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だって僕はNPCだから 4th GAME  作者: 枕崎 純之助
第二章 『リモート・ミッション・β』
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第3話 『ティー・ブレイク』

「戻ってきたなアルフリーダ」


 その声にハッとして目を開けると、僕は再び王城の尖塔せんとうもうけられた司令室の中にいた。

 さっきまでアバター妖精として気球の上でミランダ達と過ごしていた僕は、一瞬にして王都に戻って来たんだ。

 アバター妖精に意識を移すために使ったVRゴーグルを自分の顔から取り外した僕は、椅子いすから立ち上がりざまに不意によろけてしまう。


「うわっ……」

 

 そんな僕を小さな体で後ろから支えてくれたのは獣人少女のアビーだ。


「アルフリーダ様~。大丈夫ですか~」

「う、うん。ありがとう」

「体の大きさが変わるからな。慣れぬうちは仕方あるまい」


 そう言うのはソファーでお茶を飲みながらくつろいでいる神様だった。

 相変わらずこの人はマイペースだな。

 

「ご苦労だったな。とりあえずあのような感じで妖精を操るのは金の方も同じだ」

「そうですか。すぐに金の方に……」

「まあ待て。慣れぬことを連続ですると体への負担がかかる。とりあえず茶でも飲んで少し休め」

「は、はぁ……」


 何だか神様はノンビリしてるな。

 今は作戦行動中だってのに、こんな調子で大丈夫なのか。

 そんな僕の気持ちを見透かしたのか、神様は自身が座っているそれとは向かい側のソファーを指で指し示し、僕にも座る様にうながした。

 僕がそこに腰をかけると、アビーが僕の分のお茶もれてくれた。


「ありがとうアビー」

「いえいえ。どういたしましてなのです~。アルフリーダ様はおそらくEライフルの連射で頭が疲れているのです~。そういう時には甘い紅茶が疲れた脳をやしてくれるのですよ~」

 

 そうか。

 Eライフルは感情を込めて放つ銃だけど、あまり連射すると脳に重い疲労がのしかかってくるんだ。

 アバター妖精状態になってもそれは変わらないんだな。

 そう思いながら僕が紅茶をゆっくりと飲んでいると、神様がふいに話を切り出した。


「【転性の仮面】は急ぎ修理中だ。まあ、あまりあせらずに待て」

「はい。お願いしますね。ずっとこのままの姿なのはちょっと……」

「分かっているさ。さて、状況を整理しよう。まず、アニヒレートの位置はだいたい捕捉できた。場所はミランダ達に転送しておく。一方、王をさらったアナリンは南へ向かっているようだ。天馬ペガサスが飛び去っていく姿が目撃されている。追跡を試みたが、とにかく脚の速い天馬ペガサスでな。うちの飛行部隊ではまったく追い付けなかった」


 あの天馬ペガサスか。

 確かアナリンは雷轟らいごうとか呼んでいたな。

 大きくて立派な、迫力のある天馬ペガサスだった。

 それからの神様の話によると、アナリンにはやはり仲間がいるらしく、王様の身柄みがらはその仲間たちが何らかの手段で南に運んでいるようだ。


「主要な街道や河川はすべて検問を展開しているが、どこにも引っ掛からない。飛行部隊の大規模なパトロールのあみにもかからんところを見ると、山越えのルートを使っているのかもしれん」

「アナリンの仲間はどのくらいいるんですか?」

「まだ数は分かっていない。だが大勢いれば目立つはずだ。おそらく奴ら全員がこのゲームの正規なIDを持っていないはずだからな。パトロールのあみにも引っ掛からないということは、少数精鋭なのかもしれん」

「アナリン側からこっちの運営本部へ何か要求はないんですか? 身代金みのしろきんとか」


 僕の問いに神様は首を横に振った。


「そうした犯行声明的なものは何もない」

「そうですか……一体何が目的なんだろう」


 落胆する僕に神様はティーカップを揺らして紅茶のうずを描きながら言う。


「奴らが王を誘拐ゆうかいした目的なら、ある程度見えてきた」

「えっ? どういうことですか?」

「王を誘拐ゆうかいするだけなら分からなかったが、王女も共にさらおうとしたという点にピンときた」


 そう言うと神様はニヤリと笑みを見せる。


「この話は我が党員の中でもごく一部の者しか知らんから他言無用だ。実はな、王とその娘である王女のメイン・システムにはある隠しプログラムが付与されているんだ」

「隠しプログラム?」

「ああ。これは私がまだこのゲームの制作に関わっていた頃の話だ」


 神様は今でこそこのゲームの顧問役だけど、以前は制作現場でNPCたちのキャラ設定にたずさわっていた。

 ジェネットを生み出したのも神様だ。


「おまえは前回、初めて他のゲームである天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)を訪れたわけだが、このゲームが他のそれと比べて優れている点は何だと思う? 他国を見て自国のすばらしさに気付くというのはよくあることだ」

「優れている点……キャラが濃いというところですかね」


 このゲームでは僕の周りだけでもミランダやジェネットなどかなりクセのあるキャラクターが多い。

 それに対して天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)で出会った天使たちは皆、どこか整然としていて良く言えば行儀が良かった気がする。

 天使長のイザベラさんだけはとても濃いキャラクターだったけどね。

 でもまあ僕にとって付き合いの長いミランダ達と初対面の天使たちでは単純に比較出来ないけれど。

 

