第6話 『空から降る光』
次々と空から降りそそぐ謎の炎塊が僕らの乗って来た船を襲う。
ガレー船は弧を描くように回避行動を取るけれど、いくら脚の速い船でも高速飛来する火球を避け切ることは出来ずに次々と被弾してしまう。
僕はジェネットの法衣の懐に入ったまま、被弾する甲板の上で七転八倒する船員たちの様子を見てたまらずに声を上げた。
「まずいよジェネット! このままじゃ船が沈められちゃう」
「ノア! 手伝って下さい! ヴィクトリアは甲板で迎撃を!」
ジェネットの声にノアはすぐに応じて空中に浮かび上がり、ヴィクトリアは素早く両手に2本の羽蛇斧を構えた。
「ジェネット。上空からの狙撃って一体……」
「我々があの船を追うことを嫌う輩がいるということですね。もしアナリンが敵船に乗っているとすれば……」
「それはアナリンの仲間ってことだね」
「ええ……来ます!」
ジェネットの声で反射的に見上げた上空に浮かぶ雲の中、何かが光った。
そうかと思うと、あっという間に炎塊が目の前に迫ってきた。
「清光霧!」
反射的にジェネットは徴悪杖を振り上げて得意の魔法・清光霧を噴射した。
光り輝く聖なる霧が杖の先端の宝玉から噴き出して、頭上から迫る炎塊を迎え撃つ。
その二つがぶつかった途端、激しい閃光が瞬いて爆発音が轟いた。
「くっ!」
「ひえっ!」
頭上で起きた爆発の衝撃は強く、ジェネットはたまらずに顔を背ける。
そんな僕らから十数メートル離れた空中に浮かぶノアは、蛇龍槍を振るって落ちてくる炎塊を叩き返したけれど、同じように爆発に巻き込まれていた。
「ノア!」
あの炎塊は触れたら爆発するんだ。
でもその正体は一体何なんだ?
爆発で巻き起こった白煙の中から出てきたノアはノー・ダメージだった。
さすが防御力ナンバーワンの竜人ノアだ。
彼女の鱗はそうそう簡単には傷つけられない。
ノアは平然とした顔で頭上を見上げると、蛇龍槍を持つ手を下ろし、再び降ってくる炎塊を敢えてその身で受け止めたんだ。
当然、激しい爆発が巻き起こる。
「ノア!」
さっきは槍で叩き落としたからノー・ダメージだったけれど、体でまともに受けた今度はいかにノアといえどもダメージを負ってしまっている。
といっても彼女の特徴としてライフの総量は7と極端に少ない代わりにダメージは1ずつしか受けないので、まだ6/7のライフが残っているんだけど。
だけど彼女がそんなことをしたのには当然、意味があった。
「謎の炎の正体見たり、だな」
爆発に耐えたノアはその頬を煤で汚しながら、その手に何かを掴んでそう言った。
彼女の持つそれは上半分が爆発して吹き飛んでいるけれど、下半分は金属で渦巻き状に作られた30センチほどの奇妙な形の筒だった。
「原理はよく分からぬが、これが発火体となっているんだろう。吹き飛んでいる上半分には衝撃で誘爆するように爆薬でも詰めておるに違いない」
そう言うとノアはそれを放り捨てて、頭上に向けて得意のブレス・聖邪の炎を噴射した。
白と黒の斑色の炎が、上空から飛来する炎塊とぶつかり合って爆発する。
「こ、これなら迎撃できるね!」
僕は安堵してそう声を上げたけれど、ノアもジェネットも頭上を見上げたまま懸念の表情を崩していない。
「そう簡単にはいかないようだぞ。アルフリーダ」
「降り落とされないよう、しっかりつかまっていて下さいね。アル様」
彼女たちの言葉の通り、上空の雲の中にいくつもの光が瞬いた。
それは3つ、4つ、いや……10は越える数だ!
咄嗟にジェネットとノアがそれぞれの魔法とブレスで迎撃を試みるけれど、炎塊の数が多すぎた。
迎撃し切れないそれらがいくつも海面に落ちて爆発し、盛大に水柱を立たせる。
その水柱の合間を縫うようにして航行するガレー船の甲板に立つヴィクトリアは、2本の羽蛇斧を鋭く投げ放った。
「オラアッ! ナメんじゃねえ!」
羽蛇斧追尾によって自在に宙を舞う2本の手斧が迫り来る炎塊を迎撃して爆発する。
もちろん歴戦の武器である羽蛇斧が破壊されることはなく、それらはヴィクトリアの念力に操られて宙を舞い、彼女の手元に戻った。
だけど雲の上から舞い落ちてくる炎塊は止むことが無く、その数と勢いを増していく。
このままじゃ対応しきれないぞ!
