第11話 『追い出し大作戦!』
吹きつける風を髪に受けながら僕は宙を舞う開放感を全身で味わっていた。
僕は今、地上十数メートルの空中に浮かんでいる。
そんな僕の体は、丈夫な白い布地の上に木製の胸当てや胴当てなどをしつらえた軽装の鎧に包まれていた。
「久々だな。この衣も」
僕はそう言うと意識を集中する。
僕が身につけている防具・天樹の衣には飛行能力が備わっていて、今僕の背中から生えている光の翼を僕に授けてくれるんだ。
レッド・○ルみたいだろう?
「天樹の衣。僕のホーム・ゲームで使うのは初めてだけど、また僕に力を与えてね。大事な友達の助けになりたいんだ」
空中に浮遊するイメージは前回の天国の丘で学んだ。
強烈な体験だったから、今もそれはこの体に染み込んでいる。
僕は風が吹く中を王城の北へと向かって飛び始めた。
そんな僕の視線の先には城下町の中央公園を越えて、街の北端へと到達しようとしている巨大な熊の魔物・アニヒレートの姿があった。
そしてその巨大な獣の周囲には多くのプレイヤーたちが飛び交っていた。
その数は100人を超える。
だけど戦況は芳しくないようだった。
「ゴアアアアッ!」
アニヒレートはまるでうるさい虫を払いのけるかのようにプレイヤー達を次々と前脚で叩き落とす。
運のないプレイヤーたちがあっという間にゲームオーバーに追い込まれた。
他のプレイヤーたちはそれを見てたじろいだのか、アニヒレートから距離を取り始める。
そして遠目から矢や魔法で攻撃を仕掛けるけれど、それらはアニヒレートの体を覆う剛毛に簡単に弾き返されてしまう。
生半可な攻撃じゃアニヒレートのライフはほとんど削れない。
そして飛行能力を持たないプレイヤーたちは地上からアニヒレートに近付こうとするけれど、アニヒレートが暴れる度に瓦礫が石礫となって周囲に飛び散るために、なかなか近付けずにいる。
初めこそ数に任せてアニヒレートに攻撃を仕掛けていた彼らだけど、次々と命を落としていく仲間の姿を見て、急速にその勢いは弱まっていった。
今回のイベントが行われているこの48時間中は、同一IDでのログインが出来るのは一度きり。
一回ゲームオーバーになったら強制ログアウトとなり、このイベント中にはコンティニューが出来なくなるんだ。
そのデスゲームのルールが彼らを慎重にさせている。
多くのプレイヤーがアニヒレートを遠巻きに見つめてチャンスを窺う中、3つの人影が果敢にアニヒレートに挑んでいくのが見えた。
「ビビッてんじゃないわよ!」
ミランダたちだ!
僕らが地上でサムライ少女のアナリンを相手に苦戦していた間、彼女たちは奮闘を続けていたんだ。
彼女たちのおかげでアニヒレートは城下町の中心部を通らずに北進し続け、最悪の被害は免れた。
3人とも今のところ無事で、その姿に僕は心からの安堵を覚える。
だけど彼女たちが度重なる魔法攻撃を浴びせても、相変わらずアニヒレートの黒と赤の毛皮には傷一つつかない。
ライフは少しずつ減ってはいるけれど、ほぼ無限ともいえるアニヒレートのライフ総量99999を考えれば焼け石に水だ。
ミランダ、ジェネット、ノアはアニヒレートを倒すことよりも、街の外に追い出すことを重視しているけれど、街の外に出た後はどうすべきなんだろう。
倒せなければ結局アニヒレートはまた街の中に戻って破壊行為をくり返すかもしれない。
「死神の接吻を放てればチャンスはあるかも……」
どんな強大な相手でも一発で即死させる必殺の魔法がミランダにはある。
だけど切り札のその魔法を放つためには、ミランダのライフが半分以下になる必要がある。
通常は戦いの中で相手の攻撃を受けてライフが減っていくことで、自然と死神の接吻の発動条件を満たすんだ。
だけど僕はアニヒレートが振り回す太い前脚をかいくぐるミランダの姿を見て息を飲んだ。
「あの太い前脚に一撃でも食らったら、ライフの半分どころかミランダが即死しかねないぞ」
人智を越えた魔物の姿に僕は怖気を感じずにはいられなかった。
何にせよ死神の接吻がアニヒレートに通用するかどうかはともかく、この状況ではミランダの虎の子の一撃は使えない。
それは僕にしても同じことた。
蛇剣は報復の蛇剣で、かつては自分が受けたのと同等のダメージを相手に与えることが出来た。
