第11話 『決意』
「アニヒレートの次の狙いは間違いなくシェラングーンだ」
神様は確固たる口調でそう言った。
港町シェラングーン。
つい昨日、僕が金のアバター妖精となって、光の聖女ジェネット率いるチームβに帯同して訪れていた街だ。
僕は胸にこみ上げる不安を吐き出す様に神様に問いかけた。
「シェラングーンにはジェネットたちが……そうだ。ジェネットは? 彼女はどうなったんですか?」
ジェネットは潜水艇内で獣人老魔術師カイルと戦った際に、新スキルを無茶なやり方で敢行してくれた。
僕と一緒に生き残るために。
だけどそのせいで彼女は一時の休息が必要なほど疲弊してしまったんだ。
僕が金環杖で彼女に聖光透析をかけて大幅な能力アップをさせていたことが原因だった。
「ご安心下さい~。シスターはすでに回復して目を覚まし、元気に活動を再開しているのです~」
アビーはそう言うと僕を元気付けてくれるように朗らかな笑みを浮かべた。
おかげで僕の心は少しだけ軽くなる。
よかった。
ひとまずは安心だ。
「あの後、夜中に目を覚ましたジェネットは明け方から活動を再開して今は他のメンバーと行動を共にしている」
「そうですか。チームβは今、どういう状況なんですか?」
僕が昨日チームβを離れる時は、ジェネットはまだシェラングーンのホテルの部屋で眠っていた。
ヴィクトリアとノア、そしてブレイディはどうしているんだろうか。
シェラングーン付近の山では雷轟が発見されていて、捕獲するという話だったけれど。
「休息をとったノアが夜のうちに数人の懺悔主党メンバーを連れて雷轟のいる山へと向かったんだ。ヴィクトリアはジェネットの護衛に残しておかねばならんし、天馬を相手にするなら空中飛行が可能なメンバーのほうがいいからな。ちなみにアナリンがもう一頭の天馬を駆って北部に現れたことは、チームβの全員にも伝達済みだ」
「雷轟は捕獲できたんですか?」
僕の問いに神様は首を横に振る。
「ノアたちが夜陰に乗じて現場の山に踏み込むと、空から例の爆撃を受けてな。それに対処しているうちに爆音に驚いた雷轟は飛び去ってしまった」
例の爆撃。
シェラングーンの沖で不審船を追うチームβの船を襲った、空から降る炎塊。
間違いなくアナリンの手勢によるものだけど結局、爆撃の主を見つけることは出来なかった。
「そ、そうだったんですか。ノアたちは無事ですか?」
「無論だ。敵もあんな場所に雷轟を一頭で残しておくわけがないだろうから、こちらとしても待ち伏せは予想していたし、対処は出来た。だが例によって爆撃の主は見つからず。ノアがすぐに上空に向かったにも関わらずな。とにかく雷轟の捕獲作戦は失敗に終わった……今のところはな」
「今のところ?」
僕が聞き返すと神様が不敵な笑みを浮かべる。
「この私がただで転ぶと思うか?」
そう言うと神様はメイン・システムを操作した。
すると映し出されたこのバルバーラ大陸の地図の中に、緑色に点滅する光点が発生する。
それはシェラングーンのある南部から、この王都のある中央へとすごい速度で移動していた。
「これってもしかして……」
「ああ。雷轟の現在位置だ。ノアの部隊とは別に、羽虫に変身したブレイディーを先行して山に潜入させたんだ。ブレイディーは雷轟に近付いてその体に超小型発信器を埋め込んだ。雷轟は蚊に刺された程度にしか感じなかっただろうさ。これであの天馬の位置を捕捉できるようになったわけだ」
さすが神様だ。
本当に転んでもただでは起きない。
「雷轟は必ず主人であるアナリンの元へ戻るだろう。アナリンは北の森でまたもや行方知れずとなったが、まだゲームオーバーにはなっていない。今、懺悔主党の各支部に通達し、その行方を捜している。あいつは必ず再び我らの前に立ちはだかるだろう」
神様の言う通りだ。
大雪崩に飲み込まれた森の中で行方知れずとなったアナリンだけど、あのサムライ少女がそんなことでゲームオーバーになったりはしないだろう。
また僕らは遠からず彼女と対決をしなければならないことになる。
アナリンか……再び彼女とまみえることを思うと気が重くなる。
僕が北の森でアナリンに捕らえられた時のことを思い返していると、ふと神様が隣に座るアビーに指示を出した。
「アビー。少し仕事を頼まれてくれるか。アナリンには獣人老魔術師カイルの他に2人の仲間がいる。そのうちの1人が例の正体不明の爆撃の主だ。早急にその正体を掴まねばならん。手元の情報をもう一度くまなく分析してくれ」
「はい~。かしかまりました~。それではアルフリーダ様~。アビーは司令室に戻りますので~また後ほど~」
