第2話 『王都炎上』
「ひ、ひどい……」
駆け付けた城下町から見える王城の惨憺たる有り様に、僕はそう言ったきり言葉を失った。
僕の傍らではミランダを初めとする5人の少女たちが同じように立ち尽くしている。
僕にとって最も馴染み深いこの街が未曾有の惨劇に見舞われたのは、ほんの30分ほど前のことだった。
48時間限定イベントである【襲来! 破壊獣アニヒレート】の開催時刻に空から降り注いだ燃え盛る巨大な岩が、王城を直撃したんだ。
モニター上で見たその様子に僕は体が震えるのを止められなかった。
王城に直撃した隕石からは粉々に砕けた燃える石の礫が噴き出して城下町に降り注ぎ、街のあちこちから火の手が上がっていた。
人々の悲鳴と怒号が響き渡る中でモニターは暗転し、映像は途切れてしまった。
城下町には少ないけど僕の知り合いの人たちもいるし、ジェネットの同僚である懺悔主党の仲間たちも大勢いる。
そしてノアのお母さんもプレイヤーとして城下町を拠点にしていた。
人付き合いのほとんどないミランダはともかく、ヴィクトリアにも顔見知りの人たちがいるはずだ。
そんな街が破壊され炎上していた。
イベント開始から48時間経過するまでの期間にゲームオーバーになったNPCはコンティニューが出来なくなる。
戦闘行為は行えない一般NPCも今回はライフゲージを付与されていて、このような災害でダメージを負ってライフが尽きればゲームオーバーとなってしまうんだ。
そんな状況下でメイン・システムを利用した知人や仲間との通信も応答が得られず、ジェネット達はいてもたってもいられず城下町へ向かって飛び出して行った。
そんな彼女達を追って、僕はイマイチ乗り気じゃないミランダの腕を引っ張ると、休業中の洞窟を飛び出したんだ。
そして今、僕とミランダ達はこうして城下町の入口に位置する大門の下に立っていた。
僕らの目の前には街中から焼け出されて逃げてきた人たちが大挙して押し寄せて来ている。
皆、一様に疲弊して途方に暮れた顔で、大門をくぐり抜けて街の外へと脱出していく。
「さっきモニターで見たよりもひどい状況だよ」
「ええ。この30分の間で被害が拡大したようですね」
そう言うジェネットが唇を噛みしめる。
そのすぐ隣ではアリアナが青ざめた表情で遠方を見つめている。
その視線の先にあるのは破壊された王城だ。
見慣れた王城は落下してきた巨大隕石の直撃を受けてほとんど全壊していた。
王城の東西南北の4角で天に向かって聳え立っていた4本の尖塔のうち、3本が無残にポッキリと折れてしまっている。
そして玉座の間がある本丸部分は隕石落下の衝撃で建物自体が吹き飛び、今も濛々と黒煙を上げている。
その中心部には落下してなお砕けずに形を残す楕円形の隕石が赤々と燃えていた。
その大きさは直径20メートルほどはあるんじゃないだろうか。
「あれじゃ場内にいた王様たちは……」
それ以上言葉を紡ぐことが出来ずにアリアナが肩を震わせて呆然と立ちすくみ、ミランダ、ジェネット、ヴィクトリア、ノアも一様に顔色を失っている。
あの被害状況では王城の中にいた人たちが助かるとは思えない。
そして被害は城下町にも飛び火し、衝突の際の爆風を受けた街並みはあちこちで火の手が上がっていた。
背の高い建物は爆風の煽りを受けたらしく、瓦解している様子が散見される。
そして王城の折れた尖塔のうち一本が、城下町の中央公園内に逆さまに突き刺さっていた。
あ、あの大きな尖塔があそこまで飛んできたのか。
映像でしか見なかったけれど、隕石落下の衝撃のすさまじさが爪痕となって城下町のあちこちに残されていた。
「とにかく王城に向かわなければ。まずは王の安否が気になります」
「ジェネット。でも……」
僕は思わず言い澱んだ。
あの状況で王様が助かっているとは思えない。
それでもジェネットは努めて冷静に言う。
「本来、あれだけの巨大隕石が落下したのであれば、その衝撃で王城のみならず城下町すべてが吹き飛んでしまうはずです。このくらいの被害で抑えられたのは、王城の守備隊が防衛魔法で必死に衝撃を低減させたからでしょう。それならば王を含めてまだ生存者がいる可能性はあります。急がなければなりません」
そうだ。
まだ生きてる人が……今も救助を待っている人がいるかもしれない。
ここで震えて見ているだけじゃ、救えるはずの人たちを救えない。
僕は意を決して足を踏み出した。
だけどその時、唐突に目の前から突風が吹きつけてきて、僕は後ろにのけ反ってしまう。
「うわっ!」
「アル!」
思わずひっくり返りそうになる僕をミランダが後から支えてくれた。
おかげで僕は後頭部から地面に倒れ込むのは避けられたけれど、彼女が僕の肩を掴むその手に一瞬、力がこもったんだ。