今では金と銀の蛇剣にバージョン・アップして、この剣はミランダたち5人の受けたダメージを蓄積してやり返すことが出来る仕様に変わったんだ。
だけど、それだって一撃でこちらが倒されてしまえば反撃も何もない。
アニヒレートは本当に厄介な難敵だ。
「どう対処すべきか……」
あまり余計なことをすると、せっかく彼女たちがここまで誘導してくれたアニヒレートが方向転換をして街の中に戻ってしまう恐れがある。
僕が何か手伝えることがあるか分からないけれど、熊は逃げるものを追う習性があると聞いたことがあるし、彼女たちと一緒に僕も誘導役を……そんなことを考えていた時だった。
「グルルル……」
突如としてその背中がブルルッと小刻みに震えたかと思うと、アニヒレートがその口から勢いよく何かを吐き出したんだ。
ドンッという衝撃音と共にアニヒレートの口から射出されたのは、直径2、3メートルほどの青い光の塊で、それはミランダに向けて放たれた。
高速で迫り来るそれをミランダは身軽に旋回してかわすけれど、青い光弾は建物の残骸に当たってそれを粉々にする。
まるで散弾銃のように石材の礫が全方位に向けて飛んだ。
「くうっ!」
避け切れずにその礫を浴びてしまったミランダは地上へ落下していく。
「ミランダ!」
僕は慌ててミランダの元へ最高速度で飛ぶけれど、とても間に合わない。
そんなミランダが地上に落ちる前に抱き止めてくれたのは、素早く宙を舞って回り込んだジェネットだった。
あ、危なかった。
だけど安堵している余裕はない。
アニヒレートはこれまでに溜まった苛立ちを発散するかのように次々と青い光弾を吐き出し、それは街を火の海にした。
城下町の北壁付近にも多くはないけど民家があり、それらが光弾を浴びて破壊され、炎上していく。
この辺りの住人はすでに避難済みのはずだけど、このままだと彼らの帰る家がなくなってしまう。
そしてそれは城下町北部だけには留まらない。
アニヒレートは後方を振り返り、通り過ぎてきた街の中心部や南部方向に向けても次々と光弾を吐き出していく。
それらは街を破壊する青い雨となって降り注ぎ、建物を破壊し街路樹を焼いた。
僕の胸に焦燥感がこみ上げる。
せ、せっかくミランダたちが命懸けでがんばってここまで誘導したのに。
それもこれも街の損害を最小限に抑えるためだったんだ。
これ以上……これ以上やらせてたまるか!
僕は左右の腰に下げている鞘のうち、銀のそれから蛇剣を抜き放つ。
「銀の蛇剣。かつての姿に戻ってくれ」
僕がそう唱えると柄の付け根にとぐろを巻いていた銀色の蛇の装飾がその形状を変化させていく。
それは以前に天国の丘で僕が使ったEライフルという銃に早変わりした。
これは特殊な銃器で、込めて放つのは弾丸じゃない。
僕は引き金に指をかけた。
そして大事な仲間を救いたいという気持ちを込めてその引き金を引く。
そう。
この銃に込めるのは感情だ。
EライフルのEは【Emotion】のEなんだ。
「いけっ!」
そして銃口から射出されたのは、長さ1メートルほどの銀色の蛇を象った光だった。
以前は光弾が射出される仕様だったんだけど、神様の計らいで弾丸エフェクトには改良が施されている。
射出された銀色の蛇はアニヒレートの眉間に命中すると、そのまま消えることなくその首に巻き付いた。
そしてその巨体を這い回り、毛皮のあちこちに噛みついていく。
さらに改良はそのエフェクトのみならず、攻撃方法にも及んでいた。
僕が射出した蛇はすぐには消えず、ああして相手の体にまとわりついて、噛みついたり締め上げたりするんだ。
だけどアニヒレートの分厚い毛皮にはまったく効果がないみたいで、そのライフはまったく減っていなかった。
「だ、だめか……」
僕がそう言って唇を噛んだその時、途端にアニヒレートが狂ったように叫び声を上げて暴れ出した。
「オオオオオオオン!」
アニヒレートは体を這い回る蛇を払い落とそうと、前脚の爪で体中をひっかき回す。
だけど蛇はその前脚が届かない首の後ろや背中を這い回っている。
アニヒレートは怒りの声を上げて北側の市壁に背中を打ち付けた。
「グオオオオオッ!」
苦しげな声だ。
こ、これは……効いているのか?
