第13話 『マ、マジかぁぁぁぁぁ!』
巨大な熊の破壊獣・アニヒレートが通り過ぎた後の街中は惨憺たる状況だった。
建物は崩れ落ち、街路樹はなぎ倒され、石畳はアニヒレートの脚型にえぐれている。
ミランダ達が誘導して出来る限り民家の少ないルートを通らせていなかったら、もっと被害は甚大になっていただろう。
「あのデカブツ。やってくれたわね。次に会う時は必ず息の根止めてやる」
黒鎖杖を憤然と振り回しながら、ミランダが僕の隣で鼻息荒く歩いている。
先ほどの戦いで彼女はアニヒレートの吐き出した青い光弾で砕けた石材の礫を浴びてしまい、大きなダメージを負ったんだ。
すでにジェネットが回復魔法・神の息吹で回復してくれたので大事には至らなかったが、ミランダの着ている深闇の黒衣は一部が破れ、その爪痕が残されている。
アニヒレートとの戦闘を終えたジェネットやノアも直接的に大きなダメージを受けてはいなかったけれど、その顔に疲労の色を滲ませていた。
いくら百戦錬磨の彼女たちでも、あれだけ強大な敵と戦った直後だから無理もない。
よほど気が張り詰めていたんだと思う。
僕は災厄の嵐が通り過ぎた後の街中を見つめた。
今回のイベント【襲来! 破壊獣アニヒレート】はまだ始まってから2時間しか経過していない。
だというのに王都はこの有り様だ。
残り46時間もあればアニヒレートはこのバルバーラ大陸の主要都市をあらかた滅ぼしてしまえるんじゃないだろうか。
そう考えると今回のイベントが非常に重苦しいものに思えてくる。
そんな僕の肩に手を置いたのはジェネットだ。
「アル様。大丈夫ですか? 先ほどの続きを話しましょう」
「うん。大丈夫」
そう言う僕にジェネットは頷いた。
このイベントの最中に現れたサムライ少女・東将姫アナリンのことを神様は知っていた。
このゲームの顧問役にして重鎮である神様ならば、彼女がなぜこの国の王様を誘拐したのか、理由を知っているんじゃないだろうか。
神様の直属の部下であるジェネットならば何かを聞かされているかもしれない。
もちろん秘匿事項もあるので神様が全てをジェネットに話しているとは限らないし、ジェネットも僕らに全てを話すことは出来ないかもしれない。
でもそれでもいい。
こうして事態に巻き込まれてしまった以上、少しでも情報を得ておきたいんだ。
「ご存知の通りこのゲームは以前と違い、外部からの越境キャラクターを受け入れるようになりました。それでも外から来るキャラクターは必ず入国手続きを行っているのです」
いつ、どこの誰がこのゲームを訪れたのかが分かる様に、ということだね。
「ただ、どんなに厳しくチェックしても必ず法の網をくぐり抜ける者たちが出てきます。密入国者ですね。我が主はそうした者たちに目を光らせるために運営本部とは別に、独自のネットワークを築いてきたのです」
なるほど。
まあ神様が運営本部とは別に、そうした独自の情報網を持っていることは決して不思議ではない。
僕なんかには計り知れないところのある人だから。
「私はそのアナリンなる人物のことは知らされていませんでしたが、アリアナやヴィクトリア相手にそれほどの強さを見せたのならば間違いなく強敵ですね。しかし王を誘拐したとなれば許せません。すぐに私には我が主から追撃命令が下るでしょう」
そう言うジェネットの表情は厳しさを増している。
彼女は神様を党首とするNPCたちの組織・懺悔主党のトップ・エージェントだ。
間違いなくこれから神様の命令によって、アナリンを追撃して王様を救出する役目を負うことになるだろう。
でも、アナリンのあの強さを目の当たりにした僕としてはジェネットのことが心配だった。
「フンッ。そのアナリンとやらが王を誘拐した目的は何なのだ? 身代金でもせしめようというのか?」
つまらなさそうに話を聞いていたノアは、彼女の武器である蛇竜槍をアイテム・ストックにしまうとそう言った。