「正解だ。キャラの濃さ。それはより人間っぽいということだ。私は画一的なNPC像ではなく、出来る限り個々の人間性を重視したNPC作りをしてきたからな」


 神様はそう言うと饒舌じょうぜつに自分の意見を語り出す。


「NPCの感情表現の多彩さ。それがこのゲームが他のゲームに誇れる点だ。むしろそれ以外の点は他のゲームに比べれば凡庸ぼんようと言わざるを得ないだろう。アルフリーダ。なぜこのゲームがそれほどまでに抜きん出てNPCの感情表現にひいでていると思う?」


 神様のことだから、作った私が優れているからだとか言いそうだな。

 このゲームにおけるNPCの感情表現システムを作ったのは当時の製作陣の中心メンバーだった神様だ。


「神様が優秀だったからですよね」

「バカ者。私はおまえをそんなお世辞せじばかり言うお調子者に育てた覚えはないぞ」


 いや、そんな「けしからん!」みたいなセリフの割には顔がニヤニヤしていますからね神様。

 この人、賞賛されるの本当に好きだよなあぁ。

 実際とてもすごい人だから、僕は尊敬しているけど。

 だけど神様はすぐに真顔に戻って言った。


「気が遠くなるほどの時間と労力をかけて感情テストを綿密に行ってきたからだ。人の感情というものは無数に枝分かれした選択の連続でな。それを機械的に表現しようと思うと、相当数のパターン・テストが必要になるのだよ」

 

 そう言うと神様はしゃべり続けてかわいたのどうるおすために、ぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。

 それからたたみかけるように話を続ける。


「たとえばある1人のNPCが朝食に自分の好物を食べるテストを行うとする。これをパターン化するとNPCは毎朝それを食べても毎朝同じように喜ぶのだ。だが実際のところ人にはきという感情がある。いくら好きな食べ物でも毎朝食べ続けたら、多くの者が3日目にはきるだろう。それを表すためには【き】というパラメーターを作らねばならん」


 なるほど。

 確かに僕にも物事にきるという感情がある。

 それは神様がそうしたテストを幾度もくり返してくれたおかげで身につけることの出来た感情だったんだ。

 神様は悠然ゆうぜんと胸を張った。


「ここまでNPCの感情プログラムに手をかけたゲームは他にあるまい。その過程で残されたテスト記録はこのゲームにとって大きな財産でな。それを我々は『e-book』と名付けて、運営本部の中でもほんの一握りの人間しか扱えないように管理している。我々が手間暇てまひまかけて構築したシステムを他のゲームに流出することを防止するためにな。普段はこのゲームの中に隠しプログラムとして隠匿いんとくしているのだ。アナリンがねらっているのはその感情システムの根幹たる『e-book』だ」

「え? アナリンが? ということはその『e-book』というシステムは王様が持っているってことですか?」


 おどろく僕に神様は苦笑を浮かべた。


あわてるなアルフリーダ。そんな大事なものをいくら王といえ、一キャラクターに持たせたりはせん」


 そう言うと神様は持っていたティーカップをテーブルに置き、ソファーから僕の方に身を乗り出した。


「王と王女。その2人がそれぞれかぎを持っているんだ。『e-book』を呼び出すためのシリアル・キーをな。だから2人がそろわねば『e-book』の中身を閲覧えつらんすることは出来ん。ちなみに王と王女は自分たちがその役目を負っていることは知らぬ」

「そ、そうだったんですか」


 王様も王女様も無自覚にそんな重荷を背負わされていたってことか。


「普通に考えたらそれをねらうってことは他のゲームからのスパイなのかと思いますけど、さっきの話だと彼女の所属していたゲームは……」

 

 もうすでにこの世には無いと神様は先ほど言っていた。

 僕の言葉に神様は少し難しい顔をして再びソファーに深く腰を沈めた。


「ああ。妙な話だ。アナリンの身元を洗ってみたら、彼女が所属していたゲームはもう3年も前にサービスを停止していた。そしてそのゲームの運営会社自体も解散して今は存在しない」


 サービスが停止されるってことは、そのゲーム世界が終わるってことだ。

 ゲームが終焉しゅうえんを迎えれば当然、その世界に生きるNPCたちは活躍の場を失う。

 それが道理だ。

 辛いことだけどNPCとしての人生に幕を閉じることになるんだ。

 それなのにアナリンはその後もキャラクターとして存在しているという。


「もしかして別のゲームに転籍してるんじゃ……」

「無論それも調べた。だが、市場で稼働中のどのゲームにも彼女は籍を置いていなかった。所属不明のハグレNPC。まるで流浪るろうの民だな」


 聞いたこともない話に僕は思わずつぶやきをらした。


「自分の世界を失ってもNPCは生き続けられるものなのか……」

「アナリンの仲間たちについてはまだ情報が得られていない。もしかしたら彼女と同じく所属不明なのか、あるいはどこかのゲームからの密入国者なのか。いずれにせよ情報が不足している。全てが明るみに出るにはもう少し時間が必要だな」


 そう言うと神様は立ち上がった。


「さてアルフリーダ。そろそろティー・ブレイクも切り上げて、次のミッションに入ろう。ジェネット達がお待ちかねだ。アビー。金のVRゴーグルを」

「かしこまりました~」

 

 神様の後ろで控えていたアビーが僕に金色のVRゴーグルを手渡してくれた。

 ジェネット率いるチームβ(ベータ)に合流するためのアイテムだ。


「ジェネット達は南に向かうんですよね」

「ああ。すでに出発している。先ほどのように金色のアバター妖精の具合を確かめてこい」


 そう言う神様に従い、僕は金色のVRゴーグルを身に着けて、二度目となるログイン操作を行った。

 すぐに僕の意識は空間を越えてジェネット達の元へと飛んで行った。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回 第二章 第4話 『川は流れて海へと注ぐ』は


明日12月19日(土)午前0時過ぎに掲載予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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