ライフゲージはほとんど減っていないようだけど、アニヒレートは明らかに蛇を嫌がっている。
そのおかげでアニヒレートは青い光弾を吐き出すことも出来ず、僕は巨大熊の頭上まで接近することが出来た。
だけどそこで僕の装備に異変が起きる。
この手に握っている銀の蛇剣や腰に下げた金の蛇剣、そして身に着けている天樹の衣が頼りなく点滅し始めた。
同時に神様からのメッセージが僕のメイン・システムに届けられた。
【残り1分だぞ。これ以上は目立つ】
そうだった。
使用許可は3分間だけだった。
第一射で放った蛇の効果が切れたようで、アニヒレートの体にまとわりついていた銀色の蛇は消え去った。
アニヒレートはすぐに立ち上がるものの、先ほどまでのように青い光弾を吐き出そうとはせず、北側の市壁へ連続で体当りを浴びせ始めた。
その強烈な衝撃に耐え切れず、とうとう市壁の一部が崩れて街の外の広野が見えるようになった。
僕は即座に第二射を放つ構えを見せた。
狙うはアニヒレートの足元だ。
少しでも早くあの巨大熊を市壁の外へ出さなきゃならない。
そんな僕の狙いに気付いたのか、ノアがアニヒレートのすぐ鼻先を挑発するように飛び回り始めた。
アニヒレートはノアを叩き落とそうと、市壁の外へ足を踏み出す。
ここだ!
「いけっ!」
僕はアニヒレートの後ろ脚を目がけてEライフルの第二射を放った。
射出された銀色の光が象る蛇は、アニヒレートの後ろ脚に絡みつく。
「ウガァァァァァッ!」
アニヒレートはまたも取り乱して脚をもつれされると、前のめりに倒れて四つん這いになった。
ノアはそれを避けてさらに上空へと離脱する。
アニヒレートがズズーンと地響きを響かせて倒れ込むと、それを見たプレイヤー達が再びアニヒレートへの攻撃を仕掛けるべく群がり始めた。
一方のアニヒレートは後ろ脚にまとわりつく銀色の蛇を振り切ろうと四本脚の態勢のまま前方に向かって駆け出した。
その速度はグングンと上がっていき、二本脚で進む時よりも遥かに速い速度でアニヒレートは広野の彼方へ向けて走り去っていく。
そんなアニヒレートを追ってプレイヤーの軍勢も広野へと飛んで行くけれど、アニヒレートは彼らを振り切る勢いで大地を駆けていった。
あ、あんなに速く移動できるのか。
街の外に出て民家や市壁などの障害物がなくなったことで、走りやすくなったんだろう。
その巨大な後ろ姿はどんどん遠ざかっていき、後ろ脚に絡みついた蛇が消えてもアニヒレートは戻って来ることはなかった。
アニヒレートとプレイヤー達が去って行ったことで、さっきまで城下町を包み込んでいた喧騒は遠ざかり、気だるい静けさが辺りに漂い始める。
僕は緊張で銃を握る手から力を抜くことがなかなか出来ず、半ば呆然とアニヒレートの後ろ姿を見送った。
「どうしてアニヒレートはあの蛇をあんなに嫌がるんだろうか……うわっ!」
そこで僕の体が不意に浮力を失って落下し始めたんだ。
し、しまった。
時間切れだ。
僕に翼を授けてくれていた天樹の衣が消失して僕は飛行能力を失った。
お、落ちるぅぅぅぅぅ!
「ひえええええええっ!」
だけど僕が地面に落ちる前に、誰かが僕の体をキャッチしてくれたんだ。
それはさっきまでアニヒレートを誘導してくれていた竜人の少女ノアだった。
「あ、ありがとうノア」
思わず僕はそう言ったけれど、ノアはじっと僕を見据えて用心深く口を開いた。
「……そなた何者だ? なぜノアを知っている」
ノアが怪訝な顔でそう言うのも無理はない。
今の僕は彼女の知るアルフレッドじゃないからだ。
そう。
この姿はノアが僕だと気付かないほど決定的に変わっていたんだ。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第一章 第12話 『私はアルフリーダ』は
明日12月12日(土)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




