第3話 『冷たい森にうごめく者たち』
「我が眷属どもよ。この声に応じてここに顕現せよ! 小魔女謝肉祭!」
ミランダがそう唱えると、彼女の体からいくつもの黒い球体が飛び出してきて、瞬く間にそれが小さな人影に変化していく。
現れたのは十数人の小さな魔女だった。
彼女たちは全員がミランダそっくりの顔をしている。
幼児ほどの背丈という点を除けば、ほとんどミランダそのものだ。
小魔女謝肉祭。
それは前回、天国の丘でミランダが初めて見せた新スキルだった。
彼女はこの魔法を駆使して、強敵である天使長イザベラさんを倒したんだ。
僕はその時の戦いを思い返して納得した。
「そうか。あの時と同じだ」
この小さな魔女たちはミランダと同じ魔法を使える。
ミランダが死神の接吻を使える今の状況なら、彼女たちも同じように使えるんだ。
その結果、小魔女たちの人数と同じだけの死のドクロが多重奏となって敵に襲いかかる。
死神達の接吻。
それは恐るべき死の嵐だった。
確かにあれなら同時かつ連続でアニヒレートに死神の接吻を浴びせられる。
ただ、この魔法は魔力消費量が半端じゃない。
どこまでやれるかは未知数だけど、ミランダがやる気になっている以上、もう僕がとやかく言うべきじゃないな。
僕も彼女と同じ方向を向いて覚悟を決めなきゃ。
そう思ったその時だった。
「ん?」
僕のすぐ近くを何か黒いものが横切ったんだ。
思わず顔を上げて背後を振り返った僕は、自分の目の前に奇妙な生き物が飛んでいるのを見て息を飲んだ。
それは今の妖精状態である僕の顔と同じくらいの大きさを持つ、黒い羽虫だった。
「うわっ!」
驚く僕にそのその羽虫はいきなり襲いかかって来た。
「ひいっ!」
思わず悲鳴を上げる僕の前で、ミランダはその黒い羽虫を黒鎖杖で払いのけた。
鋭い一撃に叩き潰された羽虫は羽を散らせて落下していく。
「何よ。この虫たちは」
ミランダの声に周囲を見回すと、いつの間にかそこかしこに無数の黒い羽虫が飛び交っていた。
驚く僕のメイン・システムに神様からのメッセージが飛び込んできた。
【そいつらはトビダニだ】
僕の目を通して状況を見ている神様からのメッセージは、僕とリンクしているチームαの皆にも共有されている。
【魔物の体に寄生しているダニで、成長すると羽が生えて飛翔するようになるんだ。本来は米粒以下の小さな虫なんだが、どうやらアニヒレートに寄生している巨大トビダニのようだな】
ア、アニヒレートに寄生していたダニ?
だからダニなのにこんなに大きいのか。
グロテスクな見た目のトビダニたちは森の中にも発生しているようで、下の方からアリアナの悲鳴が聞こえてくる。
「きゃあっ! 気持ち悪いっ!」
アリアナも襲われているんだ。
そしてトビダニたちは次々と僕らにも群がってくる。
「うっとうしいわね!」
ミランダはそう吐き捨てると黒鎖杖でトビダニを叩き落とし、小魔女たちも同様に小さな黒鎖杖でトビダニを払い落としている。
だけどとにかくトビダニの数が多くてキリがない。
【そいつらは吸血性のダニだ。まとわりつかれないように注意しろ】
こ、こんなデカくて気持ち悪い虫に血を吸われるなんて嫌すぎる!
「こんな虫どもの相手をしている場合じゃないってのに!」
ミランダは苛立ちを吐き捨てるようにそう言うと、黒鎖杖を振るう。
杖の先端から4本の黒い鎖が飛び出してトビダニを次々と叩き落とすけれど、その数は一向に減っていかない。
そうこうしているうちにアニヒレートの体表を覆っていた氷が溶け始めてその巨体が動き出す。
ま、まずい。
もう復活するのか?
見るとミランダに焼かれたアニヒレートの脚は、焼けた毛が抜け落ちて新たな毛に生え変わり始めていた。
新陳代謝が早すぎる!
