が北部都市ダンゲルン到達時には30メートル。それが現在は60メートルにまで巨大化している」
ば、倍々に増えてるじゃないか。
成長速度が異常だぞ。
「いつの間にそんなに……」
呻くようにそう言う僕に神様が説明してくれた。
「アニヒレートはホンハイに向かう途中の山岳地帯で再び休眠状態となっていたんだ。北の森でそうしていたように。どうやら眠っている間に成長しているようなのだ。寝る子は育つというやつだな」
「そ、育ち過ぎでしょ」
「アニヒレートは定期的に休息を取っているから、今後もさらに大きくなるだろう」
このままいくと南部都市シェラングーンに到着する頃には120メートルを越えちゃうぞ。
そんなのますます手が付けられないじゃないか。
シェラングーンにはジェネットたちもいるのに。
僕は彼女たちの身を案じて唇を噛んだ。
そんな僕の肩に神様はポンと手を置いて言った。
「チームβにはそのままシェラングーンに留まってもらう。今は住民の避難を進めているところだ。その後はアニヒレートを迎え撃つ兵団と合流することになる」
ホンハイと同じくらい大きな規模を誇るシェラングーンには、王都に次ぐ数の住民が住んでいる。
その全員が街の外へ避難するには時間がかかるだろう。
「不幸中の幸いなのはホンハイと違ってシェラングーンはすぐ目の前が海だということだ」
シェラングーンの街中は海へと繋がる水路がいくつも整備されていて、そこを港湾への荷運び用の運搬船に乗せて住民たちを順次、海へと逃がしているらしい。
港の沖には漁師が使ういくつもの人工島がある。
そうした人工島に大型船を使って住民をピストン移動式に避難させることで、かなりの数の人たちを避難させることが出来ているらしい。
そして南の海側だけではなく、北の山側にもありったけの馬車を使って住民たちが避難し続けている。
「ホンハイと違い、住民たちが率先して避難行動を進めてくれているおかげで、アニヒレートが到達する前には戦闘員以外の全住民の避難が完了しそうだ」
「良かった。だけどやっぱりシェラングーンはアニヒレートを迎え撃つ選択をしたんですね」
「ああ。ホンハイの惨状を見ると厳しいと言わざるを得ないが、シェラングーンに止められなければ他の都市にも止められないだろう。実質的に最後の砦となるシェラングーンにはすでに王都から残存兵力の半数となる5000人の兵士が派兵されている」
兵力の半数と言っても、王都の襲撃で王国軍にも多くの死傷者が出ている。
実際のところ王都に残っている5000人のうち半分くらいは負傷して戦えない状態らしい。
それでも王国はシェラングーンへの派兵を決めたんだ。
その話に僕は口元を引き締めた。
王国の本気が感じられる。
「王国はシェラングーンを最終防衛ラインと見なしたということだ。あそこでアニヒレートを止められなければ、もう成す術はなくなるだろう」
「シェラングーンにいるジェネット達は大丈夫でしょうか」
「今、ブレイディが中心となってアニヒレートへの対策を展開している。作戦の実行役はジェネットとヴィクトリア、そしてノアの3人が中心となった部隊になるだろう」
そう言うと神様はレーザーポインターを取り出して、それで大陸地図の画像を指し示した。
赤い点がシェラングーンの西側に流れる大きな運河を差し示している。
「このモンガラン運河は川幅も広く、水深も十分にある。ここを渡らずにシェラングーンに到達することは出来ん。ここでアニヒレートを迎え撃つ」
そう言うと神様は別の映像を映し出した。
それは北部都市ダンゲルン手前の森でアニヒレートを落とし穴の罠に陥れた場面だった。
アリアナの凍結魔法で凍り付いたアニヒレートにミランダが黒炎弾を浴びせているところだ。
「チームαが展開したアニヒレートへの対抗策は失敗に終わったが、それでもアニヒレートへ抵抗するための基本機軸を打ち出してくれた。超低温と超高温。そしてアルフリーダ。おまえが見せた蛇だ」
神様の言葉によって画面が切り替わり、王都で僕がEライフルを使って銀色の蛇を射出したところだ。
アニヒレートはその蛇が体を這い回るのを嫌がって悶え転げている。
強大なアニヒレートが一匹の小さな蛇にあれほどの拒否反応を見せた理由は分からない。
熊は蛇が苦手、なんてのは迷信の範囲を出ない話だと思うし。
「アニヒレートがあれほど銀の蛇を嫌がった理由は分かったんですか?」
「仮説は立てた。あとは証明するだけだ。そのための準備も整えてある」
神様によると懺悔主党の戦闘員の中から魔獣使いたちが呼び集められ、ありったけの蛇系のモンスターを召喚してアニヒレートを迎え撃つという。
もしアニヒレートが本当に蛇を苦手とするなら効果があるはずだ。
「もし蛇攻撃が効かなかったら……」
「案ずるな。もちろんその時のことも考えている」