「ノア! 船の真上で迎撃態勢を取って下さい! 私は狙撃手を炙り出します」
ジェネットはそう言うと束の間、法力を高めるために精神を集中させる。
彼女の上位スキルである必殺の魔法が炸裂するのが分かった。
「断罪の矢!」
そう言ってジェネットが懲悪杖を振り上げると、雲の中でいくつもの爆発音が響き渡った。
彼女の放つ断罪の矢は、無数の光の矢が天空から舞い降りてくる弾幕となって敵を襲う、強力な攻撃魔法だ。
だから雲の中ではすでにジェネットの魔法が敵の攻撃とぶつかり合って相殺されている。
あの爆発はそのせいだ。
そしてもしあの雲の中に炎塊を投射している主が潜んでいれば、断罪の矢によって攻撃されているはずだ。
それがジェネットの狙いだった。
だけどその狙いは無念にも当たらなかった。
雲の中の爆発のおかげで炎塊の放射を一時的に止めることは出来たけれど、それもほんの束の間のことで、すぐに再び炎塊の爆撃が再開された。
そして爆撃の主は一向に姿を表さない。
ジェネットの断罪の矢は無数の光の矢の弾幕だけど、それでも敵を捉えることは出来なかったってことか?
僕が困惑していると、不意にノアが声を上げた。
「ジェネット! 天空の敵は捨て置け! ノアが船に直撃しそうな火球だけを迎撃する。そなたは敵船を追え! 今はとにかくあの船を逃すでない。せっかくここまで追い詰めたのだからな」
そう言うとノアは船を守りながら飛び、聖邪の炎で炎塊を迎撃する。
そうだ。
敵の船を追っている今、上空の敵にばかり気を取られているわけにはいかない。
「ノア! 決して無茶をしてはいけませんよ! ガレー船を守ることだけに集中して下さい!」
ジェネットの言葉に分かったというようにノアは一度槍をブルンと振るって見せた。
この集中砲火の中、ノアのことは心配だけど、簡単にやられる彼女じゃない。
無理さえしなければ大丈夫だろう。
確かにノアの言う通り、このままじゃ敵の船に追いつけない。
次々と降り注ぐ炎塊の爆撃がガレー船を襲う。
ガレー船は敵船を追ってまっすぐ進み続けるから、上から見れば格好の的だ。
かといって光を避けようとして蛇行すればそれだけ速度が落ちてしまい、敵の船を逃してしまう。
そんなジレンマを解消すべく、ジェネットは一気に空を飛行して敵船へと向かった。
「行きますよ! アル様!」
「うん!」
単独先行になるけれど、とにかくあの船に取り付いてその進行を止めなくちゃならない。
ジェネットは海風を切り裂くように高速飛翔し、一気に敵船に接近する。
後ろからは追いすがる様に炎の爆撃が追ってくるけど、ジェネットはそれらをくぐり抜けて敵船まで100メートルほどまで迫った。
ここまで近付くと、奇妙な船の全容が見えてきた。
「何なんだ? あの船」
その船は僕の知る船とはまったく異なる姿をしていたんだ。
流線型の黒い鉄の塊のような船体には甲板と呼べるものがなく、乗組員の姿は見えない。
いや……流線型の頂点となる場所に小さな見張り台のようなスペースが設けられていて、そこに1人の人物が立っていた。
その人物を見て僕は思わず息を飲んだ。
それは刀を腰に携えた1人の少女だったんだ。
「アナリンだ!」
そこに立って僕らを見上げているのは確かにサムライ少女・アナリンだった。
やっぱりあの船に乗って逃げ去ろうとしているんだ。
その時、僕の目を通してこの状況を見ている王都の神様から通信が入った。
【あの船はこのゲーム世界には存在しないが、潜水艇という船だ。水の上ではなく水の中を進む船なんだ。あのアナリンが立っている艦橋と呼ばれる場所にしか出入口はないぞ】
神様からのその説明をすぐにジェネットに伝えていると、僕らの見ている前でその潜水艇は海中へと沈んでいく。
そして艦橋に立っていたアナリンは足元の出入口の蓋を開けると中に乗り込んでいこうとしていた。
「逃がしません!」
ジェネットはそこで素早く断罪の矢を放つ。
天空から降り注ぐ光の矢は敵船に襲いかかった。
もちろんあの船に王様が捕らえられているかもしれないのはジェネットも分かっていて、彼女は船体に損傷を与えないよう光の矢をコントロールしていた。
アナリンはいち早く船内に潜り込んでしまったけれど、彼女が閉めようとした出入口の蓋に断罪の矢が直撃して吹き飛ばしたんだ。
蓋が吹き飛ばされて密閉することが出来なくなったためか、潜水艇は潜水を停止してその場で止まった。
「やった!」
「強行突入します! アル様。つかまってて下さい!」
ジェネットの言葉に頷き、僕は彼女の法衣にしがみつく。
ジェネットは停止した船目がけて急降下していった。
そんな僕らを撃墜しようと上空から炎塊の爆撃が雨あられと降りそそぐ。
くっ!
何て数だ!
後方のガレー船じゃなくて僕らの方に集中して炎塊は降り注いでくる。
まだ見ぬ爆撃の主は船に近付く僕らを何が何でも排除しようとしていた。
「うわわわわわっ!」
すぐ間近に炎塊が落下して水しぶきを上げる中、それでもジェネットは怯まずに船体に取りつき、艦橋の欄干にしがみついた。
そして素早く自分のアイテム・ストックから何かを取り出すと、それを開いたままの潜水艇の出入口に放り込んだんだ。
途端に激しい爆発音がして、その出入口から強い光と白煙が舞い上がった。
「アル様! 目を閉じて息を止めて下さい! 突入します!」
そう言うとジェネットは懲悪杖を体の前面に構えて、滑り込むように潜水艇の出入口に身を投じた。
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次回 第二章 第7話 『獣人老魔術師』は
明日12月22日(火)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