その理由が僕にもすぐに分かった。
僕らの見つめる前方で、王城を破壊した燃える巨大隕石の表面に大きな亀裂が入ったんだ。
その隙間から激しい風が吹き付けてきた。
今の不意打ちのような突風の正体があれだった。
そしてその亀裂はミシミシと音を立てて広がっていく。
すぐに楕円形の隕石は真っ二つに割れた。
その様子に僕は思ったんだ。
まるで卵みたいだと。
その印象は間違っていなかった。
卵から孵化するかのように、割れた巨大隕石の中からそれは姿を現した。
「オオオオオオオオオオオオン!」
動物のものと思しきその雄叫びはビリビリと空気を震わせ、僕は思わずオナカに力が入って顔をしかめた。
巨大隕石の中から現れたその声の主は、15メートルはあろうかというほどの大きさを誇る異様に巨大な熊だった。
「な、何だあの熊?」
このゲーム内にも熊のモンスターは多数存在感するけれど、あんなに巨大なやつは見たことがない。
口元から鋭い牙を覗かせるその巨大熊は、黒と赤の斑模様の毛並みを持っていて、ギョロリと白目の多い目がいかにも禍々しい。
そして本来、熊にはないはずの2本の鋭い角が頭部から生えていて、見るからに凶暴そうなモンスターだった。
「あれがアニヒレート……」
見上げるほどの巨大なその姿に戦慄を覚えて、僕の口から漏れたその言葉はか細く震えていた。
アニヒレートは2本の後ろ脚で立ち上がると、その暴虐性を体現するかのように吠えながら、太い前脚を振り回して周囲の建物をなぎ倒していく。
「グオオオオオオオッ!」
破壊された建物は見るも無惨に粉々となり、瓦礫の山が積み重なっていった。
あ、あんなバケモノを倒すことなんて出来るのか?
モンスターというより、もはや嵐や地震のような災害そのものだ。
恐れおののいて立ち尽くす僕だけど、僕の勇敢な仲間たちは即座に行動を起こした。
ジェネットが僕の腕を取って言う。
「アル様。まずは街の人々の避難が先決です。飛行能力のある私とミランダ、そしてノアの3人でアニヒレートの動きを牽制します。アル様はアリアナやヴィクトリアと一緒に住民の方々を街の外に誘導して下さい」
さすがジェネット。
この状況でも落ち着いている。
彼女はミランダとノアに向き直り、その意思を確認した。
「2人とも。いいですね。アニヒレートの頭上を飛んで注意を引き付けますよ」
「勝手に決めるな、と言いたいところだけど面白そうじゃない。牽制? ヌルいこと言ってないで私が倒してやるわよ。あんなトロそうな熊」
そう言うミランダの顔は戦意に満ち溢れている。
いつもなら積極的に人助けなんてする性格じゃないんだけど、強大なアニヒレートの姿が彼女の闘争心を刺激したらしい。
ミランダは我先にと飛び立っていく。
一方のノアは珍しく厳しい顔つきで僕に言った。
「アルフレッド。ノアの母様はたまたま今はログインしていないようだ。だが、あの街にはノアと母様の思い出の場所がいくつもある。化け熊ごときに破壊させるわけにはいかぬ」
「うん。そうだね。ノアも気をつけて」
僕の言葉に頷くとノアはミランダの後を追って飛び立っていく。
最後に残ったジェネットはアリアナとヴィクトリアに住民の誘導指示をアドバイスし終えると、僕の肩に手を置いて言う。
「アル様。全てのNPCが今そうであるように、この街の人々は混乱しています。そこにあのアニヒレートの出現で平常心を失い恐慌状態に陥っているはずです。どうかお気を付けて。アリアナとヴィクトリアの傍から離れないように」
「うん。ジェネットも十分に気をつけてね。またミランダが無茶するかもしれないから、よろしくね」
僕の言葉に微笑を浮かべてジェネットは飛び立っていった。
そんな彼女を見送りながらヴィクトリアが隣で舌打ちをする。
「チェッ。アタシも空を飛べりゃ、あの熊を倒しに行けたのによ」
心底口惜しそうにそう言うヴィクトリアの隣では、生来気弱なアリアナがどこかホッとしたような様子を見せている。
「あの熊……すごく怖いし、私はアル君とこっち担当のほうがいいよ。行こ。アル君」
「うん。とにかく街の人たちを避難させないと」
そう言うと僕ら3人は人でごった返す大通りを流れに逆行して街の中心部へと進んでいく。
遠くには王城を破壊し続けるアニヒレートの姿が見えていた。
その巨大な姿はまさしく人々の文明を破壊するべく空から舞い降りた破壊の悪魔のようだったんだ。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第3話 『大混乱の市街地』は
明日12月3日(木)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。