そう言うと神様はメイン・システムを起動して、自身の服装を旅装姿に変化させた。
「さて。アルフリーダ。蛇剣と天樹の衣を身につけろ。リモート・ワークはそろそろ終わりだ。ここから打って出るぞ。チームβに合流だ」
「え? 金のアバター妖精にログインするんじゃないんですか?」
「さっきも言った通り、あれはリスクがある。おまえもそのままの姿のほうが動きやすかろう。VRゴーグルはアイテム・ストックにでも入れておけ」
そう言う神様に促され、僕はベットから降りてメイン・システムを起動する。
そして金と銀の蛇剣、そして防具である天樹の衣を装備した。
念のためデザインに若干の変化が加えられ、表記上はまったく別の武器防具名が付けられたそれらを装備すると、気持ちがわずかに昂ぶってくる。
僕は右の腰に下げられた銀の蛇剣を見て安堵を覚える。
「神様。銀のアバター妖精の時にEライフルをなくしちゃってすみませんでした」
「気にするな。あれはあくまでもレプリカだ。本物があればまた作り出すことが出来る」
そう言うと神様は司令室へ向かう階段を上っていく。
僕もそれに続いた。
どうやら僕が寝かされていた救護室は、塔の最上階である司令室のすぐ下の階だったようだ。
「シェラングーンにはアビーも連れて行く。総動員でアニヒレートに対処するぞ」
「シェラングーンまでどうやって向かうんですか? 僕は天樹の衣があるから飛べるけど。神様たちはまた気球ですか? でもそれだと時間がかかりますよね」
「それは司令室で話そう」
そう言う神様は司令室の扉を開いた。
だけどその瞬間、ドスッと嫌な音がして神様がその場にしゃがみ込んでしまったんだ。
「うぐうううっ!」
苦しげな声を上げる神様の右肩に、小さな刃物が刺さっていた。
それはナイフよりも小さな、医療用のメスだ。
ど、どうして?
驚く僕は、前方から聞こえてきた男の声にハッとして顔を上げた。
すると司令室の中には黒い人影が立ってこちらを向いていたんだ。
神様にナイフを投げてきたであろうその人物は、低くくぐもった声を出す。
「貴様が……神だな」
僕はその男の姿に思わず息を飲んだ。
鎖帷子を装備したその男は全身が黒ずくめの衣装だった。
だけど首から上のその顔は、肉も皮もない剥き出しの頭蓋骨だったんだ。
僕は言い知れぬ恐怖を抱いて思わず声を漏らした。
「ア、不死者……」
それは明らかに命ある者の姿じゃなかった。
もちろん僕も今までに不死者モンスターは見たことがある。
ゾンビとかね。
でもこうして知恵を持って人の言葉を話す不死者は初めて見るし、何よりも男の放つ嫌な気配が僕の五臓六腑を不快にさせる。
「……アポイントのない客人はお断りしているんだがな。どこのどちら様だ?」
神様はしゃがみ込んだまま右肩を手で押さえながら、それでも強気にそう言った。
その額には脂汗が浮いている。
かなり痛むはずだ。
僕はすぐさま金の蛇剣を抜き放つと神様を守るべくその前に立つ。
「おまえは……アナリンの部下のザッカリーだな」
僕は当てずっぽうでそう言ったけれど、それはあながち間違いじゃないだろう。
こうして神様を狙ってくるということは間違いなくアナリンの手勢だ。
そしてアナリンには3人の部下がいることは、ゲームオーバーになって運営本部に捕らえられた獣人老魔術師カイルのプログラムを解析して判明している。
カイルの他にいる部下はメガリンという女とザッカリーという男だ。
そして目の前にいるのは明らかに男だった。
その男の頭蓋骨が歯をカチカチと鳴らし、続けてその口からくぐもった声が出る。
「……いかにも。女。貴様は何者だ? その剣と防具は下級兵士アルフレッドの装備のはず」
男があっさりと自分の正体を明かしたことは意外だったけれど、それよりもこの蛇剣と天樹の衣が僕の装備だと知っていることに僕は警戒心を抱いた。
表記上の名前やデザインは変えているのに、この装備の特徴を見てそれを言い当てるなんて。
ミランダやジェネットのみならず、相手陣営は僕のことまでかなり調べているんだ。
僕は自分がアルフレッドであることを悟られないよう、口調に気を付けて口を開く。
「私は……」
そう言いかけた僕はザッカリーの背後に誰かが倒れているのに気が付いて息を飲む。
その男の背後に倒れている少女の腰からはフワフワとやわらかそうな尻尾が生えていた。
その姿を見て僕は思わず声を上げる。
「ア、アビー!」
そう。
うつぶせのまま倒れていたのは、さっき先に司令室へ上がっていったアビーだったんだ。
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次回 第三章 第13話 『不死暗殺者ザッカリー』は
明日1月12日(火)午前0時過ぎに掲載予定です。
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