その言葉に鼻を鳴らして口元を歪めるのはミランダだ。
「だとしたら大マヌケね。王を誘拐したとなれば国家を敵に回すことになる。どんな大金だろうと金目当てにそんなリスクを負うのは愚か者のすることよ。ま、ハナから国家にケンカを売るつもりなら見上げた根性だけど」
そう言うとミランダはニヤリと不敵に笑う。
かつてゲーム内すべてを敵に回した経験のあるミランダならではの言い分だ。
「ま、まあそれはともかくとして、僕が見たアナリンは身代金目的とか、そういう感じじゃなかったな」
恐ろしい刀の使い手で敵を斬り捨てることに何の躊躇もない冷徹なサムライだったけれど、気位の高さというか、一刀にかける誇りのようなものを感じた。
確証はないけれど、お金のためにあんなことをしていたとは思えない。
「彼女は何らかの使命を負ってこのゲームにやって来たんじゃないだろうか。何が何でも目的を果たそうとしていたように感じたんだ」
「誰かから命令されてたってことでしょ。身代金以外に王を誘拐するメリットがあるってことね。王って何か特別なアイテムを持ってたりするわけ? ジェネットあんた何か知らないの?」
そう言うとミランダはジェネットに視線を送る。
「いえ。特に聞いたことはありませんね。もちろん王ですから色々と高価な物を身に着けているでしょうけれど」
そう言ってジェネットは思案を続けるように黙り込んだ。
ノアは早くも興味なさそうに欠伸をしている。
そんな彼女たちを見ながら、僕はサムライ少女アナリンの強さを思い返した。
僕の仲間たちの中でも接近戦では特に強いアリアナとヴィクトリアでも、アナリンを止めることは出来なかった。
特にアナリンが黒狼牙という刀の鞘から金鎖を解き放った後の強さは脅威的だった。
あの強さを前にミランダやジェネット、ノアならどう戦うだろう。
簡単に勝てる相手じゃない。
いくらミランダ達でも接近されたら苦戦は免れないだろう。
あの鋭い刀でミランダ達が斬られてしまったら……そう考えて僕は内心で身震いした。
ミランダ達の強さは僕が一番分かっているはずなのに、アナリンのあの鮮烈な戦闘能力を目の当たりにしてしまったせいか、僕は重苦しい不安が拭い去れずにいた。
そんなことを考えていると不意に背中をバシッと叩かれた。
「痛っ!」
「何シケた顔してるのよ。やめてよね。ただでさえ冴えない顔なのに」
そう言うのはミランダだ。
彼女は僕が不安を抱えているのなんかお見通しだった。
「サムライだか何だか知らないけど、この私がケンカで負けるとでも思ってるわけ? アル。あんたは私の恐ろしさを一番よく分かってると思ってたけど、忘れたのかしら?」
そう言うミランダの顔には微塵も恐れの色は見えない。
そうだ。
不安がっていても仕方ない。
もしミランダがアナリンと戦うことになったとしても、僕に出来るのは信じて見守ることだけなんだ。
だったら1%の曇りもなくミランダの勝利を信じ抜こう。
「そうだね。君の恐ろしさに比べたら、あのアニヒレートだって子熊みたいなもんだよね」
「そうよ。次に会ったら熊鍋にして食べてやるわよ」
「な、鍋が何百杯も必要になるね」
ミランダのおかげで少しばかり心の重しが取れ、足取りも自然と軽くなる。
そこから少し進むと、住民たちが避難して人気のなくなった街中にチラホラと人の姿が見えるようになってきた。
「懺悔主党の人たちだ」
僕の言葉にジェネットは頷く。
避難し遅れた人がいないか確認作業中だった彼らはジェネットの姿を見ると、安堵の表情を浮かべて近付いてきた。
「ジェネット様。ご無事でしたか」
「皆様もご無事で何よりです。ときに我が主は……」
ジェネットがそう言いかけた時、空から3羽の鷹が舞い降りてきた。
ジェネットはすぐさま右腕を伸ばし、そこに3羽のうち真っ白な羽を持つ1羽の鷹が止まる。
「ジェネット。息災だったか」
白い鷹は人の言葉でそう言った。
この声は神様だ。
そして神様以外の2羽の茶色い鷹はその場ですぐに人間の姿に戻る。
