第14話 『NPCにも五分の魂』
「おおアルフリーダ。せっかくの仮面を壊してしまうとは何ごとだ」
「僕が壊したわけじゃありませんから!」
神さまが僕のために作ってくれた【転性の仮面】が突然壊れてしまった。
別に変な使い方をしたわけじゃないよ。
さっき男性のアルフレッドから女性のアルフリーダに変身した時と同じように、ただ仮面をかぶっただけなんだ。
それなのに仮面は真っ二つに割れてしまった。
当然、僕は男性に戻ることが出来ず女性の体のままだ。
「神様。何とかならないんでしょうか。スペアの仮面とかないんですか?」
「そんなものはない。表では流通しない裏アイテムだからな」
それにしたってなぜスペアを用意しない。
こんな大事なアイテムなのに。
「とりあえず仮面の不具合分析と修理をせねばならんな」
「修理はすぐに出来るんですか?」
「出来るぞ……3日くらいあれば」
3日!
イベント終わってるわ!
何てことだ。
これじゃ僕は少なくともこの48時間のイベント中はアルフリーダのままってことか。
「そう嘆くこともあるまい。この機会におまえは女の体になって女性の気持ちを学ぶがいい」
「……いや、体は女性でも心は男の僕のままですから、女性の気持ちは学べませんよ」
そう言う僕の右と左の肩にブレイディとエマさんが手を置いた。
「我が主の仰る通りだぞ。君には必要なことだよ。ミス・アルフリーダ」
「女心を学ばないとね。女同士、わたしが教えてあげるわよ。アルフリーダちゃん」
「……2人とも面白がってるでしょ。もうカンベンしてよ」
ニヤニヤしている彼女たちに肩をすくめると僕は神様に再び声をかける。
色々と気になっていることがあるんだ。
「ヴィクトリアとアリアナは大丈夫なんですか?」
「ああ。2人なら即席の救護テントで休養をとっている。心配には及ばん」
その言葉に僕はホッと安堵した。
特にヴィクトリアはひどいケガだったから心配だったんだ。
でももう大丈夫そうだな。
「ところで神様。さっきのサムライ少女・アナリンのことをご存知だったんですね?」
「ああ。彼女は他のゲームからの出張キャラだ。ただし……密入国だがな」
密入国……やっぱりそうか。
アナリンは正規の手続きを経ずに、他ゲームからこのゲーム内に忍び込んだってことだ。
そこで僕は疑問に思った。
「でもそれならアナリンが本来、在籍しているはずのゲーム運営会社に抗議できないんですか?」
「抗議はできない。彼女が在籍していたゲームはもう3年も前にサービスを終了しているからな」
「え……?」
神様の言葉に僕だけじゃなく、鷹姿の神様をその腕に止まらせているジェネットも驚きの表情を浮かべる。
「主よ。それは一体……」
「まあ、立ち話も何だ。皆、疲れているだろうから休憩しながら話をしよう」
そう言うと神様はすぐ近くに設営されたテントの下へと僕らを導く。
そこには机と椅子が置かれていて、飲み物が用意されていた。
懺悔主党の人たちが用意してくれたものだ。
僕とミランダ、神様を腕に乗せたジェネット、そしてノアとブレイディとエマさん。
総勢6人と1羽は思い思いの場所に腰をかけた。
ノアは早くも飲み物に手を伸ばし、おいしそうにゴクゴクと飲み始めた。
「まずは皆、お疲れ様。色々と情報提供しなきゃならんことがあるな。順を追って話そうか」
そう言うと神様はジェネットの腕を離れて、空いている椅子の背もたれに乗り移った。
「まずは街の被害状況だが、住民の2割がゲームオーバーとなった」
その話に僕らは言葉を失った。
2割もの人々がゲームオーバーに追い込まれてしまった。
何の罪もない人たちだったのに、彼らはこの後、審査にかけられて復活の可否を判断されることになる。
中には二度と戻って来られない人もいるだろう。
僕は思わずこみ上げてくる怒りを必死に堪えながら顔を上げた。
「神様……こんなのってないんじゃないでしょうか。街の人々は家族や友人を失って今頃悲しんでいるはずです。こんなのイベントって言えるんですか」
僕は自分の口から出た声に、思った以上の怒りが滲んでいたことに、自分でも驚いていた。
僕だって分かってるんだ。
神様はあくまでも顧問役であって運営本部からは距離を置いている。
直接的にこのイベントの企画立案には関わっていない。
でも神様だったらこのイベントに異を唱えて、中止には出来なくても内容を改善することは出来たんじゃないだろうか。
そんな思いに駆られ、僕は神様を責めるような言葉を投げ掛けてしまった。
だけど神様は感情的になることもなく、冷静に答えてくれた。
「おまえの怒りは理解する。このイベントの非情な一面を見て、おまえならば黙っていられないであろうことは分かっていた。だがな、これはゲーム世界の中の出来事なのだ」
