第2話 『魔女の作戦』
ミランダが魔力で急上昇し、森の木々を飛び越えると一気に視界が開けた。
僕らのいる森から見て北にはダンゲルンの街並みが見える。
森を抜けて平原を進めばダンゲルンはもうすぐそこだった。
そして森の西側には急激な斜面が特徴的な雪山がそびえ立っていた。
あの山、確か切先山とか言ったな。
急斜面の山の頂上が剣の切っ先のように鋭いのが特徴的だ。
標高が高いため、まだまだ雪がたっぷりと残されている。
その山の厳然たる姿に見入っている僕にミランダが言う。
「アル。周りなんかどうでもいいから、下を見なさい」
「あ、うん」
彼女の肩にしがみつく僕の眼下に、森の落とし穴の中に倒れ込んでもがくアニヒレートの姿が見える。
そこで僕は初めて落とし穴の中がどうなっているのかを目の当たりにしたんだ。
落とし穴は巨大なアニヒレートを落とし込むのには十分な広さと深さがあり、そしてその中には白い雪と見慣れた氷の塊がこれでもかと詰め込まれている。
「あれは……永久凍土だ」
そうか。
アリアナが事前に穴の中に用意しておいたんだ。
「さあ。アル。魔女の繰り出す弾幕無限地獄。特等席でとくと見なさい」
そう言うとミランダは黒鎖杖をアイテム・ストックに収納し、両手を大きく広げて目の前にかざす。
十本の指の先に黒い炎が宿った。
「黒炎弾! はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ミランダが両手を勢いよく振り下ろすと、10個の燃え盛る火球が次々と滑空してアニヒレートの体に直撃した。
ミランダは間髪入れずに次々と黒炎弾を乱れ撃つ。
そこからミランダは手を緩めることなく、数十発……いや、数百発の黒炎弾を1分以上にも渡って放ち続けた。
僕はその攻撃の凄まじさに目を見張ると同時に、ミランダの攻撃の傾向に気が付いた。
彼女の放つ黒炎弾はアニヒレートの下半身を中心に攻め立てている。
ようやく弾幕がひとまず収まり、ミランダが一息つく頃には、アニヒレートの脚から黒い煙が朦々と立ち上っていた。
「ミランダ。アニヒレートの脚を狙ってるの?」
「そうよ。飛べない熊は脚をやられたら移動もままならなくなるでしょ」
彼女の言葉通り、アニヒレートの脚はヒクヒクと痙攣していて、そのせいで巨体の大熊は穴の中から這い上がることが出来ずにいる。
「雪と氷で冷たくなった体に急激に高熱を浴びせると、体内の血圧が急変動していつも通りには動けなくなるのよ」
そ、そんなことまで考えて罠を張っていたのか。
アリアナが氷槍刃で凍りつかせたアニヒレートの体目がけて、魔道弓手や神官、精霊魔術師たちが火矢や炎の魔法など高熱系の攻撃を雨あられと浴びせかけて いる。
そのせいでアニヒレートは穴の中でもがき苦しんでいた。
膨大な総量を誇るそのライフが、以前よりも少しだけ多めに減り続けている。
わずかながらも確実に攻撃が効いているんだ。
「それにしてもよくあんな大掛かりな罠を作れたよね」
「懺悔主党の男たちの中で精霊魔術師がいたでしょ。あいつが土と氷の精霊に呼び掛けて準備したものよ。それからアリアナが氷の塊を穴に混ぜて、土で蓋をしたところに仕上げの爆薬を仕掛けたの。即席にしちゃ上等な罠でしょ」
王都ではどうすることも出来なかったアニヒレートをこうして足止め出来ているのはすごいことだ。
しかも今のアニヒレートは王都にいた頃よりもさらに巨大化している状態だということを考えれば、なおのこと。
だけどミランダは少しつまらなさそうに眉根を寄せた。
「でも、これじゃあの熊を倒す前にこっちの魔力が底を尽きるわね」
確かにそうだ。
アニヒレートのライフ総量は99999。
少しは減っているけれど、それでもまだ99500以上は残っている。
これじゃ倒すのに時間がかかり過ぎる。
プレイヤーが多く集まって来ているというダンゲルンに神様から連絡してもらって、こっちにプレイヤーたちを呼んで戦ってもらうほうがいいと思う。
アニヒレートを倒すには大人数で長時間攻撃を続けるほかないんだ。
「ミランダ。あの……」
「ライフゲージがある以上、倒すことは不可能じゃないってことよ」
プレイヤー達を呼び寄せることを提案しようとした僕の言葉を遮り、ミランダは再び森の中へと下降していく。
木々の間に着地すると、そこにはさっきまでアニヒレートへの魔法攻撃を続けていたアリアナが待っていた。
ミランダはそんな彼女のすぐ傍まで近寄ると、勇ましい表情で言った。
「アリアナ。打ち合わせ通りやるわよ」
「ほ、本当にやるの?」
青い顔でそう言うアリアナにミランダが怒声を上げた。
「ビビッてんじゃないわよ! 思い切ってやりなさい」
「わ、分かった」
アリアナは覚悟を決めたような顔で拳を握り締めて腰を落とした。
な、何だ?
何をするつもり……えっ?