それはブレイディとエマさんだった。
「ちょうど1分だね。1秒の狂いもなく正確そのもの。さすがワタシの薬」
「ジェネットお疲れさま~」
ブレイディは得意げな顔で自画自賛し、エマさんはいつものように優雅に手を振る。
ジェネットはそれに安堵して笑みを浮かべた。
「ブレイディもエマさんもご無事で良かった」
神様だけは白い鷹のままで皆を見回している。
おそらく一時間薬を服用したんだろう。
「3分間の制限時間付きだったが、うまいことやったな。アルフリーダ」
そう言う神様に僕は頷いた。
それにしてもアルフリーダと呼ばれるのはしばらく慣れそうにないな。
「神様。ありがとうございました。うまくいったのはたまたまですよ。どうしてアニヒレートがEライフルの蛇をあんなに嫌がったのか分かりませんし」
あの時のアニヒレートは明らかに様子がおかしかった。
「原因は分からんが、運営本部がアニヒレートのキャラクターとして盛り込んだ弱点かもしれんな」
絶対無敵のボスにも意外な弱点がある、というのは世の常だ。
そういうことなんだろうか。
首を捻る僕にブレイディが眼鏡の奥から視線を投げ掛けてくる。
「熊は蛇を苦手とする、という説もあるからね。もちろん科学的に証明されてはいないから迷信の域を出ない話だけど、ゲームの中のキャラ設定としては十分にあり得る話だと思うよ。アルフレ……いや、アルフリーダお嬢様。プププッ。ちょっと写真撮っていいかい? 女体化した君を、せっかくだから記念に」
そう言うとブレイディは僕の肩をバシッと叩いて吹き出した。
「は、恥ずかしいからやめてよブレイディ。いいよアルフレッドで」
困惑する僕だけど、白い鷹姿の神様は羽を広げて言う。
「いや、いかんぞ。その姿の時はアルフリーダで通すのだ。皆も彼女をアルフリーダと呼ぶように。アルフリーダお嬢様でもいいぞ。アルフリーダ姫でも」
絶対面白がってるだろ!
「そ、そんなことより神様。マヤちゃんたちは大丈夫だったんですか?」
「彼女たちならちゃんと保護したぞ。母親のケガも大丈夫だ。おまえの応急処置も的確だった。それ以上に収穫だったのが……おっと。これは後で話そう。それよりも先にこれを渡しておかねばな。エマ。預けておいた仮面を」
そう言う神様に、エマさんは預かっていてくれた【転性の仮面】を僕に手渡してくれた。
その際、彼女はそっと僕に耳打ちする。
「オニーサンが女のままだと悲しむ女子たちがいるわよねぇ。わたしは今のままのオニーサンでもおいしくいただけちゃうけど」
そんなことを言うとエマさんはフッと僕の耳に息を吹きかけた。
「ヒェッ! か、からかわないで下さいよ」
この人は相変わらず僕をからかって遊ぶんだよなぁ。
僕が女になって悲しむ女子?
いや、ミランダには盛大にあざ笑われ、ジェネットには悲しいほど慰められ、ノアに至っては胸がないとか理不尽な理由で糾弾されましたよ?
誰も悲しんでなどいない!(怒)
「ホレ。早く仮面をかぶってこい」
神様に促された僕は【転性の仮面】を手に建物の陰に隠れると、それをかぶった。
一応、かぶる時は人目を避けるようにと神様から言われてるからね。
でも、これでまた男の体に……ん?
かぶって数秒、十数秒待ってみても、僕の体は一向に元に戻らない。
ど、どうなってんのコレ?
僕は焦って一度仮面を取り外し、もう一度仮面をかぶり直した。
すると……パキッ!
右半分が男の顔、左半分が女の顔という奇妙なその仮面が乾いた音を立てて真ん中から真っ二つに割れてしまったんだ。
「はっ……マ、マジかぁぁぁぁぁぁ!」
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第14話 『NPCにも五分の魂』は
明日12月14日(月)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




