第8話 『悪趣味な魔術』
「なっ……」
「ええええっ?」
潜水艇の狭い廊下で前方から近付いてくる敵の姿に、僕とジェネットは目を丸くした。
わらわらと僕らに迫り来るのは、何だか冴えない顔の男たちだった。
彼らは皆、まったく同じ顔をしていて、同じ地味な兵服に身を包み、何の変哲もない一本の槍を手にしていた。
「ア、アル様が……いっぱい」
ジェネットは唖然としてそう言葉を漏らした。
そう。
前から近付いて来るのは、何人もの僕だったんだ。
彼らはその手に持った槍の穂先をジェネットに向けて近付いて来る。
「ジェネット!」
僕の声にハッとしたジェネットは、突き出された槍を懲悪杖で弾き返す。
前方から迫る僕たち(ややこしい!)は今にも泣き出しそうな顔でヒィヒィ言いながらジェネットに槍を突き出してきた。
その情けない感じがとてもリアルで僕っぽい。
僕たちの(だからややこしい!)突き出す槍はまったく勢いも鋭さもなく、大したことのない攻撃だったけれど、ジェネットは困惑しているせいか、それを弾き返すのに精いっぱいになっていた。
その顔には苦渋の色が滲む。
「アル様のお姿を模するとは……卑劣な!」
もしかして、いや確実にこれはあのカイルの変身魔法によるものだ。
あれは自分自身が変身するのみならず、他人を変身させることも出来るってことか。
とにかくこのままじゃマズイ。
僕はジェネットを鼓舞するように声を上げた。
「ジェネット! 遠慮しないで彼らを倒しちゃって!」
「そうするしかありませんね」
ジェネットは意を決して徴悪杖を振るう。
数人いる相手は頭や腹を打たれて次々と倒されていった。
よし!
僕だけあってすごく弱いぞ!(涙)
ジェネットにとっては技量的にまったく問題にならない相手だけど、彼女は少し気分が悪そうだ。
「ニセモノとは分かっていても、アル様の姿に攻撃を加えるのは気分が良くありません」
ジェネット……。
僕は彼女の優しさに思わず感動した。
「まるで子犬を痛めつけているような心苦しさに胸が締め付けられます」
子犬……子犬ね。
まあね、子犬がひどい目にあってたら誰だって心が痛むよね……誰が子犬だ!
人間だから!
今は妖精だけど。
いつも通り内心でツッコミつつ、僕は目の前に倒れている自分と瓜二つの敵たちを見下ろした。
すると彼らの姿が見る見るうちに変わっていく。
僕の姿だった背格好は縮み、そこに倒れていたのはまだ5、6歳ほどの小さな子供たちだった。
「そ、そんな……」
僕もジェネットも言葉を失って立ち尽くす。
僕の偽者たちの正体がこんな子供たちだったなんて。
だから槍の扱いもおぼつかない感じだったのか。
そしてまだカイルの魔術が完全に解けていないらしく、子供たちの片腕や片足は僕のそれのままだった。
不自然で歪なその姿が痛々しくて、僕らは唇を噛んだ。
そんな僕らの頭上からカイルの声が船内放送で響き渡る。
『そやつらは海賊どもの童らだ。近隣の海域にいた海賊船を襲ってさらってきたのだよ。そして私の魔術でアルフレッド・シュヴァルトシュタインに変身させたのだが、なかなかの出来栄えだろう?』
その言葉にジェネットは怒りに声を震わせた。
「こんな幼い子供たちに……」
『そんな幼い子供たちを殴り飛ばして、聖女殿としては良心が痛むか? そう気に病むな。しょせん海賊の子供だ。今は幼い姿をしているが、成長すれば立派な悪党になる。そうなれば略奪や殺人など、お手のものだ。聖女殿が心を痛める必要はない』
「黙りなさい!」
ジェネットの怒りももっともだ。
僕の姿をして襲いかかってきた敵を、気分を害しながらも退けたら、その敵の正体は幼い子供たちだったんだ。
ジェネットの心痛を思うと僕も怒りが湧いてくる。
でもジェネットは無用な殺生はしない。
子供たちは頭やオナカを打たれて気を失っているけれど、そのライフはまだ尽きていなかった。
それなら……。
「天の恵み」
僕はジェネットの胸元から飛び出すと、金環杖を掲げてそう唱えた。
途端に杖の先端から金色の粒子が放出され、倒れている子供たちに振りかかる。
すると彼らの残り少なくなったライフが一気に満タンまで回復していく。
そして変化はそれだけに留まらなかった。
まだ完全には解除されていないカイルの魔術のせいで片腕や片足が僕のそれのままだった子供たちは、金の粒子を浴びて完全に元の姿に戻っていく。
