第5話 『ナゾの船舶』
【シェラングーンの沖合に船籍不明の船舶が出現。東将姫アナリンが向かったのと同じ方角だ。総員、その船に向かえ。敵の襲撃に備えろ。油断するなよ】
神様からのその通達を受けて、船の上はにわかに忙しくなった。
ヴィクトリアは船倉で早々に鎧を身につけ、甲板の上から遠くの海を凝視している。
アナリンを見つけたらすぐにでも海に飛び込んで泳いでいきそうな勢いだ。
ジェネットは操舵室にいるブレイディーの元へ向かいながら、船員や懺悔主党の仲間たちにテキパキと指示を出している。
そんな中、ノアは僕の隣で蛇龍槍の穂先を砥石で磨いている。
戦闘準備をする彼女の顔はいつも通り淡々としていたけれど、わずかな緊張感が伝わってきた。
「アルフ……リーダ。ヴィクトリアを負かしたサムライ女はそなたから見てどのような強さを持っていた?」
「ノア……そうだね。細かい技量を超えた実戦向けの強さがあるように見えたよ。多分彼女は常に戦い続けて、多くの実戦を経験してきたんだと思う。あとはとにかくスピードが速い。多分、アリアナよりも。一瞬で間合いに飛び込んでくるから、刀の長さは度外視したほうがいいと思う」
僕の言葉に頷くノアを押しのけるようにして、ヴィクトリアが会話に割り込んできた。
「ノア。槍だからって刀相手に有利に戦えるわけじゃねえってことさ。油断してるとあっという間におまえの鱗も切り裂かれるぜ」
からかうようにそう言うヴィクトリアにノアはムッと唇を尖らせた。
「フン。自分が負けたからというて、ノアも苦戦すると思うなよ。我が鱗を切り裂ける刃はこの世にない」
「負けてねえっつうの! 反撃する前にサムライ女が去っていったんだよ!」
「まあまあ2人とも。でもアナリンが強敵なのは間違いないよ。だからね、2人とも。1対1で戦うことにこだわらないで欲しいんだ」
僕の言葉にヴィクトリアとノアは目を丸くしてこちらを見る。
2人の言いたいことは分かるよ。
それでも僕は言うべきことを言った。
「君たちの強さでもアナリンに確実に勝てるとは言い切れない。そしてこれは一騎打ちの果たし合いでもなければ武闘大会でもない。アナリンを相手にいかに勝つか、じゃなくて、いかに負けないかが重要なんだ。君たちがゲームオーバーになるところなんて僕は見たくないよ」
僕がそう言うとヴィクトリアとノアは黙りこくってじっと僕を見つめてくる。
も、もしかして怒らせちゃったかな。
戦闘のエキスパートである彼女たちに対して僕ごときが生意気なことを言っちゃったから。
うぅ……雷が落とされるのは我慢しよう。
ミランダにさんざん怒られてきたからもう慣れっこだし。
だけど僕の予想に反して2人は声を荒げることもなく、落ち着いた表情でそれぞれの手を僕の左右の肩に乗せた。
「アルフリーダ。そなた……時々妙に的を射たことを申すのは、女になっても変わらぬな」
「ま、そうだな。たまに生意気なことをことを言うけど、そういう時はたいていまともな意見だしな」
そう言うと2人はニッと笑ってくれた。
「ノアは別に1対1にこだわっておらぬ。どこかの単細胞イノシン女とは違うぞ」
「うるせえチビ。おいアルフリーダ。アタシはタイマンであのサムライ女に勝ちたい。やられたらやり返すのがアタシの流儀だ。けどな……」
「こやつ、やられたと自分で言うたぞ。やはり負けたのだな」
「うるっせえな! 揚げ足取ってんじゃねえ! 要するにだな、アルフリーダ。この作戦に参加してこの船に乗っている以上、他の奴らとの協力が必要ならそうするさ。アタシだってそのくらいの分別はある」
ヴィクトリアはそう言うと少し照れくさそうに自分の頬をかいた。
僕はそんな2人の言葉に嬉しくなって目を細めた。
「ありがとう。ヴィクトリア。ノア。チームβの皆で勝とう」
ジェネットがいてヴィクトリアがいてノアがいる。
彼女たちが協力し合って立ち向かえば、あの強敵アナリンが相手だって簡単に負けはしない。
そう僕が頼もしく思っていると、後方からジェネットとブレイディーがやってきた。
ブレイディーが陽光でメガネを光らせながら威勢よく声を上げる。
「さあ諸君! 港湾に出るぞ! 一気に速度を上げるから、ひっくり返るなよ!」
「ブレイディー!」
「やあアルフリーダ姫。随分と愛らしい姿じゃないか」
ひ、姫って……。
ブレイディーは楽しげにそう言うと沖合を指差した。
「この沖2キロのところだ。謎の船舶が停泊していて、そこにアナリンが降り立つのをカモメに変身した我が同胞が見た。そのまま逃げ去るつもりだろうが、そうは問屋が卸さない。このまま追いつくぞ」
彼女がそう言うのと船が河口を出て海に出るのは同時だった。
途端に船を漕ぐ櫂の数が増え、その漕ぐ速度がさらに上がる。
やがて左手にはシェラングーンの街並みが見えてきた。
このバルバーラ大陸最大の港町で、往来する船の数は多い。
僕らの乗るガレー船は湾内の船をスイスイと避けて沖を目指す。