整然とした神様の言葉の真意を理解できず、僕は返す言葉に詰まる。
そんな僕の左隣に座っているミランダは持っていた飲み物をテーブル置くと、僕が握り締めている拳にその手を置いた。
水滴で濡れたミランダの手が僕の拳にヒンヤリと触れる。
「アル。私たちNPCが何人死のうが、大したことじゃない。ここはしょせんゲームの中の世界なのよ。あんたは納得いかないだろうけど、私たちが住んでいるこの場所はそういう世界だということを、もう一度理解し直すべきね」
ミランダの口調は穏やかだったけれど、それは冷たい現実を表していた。
そうだ。
僕らはここで毎日生活し、命の営みを続けているけれど、それは僕らがそう思っているだけで本当のところは違う。
この世界は外から管理されている。
その冷徹な管理者の意思によって僕らの命は消えたり、また生まれたりするんだ。
場合によっては彼らの意思決定によって、この世界そのものに終止符を打つことすら出来る。
僕らがここでゲームのキャラクターとして生きる以上、その意思決定から逃れることは出来ない。
「おまえたちは知る由もないが、このゲームではアップデートの度に新キャラが増える一方で、古いNPCが淘汰されて姿を消すことも少なくない。ゲームにはそうした新陳代謝か必要で、今回もその一環なんだ。規模はかなり大きいがな」
神様の言葉に皆、押し黙った。
「だが、おまえたちの活躍で8割の住民が命を救われたこともまた事実だ。8割を救えたからといって諸手を上げて喜べとは言わぬが、2割を救えなかったことで全てが間違っていたかのように捉えるのはよせ」
神様は僕のウジウジした性格をよく分かっている。
それを慮ってくれるかのようにジェネットは僕の肩にそっと手を置いた。
「アル様。このイベントという大きな流れを変えるのは我が主をもってしても叶わぬことでしょう。ただ、我が主はアル様の心意気を理解して下さいます。もちろん、私もですよ」
「ジェネット……」
「救えなかった2割の方々にもここにいる皆と同じように日々の暮らしがあったのですから、それを問答無用で奪われることを良しとしないアル様の心意気に私は賛同します。そして救える人の数を8割から9割、10割と増やしていくために、我が主はここにいらっしゃるのです」
そう言うとジェネットはやさしく微笑んでくれた。
その笑顔が僕のささくれ立った心を鎮めてくれる。
いつだってそうだ。
ジェネットの笑顔は僕をやさしく包み込んでくれるんだ。
「ありがとう。ジェネット。すみません……神様。熱くなっちゃって」
僕は少し恥ずかしくなった。
アニヒレートを引き受けてくれたのはミランダ達だし、住民の避難だってアリアナやヴィクトリアの助力がなければ何も出来なかった。
何より住人のほとんどを避難させてくれたのは懺悔主党の人たちなんだ。
僕が役に立ったのなんてほんのわずかなのに、まるで自分が住民の避難を一手に担ったかのように生意気なことを言ってしまうなんて。
思わず恥じ入る僕の表情を見てからかうようにミランダがニヤニヤとした視線を向けてくる。
「フンッ。ヘナチョコのくせに恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ」
「め、面目ない」
ミランダの隣では椅子に深く腰かけたノアが疲れたのか、いつの間にか寝息を立てていた。
普段あまり協調性のない彼女も協力してくれたんだ。
そんなノアのあどけない寝顔を見るうちに、僕の胸に燻っていた憤りはすっかり消えていった。
そんな僕を見て鷹姿の神様は鷹揚に嘴を開く。
「アルフレッド。私はNPCではないが、このゲームを外部から見ている者の中で誰よりもおまえたちNPCを見てきた自負がある。私ほどおまえたちNPCの魂に触れ続けてきた者は他にはおるまい。運営本部の連中からは私はNPCに肩入れする変人だと思われておるのだぞ。自分でもそう思う」
「神様……」
「私はもはやおまえ達をただのプログラムだとは思っておらぬ。それが偽りの無い気持ちだ」
そうだ。
神様はNPCの生と死に何も感じていないなんてことはないんだ。
そして彼はきっと僕らの運命に最後まで責任を持って付き合ってくれるだろう。
僕はそんな神様を信じたい。
信じたい人を信じよう。
僕はあらためてそう心に決めた。
「さて、今後のことについて話を進めるぞ」
僕が話の腰を折ってしまったけれど、神様が主導する作戦会議が再開された。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章の最終話となる第15話『作戦会議』は
明日12月15日(火)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