そうか……天国の丘で天使長イザベラさんがこの杖を使って唱えた回復魔法・天の恵みは、ライフを回復させるのみならず全てのステータス異常を回復させる優れた性能を持っていた。
それがそのままこの金環杖に備わっているんだ。
子供たちが回復した様子を見てジェネットが目を見開く。
「アル様……」
「ジェネット。もう大丈夫だよ。この杖があれば」
これならカイルの変身魔法をステータス異常と認識して、無効化することが出来る。
そんな僕の言葉にジェネットの顔からようやく怒りの色が消えていく。
すると船内放送からは対照的にカイルの不機嫌そうな声が響いてきた。
『奇妙な妖精を連れているな。何にせよ、せっかく用意した余興を台無しにされるとは。まだこれはほんのオードブルに過ぎぬというのに興醒めも甚だしい』
カイルのその言葉に呼応するかのように、再び通路の奥から何人もの人影が姿を現した。
今度のそれは僕の姿じゃない。
だけど僕もよく知っている人たちの姿だった。
ブレイディー、アビー、エマさんなど、ジェネットと親しい懺悔主党の人たちだ。
くっ……嫌がらせにもほどがあるぞ。
僕は唇を噛みしめたけれど、ジェネットは今度は冷静だった。
「彼の手口はもう分かりました。いちいち感情的になっていられません」
そう言うとジェネットは友の姿をして刃を差し向けてくる敵に向かっていく。
すると敵の先頭にいた偽者ブレイディが手にしていたサバイバル・ナイフを鋭く突き出した。
同時に後方から偽者エマさんが長槍を突き出してくる。
その動きは俊敏で手慣れていた。
こ、これは……本来なら非戦闘員であるブレイディやエマさんに出来る身のこなしじゃない。
もちろん子供の動きとは思えなかった。
今度はちゃんと戦闘をこなせる人が化けているんだ。
それでもジェネットにとっては問題なく、彼女はあっという間に偽者ブレイディと偽者エマさんを打ち倒した。
そしてその他に4人いた敵を打ち倒し、残るは偽者アビー1人となった。
「天の恵み」
倒されて気を失っている偽者たちに僕が天の恵みを振りかけると、彼女らは大人の海賊の姿に戻っていく。
やっぱり子供じゃなかったんだ。
もしかしたらさっきの子供たちの親だったりするのかな。
僕がそんなことを思っていると、最後に残された偽者アビーが手にしていた小ぶりなナイフをポロリと落とし、その場に座り込んだ。
そして顔に手を当ててエグエグと泣き出したんだ。
その姿に僕は思わず胸が痛む。
本物のアビーは王都にいるけれど、彼女にそっくりな姿の少女がああして泣いているのを見るのは、やはり心穏やかじゃいられない。
ジェネットも同じことを感じたようだ。
「……アル様。先に天の恵みをお願いしてもよろしいですか?」
「うん。任せて」
僕は警戒しつつ数メートル先の距離まで近付くと、金環杖を掲げた。
今、変身を解いてあげるからね。
「天の……」
僕がそう唱えかけたその時、座り込んでいた偽者アビーが一瞬でナイフを拾い上げると床を滑るように突っ込んできて、僕にナイフを突き出してきた。
や、やばっ……。
「うわっ!」
思わず悲鳴を上げる僕の前で、伸ばされた偽者アビーの手を横から掴んで止めてくれたのはジェネットだった。
「こんなことだろうと思いました」
そう言うジェネットの声は淡々としていた。
その強い力に握られてたまらず、偽物アビーは握ったナイフを再び落とした。
ジェネットはそのナイフを足で遠くに蹴り飛ばす。
「情に訴えかけるのも、何度もやると効果がなくなりますよ」
「くっ!」
偽者アビーは暴れてジェネットの手を振りほどこうとするけれど、ジェネットはその力を利用して巧みにそして軽々と彼女を床に組み伏せた。
あ、危なかった。
「助かったよ。ジェネット。ありがとう」
「いいえアル様。では、お願いします」
ジェネットの声に応じて僕は再度、金環杖を振り上げ、天の恵みを唱えた。
すると偽者アビーの姿から元に戻って現れたのは、アビーと同じくらいの背丈の女の子だった。
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次回 第二章 第9話 『海底終着駅』は
明日12月24日(木)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