そう言うとアビーは僕に手を振って救護室から退出していった。
アビーが部屋を出るのを待って、神様が穏やかな表情で話を切り出した。
「さて、アルフリーダ。アナリンのことで私に何か言いたいことがあるのではないか?」
神様の口調に僕は思わずハッとして黙り込んだ。
神様がアビーに仕事を申しつけたのは、僕と2人だけで話そうと思ったからだ。
そうだ。
ちゃんと神様に話をしないと。
北の森で炎に巻かれた天馬・天烈を自らの刀で介錯しようとしたアナリン。
僕は咄嗟にそれを止めて、天烈を救うためのアイテムを差し出したんだ。
僕はそうした自分の行いを顧みながら口を開いた。
「神様。見てましたよね。僕……」
「ああ。敵に塩を送る大馬鹿者の姿をバッチリ見させてもらった」
「す、すいません……」
僕は思わずうなだれて謝ったけれど、意外にも神様は僕を咎めるようなことは言わなかった。
「まあ、おまえらしい行動だ。それに結果だけ見ればあの行動はおまえ自身を生かすための最善の策だった。アナリンは天烈を見捨てておまえを追うという行動を選択しなかったのだからな。だが、私が気になるのは、おまえが何を思ってあのような行動に出たのか、ということだ」
何を思って……僕もそれが分からない。
あそこで天烈があのままアナリンに斬られてゲームオーバーになれば、アナリンにとっての貴重な戦力を削ぐことが出来た。
ただ、その場合は銀のアバター妖精である僕はアナリンに捕らえられ、捕虜として色々と体を調べられてしまい、こちらの陣営に不利益が出たかもしれない。
だから神様の言う通り、僕の行動の結果は正解だったと思うべきだろう。
でも、僕はあの時そんな結果を考えて計画的に行動したわけじゃない。
天烈を斬ろうとしていたアナリンを止めたのは、咄嗟の行動だった。
主人に斬られることを覚悟する天烈を哀れに思ったのか。
それとも愛馬を斬らざるを得ないアナリンの苦渋の表情に同情したのか。
あるいはその両方か。
僕らしいと言われれば確かにその通りの甘い行動だ。
だけど、今回の僕の行動はそんな簡単な言葉で片付けちゃいけない。
アナリンは明確な敵なんだ。
それもミランダや他の仲間たちに危害を加えた仇敵だ。
そんな敵を助けるようなことをしてしまった僕の、咄嗟の行動の根底にある思考や感情。
それを明らかに出来なければ、今後僕は大切な仲間達を危険に晒してしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならないことだった。
だからこそ僕は自分のしてしまったことから目をそらすわけにはいかないんだ。
僕はまっすぐに神様を見つめて覚悟を決めると切り出した。
「神様。僕は……自分でもどうしてだか分からないけれど、敵であるアナリンに甘さを見せてしまいました。だけど彼女が傷つけたミランダやアリアナにヴィクトリア、彼女たちは僕が何よりも大切にしている仲間たちなんです。僕がしたことはそんな仲間たちへの背信行為です。だから……だから僕は自分のしたことに責任を持たなければいけない」
「……ほう。興味深い。ならばアルフリーダ。おまえは責任を果たすためにどう動く。何をするのだ?」
神様は静かな声でそう問いかける。
僕は決意を込めてこれに答えた。
「アナリンにこれ以上、僕の仲間を傷つけさせない。次に再び彼女に出会った時には、もう甘い行動はしません。自分と仲間を守るためにどんな手を使ってもアナリンを封じ込めます」
人に聞かれたら鼻で笑われるような話だ。
ミランダやヴィクトリアですら圧倒されたアナリンを僕が封じ込めるなんて。
でも僕は本気だった。
そんな僕の本気が伝わったのか、神様は笑わなかった。
「分かった。またおまえの変態チックな奇策に期待するとしよう」
そう言うと神様は笑ってくれた。
変態チックは余計ですよ。
いつもの神様の口調に僕が肩の力を抜くと、モニターの中からひときわ大きな音が聞こえてきた。
弾かれたように顔を上げた僕の目に映ったのは、モニターの中で激しく炎上するホンハイの街と、画面左端にリストアップされたおびただしい数のゲームオーバー名簿だった。
アニヒレートに襲われた東部都市ホンハイがついに陥落した瞬間だった。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第三章 第12話 『南進する破壊獣』は
明日1月11日(月)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