ガレー船なんてあまり見かけないのか、他の船の船乗りたちが僕らの船に物珍しげな視線を投げかけてくるのが分かった。
それからすぐに僕らの船は湾内を通り抜け、他の船の姿もまばらになる頃には波が高くなってきた。
そこからガレー船がさらにスピードを上げたため、揺れがひどくなり、ブレイディーはひっくり返りそうになるのをジェネットに支えられていた。
ジェネット、ヴィクトリア、ノアはこの揺れの中でも甲板の上に平然と立っている。
すごいな、みんな。
僕は妖精姿で宙に浮かんでいるから大丈夫だけど、いつもの姿でここにいたらとても立っていられなかっただろうし、船酔いで悶絶していただろう。
だけど、これだけ速度を出した甲斐あって、船はすぐに沖合に到達した。
もう周囲に船の姿はない。
「まだその船はこの海域にいるのかな?」
僕はアイテム・ストックから双眼鏡を取り出すと、それで前方を確認する。
どの方角を見ても、うねる波と青空、そして白い雲しか見えない。
「そもそもこの海の先って、どうなってるのかな」
「シェラングーンはこのバルバーラ大陸の最南端で、その先の海にはいくつかの無人島が点在するのみとなっています。さらにその無人島を抜けるとそこには無限の海が広がるばかりです」
「無限の海?」
「はい。そこがこのゲーム・マップの限界領域で、その無限の海の先には進むことが出来ない仕様となっているんです」
ジェネットはそうやさしく教えてくれた。
へぇ……そうなのか。
僕らのゲーム世界は無限にどこまでも続いているわけじゃないんだな。
今まで全然知らなかったよ。
「私はその無人島にアナリンたちが向かっているのではないかと考えています」
僕はジェネットの言葉を聞きながら再び双眼鏡を覗く。
「だとしたら彼女は無人島で何をしようと……ん?」
そこで僕は視界の中に何かを見つけて言葉を切った。
「アル様?」
「ちょっと待ってジェネット」
青い海ばかりの景色の中で僕の目は確かに違和感を感じ取った。
少しの異変も見逃すまいと、僕は目を見開いて視界の中の光景に集中する。
すると……。
「船だ!」
思わず僕はそう声を上げていた。
そう。
確かに僕は見つけたんだ。
波間に漂う一隻の船らしき物体を。
船だと叫んでおきながら船らしきってのも変だけど、あまり見たことのない船体のようだった。
まだ遠すぎてハッキリとは分からないけれど、マストや帆が見えない。
とにかく僕はすぐさま方角をジェネットに告げ、彼女の指示で船がその方向に最大船速で動き出した。
ガレー船は荒波をものともせずにグングン進んでいき、やがて無人島を2つほど越える頃には誰の目にもハッキリと船影が映るようになった。
敵の船もこちらに気付いた様子で、方向転換をして逃げていく。
だけどこっちの船の方が速いようでグングン距離が迫って来た。
いいぞ。
これならすぐに追いつける。
だけどジェネットは眉を潜めて敵船の様子を見つめながら言った。
「もうこの先に島は無いはず。いよいよ限界領域です。どうやら無人島に用があるわけではないようですが、無限の海で一体何を……」
「何でもいいさ。ついに捉えたぜ。あのサムライ女、ぶっ飛ばしてやる」
そう言って拳を握り締めるヴィクトリアの横で、ノアが蛇龍槍を手に戦いに備えている。
「いきり立つな。飛べないそなたは海の上では満足に戦えまい」
そんなノアをヴィクトリアが睨み付けていつものように文句を言おうとしたその時だった。
船の甲板に積み上げられていたいくつもの大樽がいきなり爆発したんだ。
「うわっ!」
樽の中に詰められていた物資が飛び散り、その周囲にいた船員たちが甲板に倒れ込む。
な、何だ?
突然のことに僕が驚いていると、誰よりも早く異変の正体に気付いたジェネットが声を張り上げた。
「上空からの狙撃です! 総員回避!」
そう言うとジェネットは僕の体を掴んで引き寄せ、自らの法衣の懐に入れた。
「うわっぷ! ジェ、ジェネット?」
「アル様。私のそばから離れないで下さいね」
そう言うと彼女は法力で空中へ上昇していく。
上空って……。
困惑して見上げる頭上には空と雲しかなく、人影ひとつ見えない。
だけど……。
「来ます!」
ジェネットがそう叫ぶと同時に、雲の中に眩い光が瞬いた。
次の瞬間、空から燃え盛る塊が物凄い速度で落下してきたんだ。
それは僕らの眼下に浮かぶ船の上に積み上げられた木箱の山に直撃し、爆発を巻き起こして吹き飛ばした。
攻撃する者の姿は見えない。
だけど天空から降りそそぐその炎の塊には、僕達に危害を加えようとする明確な敵意が込められていたんだ。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第二章 第6話 『空から降る光』は
明日12月21日(月)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