「ミランダごめん!」
「くはっ!」
いきなりアリアナがミランダのオナカに拳を打ち込んだんだ。
ミランダはその体をくの字に折って苦痛の声を漏らす。
僕はワケが分からずに動揺の声を漏らした。
「ちょっ……アリアナ? どうして」
「黙りなさいアル。さあ、もう一度よアリアナ」
「ええっ……こ、これ私も辛いんだけど」
驚く僕の前でミランダは苦しげに歯を食いしばり、アリアナは辛そうな表情でミランダのオナカに二度三度と拳を打ち込んだ。
ま、まさかこれって……。
僕が見守る中、アリアナがそれから何度目かの拳を打ち込んだ時に、ミランダのコマンド・ウインドウが表示される。
【解禁】
それはミランダのライフが残り半分を切った時に表示される文字だった。
彼女の第4スキルにして伝家の宝刀・死神の接吻が使えるようになるということを示しているんだ。
そういうことか。
自分をこの状態にするために、ミランダはわざとアリアナの拳を浴びたのか。
「うぅ。仲間のオナカにパンチするのって心が痛いよぅ」
「心の痛みくらい我慢しなさい。私なんか体が痛いわよ」
辛そうなアリアナに痛そうなミランダ。
2人はあらかじめ打ち合わせをしておいたんだな。
思い切ったことをする。
それもこれも全てはアニヒレートに必殺の即死魔法を浴びせるためだ。
「行くわよ。アル」
ミランダは痛みを堪えてそう言うと、再び森の木々を飛び越えて上昇した。
そしてその間も続いていた懺悔主党メンバーのアニヒレートへの攻撃がピタリと止む。
彼らも事前の打ち合わせで心得ているんだ。
ミランダは脚を痛めて倒れているアニヒレートを眼下に見下ろした。
そして高らかに言い放つ。
「そこがそのままアンタの墓穴よ! 土に還りなさい! 死神の接吻!」
そう言って突き出したミランダの両手から真っ黒な靄のドクロが放たれる。
おなじみの即死魔法のエフェクトだ。
いつもは相手を飲み込むそのドクロも、今回ばかりは相手が大き過ぎる。
だけど、ドクロはまるでアニヒレートの心臓を食い破るかのように、毛皮に覆われたその胸の中へと飛び込んでいった。
途端にアニヒレートがビクリと体を震わせ、明らかに苦痛のそれと思しき鳴き声を上げた。
「ヒゴアアアアアッ!」
き、効いたのか?
死神の接吻の成功率は約33%。
3回に一度しか成功しない計算だ。
けど、アニヒレートの反応を見る限り、これは効いたみたいだ。
やった!
そう思った僕だけど、ミランダはアニヒレートを注視したまま声も上げない。
「ミランダ?」
「どうやら勝手が違うみたいね。アル。見なさい。熊のライフゲージを」
彼女の言葉に従って僕が目を凝らすと、アニヒレートの頭上に浮かんでいるライフゲージは98300程度を示していた。
な、何だ?
急に大きく減ったぞ。
でもアニヒレートは死神の接吻を浴びても一向に倒れる気配がなく、まだ生きて動いている。
どうなってるんだ?
結局、死神の接吻は失敗に終わったのか?
訝しむ僕とは違い、ミランダは何かに気が付いたように口を開く。
「そうか……そういうことね」
「ミランダ?」
「アル。この世界における一キャラクターの最大限ライフ値は999よね」
「そ、そうだけど……」
このゲーム内ではプレイヤーだろうとNPCだろうと、キャラクターのライフは最大で999だ。
そこでカウンター・ストップ即ちカンストとなり、それ以上は増えることはない。
「要するに999のダメージを浴びれば、この世界のどんなキャラクターでも即死は免れないってことよ」
「そうだけど、それが一体……ん?」
勘の鈍い僕はそこでようやく気が付いた。
アニヒレートのライフゲージの上に残されているダメージ・ログの表示に。
それは直前に受けた攻撃とそのダメージ量を表すログだ。
【ミランダ:死神の接吻:ダメージ999】
ア、アニヒレートはミランダの死神の接吻で999のダメージを負ったってことだ。
「要するに通常キャラにおける即死判定と引き換えに、999のダメージがアニヒレートのライフから削られたってことよ」
そういうことか。
普通のキャラ1人が確実に死んだものと考えられるダメージ量999。
その100倍のライフを誇る規格外キャラのアニヒレートだからこその現象だ。
「いくら私の必殺魔法だからって、ライフ99999のキャラを一発で倒すのは虫が良すぎるって話ね。忌々しい」
そう言うミランダだけど、言葉とは裏腹に彼女の表情は生き生きとしてきた。
「上等じゃない。一度で999減らせるなら、あと99発浴びせれば熊を葬り去れるってことよ。ゴールが見えてきたじゃないの。アル」
ず、随分と遠いゴールだな。
「でもミランダ。成功率3分の1だから、最悪の場合は297発浴びせなくちゃならないよ。そんなに魔力がもたないでしょ」
「297発でも300発でもやってやるわよ。魔力? 誰に向かって言ってるわけ? 闇の魔女は魔力無限大なのよ!」
もちろんそんなことはない。
ちなみに魔力を回復させるドリンク剤もこのゲーム内にはあったんだけど、実はこのイベント開始時の特別ルールとして使用が禁じられているんだ。
魔力の回復は睡眠か休憩でしか成しえない決まりになっていた。
でも仮に魔力の回復が出来たとしても、300発も放とうと思ったら時間も労力もかかり過ぎる。
そうして僕がモタモタと考えを巡らせている間にも、彼女はすでに次の手を打っていたんだ。
「我が眷属どもよ。この声に応じてここに顕現せよ! 小魔女謝肉祭!」
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第三章 第3話 『冷たい森にうごめく者たち』は
明日1月2日(土)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




