第6話 『燃え上がる北の森』
「ミランダァァァァァッ!」
アナリンの刀による一撃がミランダを斬り裂いた。
ミランダがやられた……。
そう思った僕だけど、そこであることに気が付いたんだ。
ミランダの体の前に見える小さな人影の存在に。
「あ、あれは……」
それは小魔女だった。
3人の小魔女たちが身を呈してミランダを守るために、その体の前に飛び込んでいたんだ。
小魔女たちはミランダの身代わりとなり、アナリンの刃をその身に受けて消えていく。
だけど3人だけじゃアナリンの刃を受け止め切れなかったようで、ミランダの胸元も切り裂かれて鮮血を舞い散らせていた。
小魔女たちのおかげでミランダのライフはまだわずかに残されていた。
小さな魔女たちが咄嗟に身を呈して守ってくれなければ、ミランダは一撃で葬り去られてしまっただろう。
でもそのライフは残り10%を切って危険水域となり、急激なライフ低下によりミランダは意識を失ってしまい、そのまま森の中へと落下していく。
「ミランダ!」
ミランダが森に落ちていく様子を見ながらアナリンは刀を鞘に収め、再び金鎖を鞘に巻いた。
すると彼女の牙や角は消え、その体が元の人の姿へ戻っていく。
「フンッ。咄嗟に使い魔どもを盾代わりにしたか。なかなか勘の鋭い女だな」
そう言うとアナリンは天烈の手綱を握り、ゆっくりと森へ降下していく。
ミランダにトドメを刺すつもりだ。
さ、させないぞ。
僕は震える手でEライフルを構えて照準をアナリンに合わせる。
その時……。
ドーンという衝撃とともに眼下に広がる森がいきなり燃え上がったんだ。
下から吹きつけてくる爆風に僕は思わず態勢を崩してしまった。
「うわっ!」
そんな僕の耳を打ったのは、地上から響くアニヒレートの雄たけびだったんだ。
「ゴォォォォォォン!」
罠として作られた穴からついに這い上がったアニヒレートは、一目で分かるほど怒り狂っていた。
前脚で手近な木々をなぎ倒し、口から青い光弾を四方八方に吐き散らす。
着弾した森から火の手が上がり、黒煙が朦々と立ち昇った。
こ、これはマジギレだ。
まだ周辺を飛び回っているトビダニは黒煙に巻かれて次々と地上に落下していく。
「チッ! バケモノめ」
ミランダにトドメを刺すべく森に降下しようとしていたアナリンも、暴れ回るアニヒレートを見て再び天烈を上昇させた。
とりあえずアナリンの刀で今すぐにトドメを刺されずに済んだミランダだけど、アニヒレートが暴れる森の中に墜落した彼女がいつまでも無事でいられるわけがない。
ただでさえライフが残りわずかの状態で意識も失ってしまっているんだ。
ミランダが危ない。
僕はいてもたってもいられず森の中へ降下した。
アナリンはそんな僕をチラリと一瞥したけれど、手は出してこなかった。
取るに足らない使い魔だと思ったんだろう。
森に近付くほどに黒煙の勢いが増し、熱が肌をジリジリと炙る感覚が強まっていく。
ミランダだけじゃなくアリアナやエマさんや他の皆は大丈夫だろうか。
特にアリアナは熱さに弱い。
この燃える森の中じゃ相当に辛いはずだ。
そう不安になりながら僕はまだ火の手の及んでいない森の中へと入っていった。
ミランダはこの少し先に落下したはずだ。
だけど僕が森の中で最初に発見したのはミランダじゃなかった。
森に入ってすぐ目に入ったのは、木々の間に倒れている男性の姿だった。
あれは……懺悔主党の魔道弓手だ!