「早くあの熊に死神の接吻を食らわせてやりたいのに! 邪魔すんな!」
そう言うとミランダはその手から真っ黒な霧を噴射した。
彼女の中位スキル『悪魔の囁き』だ。
それを浴びたトビダニたちが次々と動きを止めて地面に落下していく。
これは神経阻害系の魔法で、敵を眠らせたり麻痺させたりする効果を持っていた。
彼女に倣って小魔女たちも悪魔の囁きをその小さな手から放出してトビダニたちを排除していく。
僕も銀の蛇剣を取り出してそれをEライフルに変化させたけれど、虫の数が多過ぎてこの銃で狙うのは非効率すぎる。
「アル。その銃は対アニヒレート用に温存しておきなさい。あんた、それを使うと消耗するでしょ」
「う、うん。そうだね。でもミランダだって小魔女たちと同時に悪魔の囁きを使ってるんだから、魔力が消耗してるでしょ」
「そうよ。腹立たしいことにね」
僕はEライフルは撃たずに、その銃身で近寄ってきたトビダニを払い落とした。
トビダニは甲高い悲鳴を上げて落下していく。
その時、再びメイン・システムに神様からのメッセージが入ってきた。
【プレイヤーの集団がダンゲルンからそちらに出陣したぞ。アニヒレートがこの森を出たところで迎え撃つつもりのようだ】
そうか。
でもそれならここでミランダがもしアニヒレートを倒せなかったとしても、希望の光が見えてくる。
ここで死神達の接吻を使ってアニヒレートを出来るだけ消耗させれば、あとはプレイヤー達がアニヒレートを倒してくれるかもしれない。
もちろんそれはミランダの本意じゃないだろうけど、それならダンゲルンの街を守れる。
そんなことを考える僕の顔を見てミランダが不機嫌そうに言った。
「アル。あんたの考えていることは分かるわよ。プレイヤーどもに手柄を渡してなるもんですか。あの熊はここで私が倒すんだから!」
そう言うとミランダは再び僕を肩に乗せ、両手から盛大に悪魔の囁きを放出してトビダニを排除しながら強引に地上に向かう。
小魔女たちも後に続いた。
地上ではアリアナや懺悔主党のメンバー5人が群がるトビダニを相手に奮闘している。
個体で見れば全然大したことのない虫だけど、何しろ数が多い。
「これがもしアニヒレートの体から出てきたのだとしたら、何てタイミングの悪さなんだ」
ツキの無さに思わずそうぼやく僕に対して、神様が答えてくれた。
【トビダニは魔物の毛の生え代わりに時期に古い毛と一緒に魔物の体から外に排出される。おそらく寒冷地域に来たことでアニヒレートの体毛が冬毛に生え代わり、トビダニの大発生を促してしまったんだろう】
そういうことなのか。
神様の説明を受けたミランダが怒りの声を上げる。
「そんなのどうでもいいわ! とにかく私が死神の接吻を放つ間、虫達が近付かないように出来ないわけ? さっさとしないと熊が穴から這い上がってくるわよ!」
そうだ。
トビダニをミランダに近付けさせないようにしないと。
僕もミランダのように悪魔の囁きが放てればいいんだけど……待てよ?
僕は急いでアイテム・ストックの中からあるアイテムを取り出した。
以前にミランダの洞窟を訪れたプレイヤーの中に虫師という虫を使役して相手を攻撃する珍しい人がいたんだ。
彼はミランダに挑んで敗れたんだけど、彼が繰り出した大量の虫が洞窟に住みついてしまい、困ったことがあった。
その時に使ったのがこれだ。
僕は一本の発煙筒を取り出した。
そしてその上部に取りつけられた紐を引っ張る。
発煙筒は盛大に白煙を噴き上げ始め、わずかながら鼻をつく刺激臭が漂い始めた。
すると……僕らの周りを取り囲むように群がっていたトビダニの群れがサッと遠ざかっていく。
「効いてるみたいだ。虫除けの煙がトビダニにも有効なんだ」
それを見たミランダが半ば呆れ顔で笑う。
「それ、前に使った臭い煙じゃないの。あんたの何でも取っておく悪癖が役に立ったってわけね」
「使わずに余ったのが4本あったからね」
そう言うと僕はEライフルを一旦、アイテム・ストックに収納し、残り3本の発煙筒を取り出した。
「アル。その3本は小魔女たちに渡しなさい」
そう言うミランダの言葉に従って、3人の小魔女たちが僕から発煙筒を受け取った。
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次回 第三章 第4話『天馬・天烈』は
明日1月3日(日)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