チームαの仲間である彼の元に近寄った僕は、彼がすでに息絶えてしまっていることに気が付いた。
その両足は真っ黒に焼け焦げていて、口からは大量の吐血の跡がある。
苦悶に満ちた末期の表情から、彼が苦しい最後を迎えたであろうことは想像に難くなかった。
魔道弓手の亡骸が気の毒で、僕は唇を噛み締める。
「ひどい……」
僕がそう声を漏らしたその時、再び森を揺るがす衝撃が走り、近くの木々がバサバサと揺れた。
そしてその木の根元に誰かが落っこちてきたんだ。
それはやはり懺悔主党の神官たちだった。
2人の神官は全身から白い煙を立ち昇らせていて、そのうち1人はすでに息絶えてしまっている。
わずかに息があるもう1人の元に急いで向かい、僕はアイテム・ストックから回復ドリンクを取り出した。
チームβの時と違って金環杖による回復魔法は使えない。
天の恵みが使えれば彼を即座に回復できるのに。
もどかしい思いで僕は彼に回復ドリンクを飲ませようとしたけれど、彼は口を火傷してしまっているため、それをうまく飲み込めずに吐き出してしまった。
「ゴホッ……」
「し、しっかりして下さい! とにかく応急処置を……」
「ア、アルフリーダ殿……アニヒレートの火力は……抗えぬ魔神の……炎」
そう言う彼の目から光が失われていく。
神官のライフはついに0となってしまった。
くっ……間に合わなかった。
彼の法衣は真っ黒に焼け焦げ、アニヒレートの光弾による爆発を受けて彼がここまで飛ばされてきてしまったことが分かった。
とんでもない威力だ。
まずいぞ。
懺悔主党の他のメンバーやアリアナまでも犠牲になってしまう。
何とかしなきゃ。
とにかくミランダを探して……
ゲームオーバーを迎えた懺悔主党のメンバーたちが光の粒子となって消えていくのを見送りながら、僕は彼らがイベント終了後に間違いなくコンティニューしてくれることを願わずにはいられなかった。
これで彼らのNPCとしての人生が終わってしまうのは辛すぎる。
今日知り合ったばかりの人達だけど、みんな作戦に協力してくれた仲間だから。
「今この時の死は本当の死に直結してしまう……」
そう言葉にしてみると本当に怖い。
彼らの死を目の当たりにして、僕はあらためてこのイベントの恐ろしさを思い知らされた。
僕がその怖さに肩を震わせたその時だった。
ドンッという衝撃音とともに頭上を青い光弾が通り抜けたんだ。
それは僕の前方の森の中に着弾し、ものすごい衝撃波を発生させた。
一瞬にして森の奥から吹き抜けてくる爆風に、僕はたまらずに吹き飛ばされてしまう。
「うあああああああっ!」
息も出来ないほどの爆風と目も開けられないほどの閃光。
そして肌を炙る熱波。
それらに巻き込まれて僕はほんの一瞬だけど、意識を失った。
「う……うぅ」
気付いた時には周囲の木々が焼けてなぎ倒され、森の中にポカンと焦土の広場が出来上がっていた。
その場に倒れていた僕は地面から起き上がって顔を上げる。
すると……ズシンと僕のすぐ傍に巨大な脚が踏み降ろされたんだ。
「ひっ……」
僕は思わず声を漏らしそうになって口を手で押さえながら、恐る恐る頭上を振り仰ぐ。
そこにはまるで巨大な壁のように、アニヒレートが悠然と立っていたんだ。
すぐ間近で見るアニヒレートは絶望的なまでに巨大で、問答無用の恐怖が僕の心に刻みつけられる。
僕は全身をすくみ上がらせ、固まったままその場からまったく動けなくなってしまった。
アニヒレートは赤く充血した目で僕を見下ろしている。
「ゴルルルルル……」
巨大なアニヒレートからすれば僕なんてトビダニ同然だろう。
それでもアニヒレートは明らかに僕を認識している。
その赤く光る目が僕を捉えているのが分かった。
王都で僕はEライフルから銀色に輝く蛇を射出して、アニヒレートはその蛇をメチャクチャ嫌がっていた。
ま、まさか、あの時のこと覚えていて僕を恨んでいるとか……。
アニヒレートは喉を鳴らしながら僕をじっと見据えている。
「グルルルルル……」
「ぼ、僕のこと覚えてるの? そ、そんなわけないよね~ハハハ」
「ゴアアアアアアアアッ!」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
アニヒレートは空気を震わす怒りの声を上げると僕に向かって前脚を伸ばしてきた。
お、覚えてるんだ僕のことを!
僕は弾かれたように踵を返すと全速力で飛んで逃げ出した。
「ひえええええええっ!」
「グォアアアアアアッ!」
アニヒレートは地響きを響かせながら後ろ脚を踏み鳴らし、逃げる僕を叩き落とそうと前脚を振り回す。
僕は死に物狂いでチョコマカと動き回り、アニヒレートの前脚から逃げ回るけれど、まるで樹齢数千年の大木のような太い前脚が唸りを上げてすぐ頭上を通り過ぎるたびに、生きた心地がしない。
「やばい! やばい! やばいぃぃぃっ!」
逃げ回るのに必死でEライフルを構えて撃つ余裕もない僕を、アニヒレートは執拗に追い回す。
オマエ絶対殺ス!
そんなアニヒレートの心の声が聞こえてくるようだ。
「そ、そんなに怒らなくてもいいんじゃないでしょうかぁぁぁぁ!」
泣き言を喚く僕だけど、天はこの哀れな僕を見捨てなかった。
差し伸べられた救いの手は空から降って来たんだ。
「永久凍土!」
聞き慣れたその声が響き渡ると、アニヒレートの頭上から巨大な氷の塊が落下してきた。
それらはアニヒレートの頭に次々と直撃する。
アニヒレートはダメージこそ少ないけど、その衝撃にさすがに脚を止めた。
「ゴアッ……」
チャ、チャンスだ!
僕は振り向きざまアニヒレートに向けてEライフルを構えた。
だけどいきなりそこで横から何かにぶつかられたんだ。
「あうっ!」
ぶつかってきたのはトビダニで、僕はその弾みでEライフルを落としてしまった。
そしてEライフルは派手に地面を滑り、焼けて積み重なる倒木の下へと入り込んでしまった。
次の瞬間。
怒り狂ったアニヒレートが僕に向かって青い光弾を吐き出したんだ。
「や、やば……」
僕の視界が青い炎で埋め尽くされ、体が熱に包まれていった。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第三章 第7話 『森を行く』は
明日1月6日(水)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




