「異世界に転生してきた」とか言ってる人間なんか大っ嫌いだ!
飛ばされてきた人間が「異世界」と口々に称する世界で、元来から暮らしている先住民側のお話です。
《奴》が現れたのはおよそ1年前だ。
雨天時に雷鳴とともに地上に落ち、自分は《ニホン》から来たと言い張り、今いる場所を《イセカイ》と称した。
勿論《奴》が口にした国など知らないし聞いたこともない。
ただ理解出来るのは、間違いなく人間であるということだ。
このまま野放しにするのは情に触れると妹に説得され、弟子という形で住み込ませてやった。
街じゃ名が知れてる俺の下に門弟が出来た噂はたちまち広がり、さぞ実力があるんじゃないかと翌日から強力モンスターの討伐依頼が殺到した。
当初は茂みに隠れさせて自分で片付ける予定であったが…なんかおかしい、その人間めちゃんこ強かった。
せがまれたものだから試しに武器を渡してみたところ、俺が五年間かけて編み出した必殺奥義をモノの数秒で発動させやがった。
結果、1か月以内で俺と同等の階級に登り詰めたのだ。
その1週間後、《奴》にとんでもない討伐依頼が出された。
なんでも、自称【この世界を支配する軍団】の幹部が近辺に出現したという。
短期間にレベルを上げまくった《奴》の実力なら倒せるんじゃないかと、上層が勝手に決め付けたらしい。
俺も同行を希望したが、ていよく断られた。
絶対に殺られる―そう不安に思った。
勝っちゃったよ。
余裕で勝ったって。
数秒で片ついたって。
なに?
俺の予想狂わせるの大好きなの?
神様、ねえ!?
【この世界を支配する軍団】……のちに【魔軍】と呼称された幹部を倒したその日に、《奴》は【勇者】と呼ばれるようになった。
依頼から帰ってきたら毎度宴会の嵐、師匠という特権から無料で酒にありつけることが出来たからその点は有り難かった。
【勇者を育てた男】っつう根も葉もない肩書きと恩恵を受け、育成能力があると判断されてか門弟の志願者が続出した。
もちろん全員断ったよ。
だって俺が育てたんじゃないんだもん。
以降《奴》の人生はまぁ~上手いこと進む進む。
豪邸を建て、毎晩可愛い子を招いて宴会、スンゲー羨ましい。
地獄が始まったのはここからだ。
幼馴染の女友達が、子供を身籠ったと告白してきた。
相手を聞くと《奴》の名前が口から出された。
どこか複雑な気持ちではあるも、仲の良かった友人のおめでたい話に喜んであげた。
が、彼女は不服な表情を浮かべるばかりであった。
事情を聞いてみたところ、責任は取らないと言い出したそうだ。
行為に及んだことは深く反省していると言うが、親になる気は更々無いらしい。
結局幼馴染は1人で産んで育てることを決意した。
あのとき俺が一声『ウチに来るか?』と掛けていたらどれだけ良かったか…。
これ以上犠牲者を増やして貰いたくない──地獄が1回で終わる訳がなく、連鎖するように起こった。
幼馴染の妊娠を告白されてからの後日、10人近くの女性陣が一斉に押し掛け、《奴》のガキを孕んだと報告しに来た。
事情を伺うと、どの子も宴会で酔った勢いから行為に及んでしまったという。
当の本人は責任を取る気など皆無である。
何度か説得しに行ったが聞き入っては貰えなかった。
そして今年一番の地獄を……被害に遭った10人近くの女性たちを宥め、帰らせた数秒後に味わった。
妹にも手を出していた。
泣き崩れながら妊娠した事実を俺に打ち明け、焦燥感に駆られてか精神的に危険な状態となっていた。
どんなに傷付いても笑顔を絶やさなかった顔が、1週間……1ヵ月過ぎても暗い表情のまま戻ることはなかった。
ここで俺は考えた。
《奴》はなんのために来た……?
《奴》がなぜここに来た……?
《奴》じゃなければ駄目なのか?
途端、ある案が出た。
決行は翌日の午前、幾多の女性と、まだ成人前の妹を泣かせた罪……償わせてやる!!
そして現在に至る。
《奴》こと【シバウラコウヘイ】は、新しく連れてきた土地に感情が高ぶる寸前だった。
髪を金に染め、両耳朶には数個のアクセサリーがぶら下げられている。
痩せこけていた身体はみっちり鍛えられていて、とてもじゃないが対等に戦って勝つのは無理だ。
「~♪」
コウヘイの左腕にぴったりとしがみつく猫耳と褐色肌が特徴的の【ファーム】という女は、機嫌が良いのか、鼻歌を止め、語尾の『にゃん』でメロディーを奏で始めた。
正直苛つく……。
一方、歩く俺の背後を付いてくるのは、ボブカットヘアーに露出ゼロの女性ガンナー【アマキ】、なにが不満なのかむっちゃ睨んできてる。
この2名は《コウヘイあンの野郎》が【勇者】と呼ばれるようになってから加わることとなった団員、謂わば【パーティーメンバー】だ。
4人で組むことが義務付けられたメンバーの職種は異なり、俺とコウヘイは近接が得意な【ブレイド】、アマキが前述通り遠距離狙撃の【ペガサス】、ファームは呪術師【ベルデ】に属している。
近接2人だとバランスが悪く思われるが、意外と上手く回ったりする。
コウヘイが先陣を切り、アマキは狙い撃ち、ファームが回復…俺の役回りはと言うと、猫耳女が回復呪文発動中に出来る隙をカバーするだけ。
しかし、回復術に釣られた強力なモンスターを倒せるため、超高級な素材が手に入る入る。
新たな土地で新しい敵と初戦闘を交え、勝利を納めたコウヘイとファームが感極まってハイタッチを取る。
俺はというと、油断した隙を狙われ、脇腹に重い一撃を喰らってしまった。
回復呪文を浴びせて貰えたが痛みはまだ引かず、完治するのに4、5分要した。
「ったく、油断するもんじゃないにゃん」
目前に仁王立ちで偉そうに腕組みする猫耳女が叱咤を飛ばしてきた。
「まぁそう怒んなって。師匠はお前のこと守ってくれてたんだぞ」
口を挟んできた金髪男の言葉が飛んでくると0.1秒という素早さで見下していた表情をニッコリ笑顔に変えた猫耳女が、
「にゃにゃにゃ♪ そうにゃ。コウヘイのお師匠さんカッコ良かったにゃん」
あからさまに媚を売り出した。
素晴らしい手の平返しだ。
二人の粗末な恋愛劇を見せられた時点で苛立ちは最高マックスまで登り詰めた。
奴等の耳に届かない程度に舌打ちを行ってから立ち上がろうとすると、アマキが無言で手を差し伸べてきた。
この子は俺に敵意があるのか無いのか、優しいのか厳しいのか正直分からない。
常時こちらを睨むし、武器のグリップが汚れているから新しいのをプレゼントしたところ遠くに投げられたしで。
だが稀に装備の手入れをしてくれたり、ベロベロに酔っ払った時に介護してくれたりなど、今と同じように優しく接してくれる。
口を開かないのは内気だからか? とにかく手を差し伸べてくれているのだから、素直にご厚意に甘えさせていただこう。
が、
「あ~いいよ、アマキちゃん。師匠はその程度でへこたれる玉じゃないから自分で起き上がらせて大丈夫だよ」
またもや金髪野郎が口を挟んできた。
アマキは言われるがまま手を引っ込めてしまう。
最近になって感付いたのは、アマキが俺に優しく接しようとすると決まってコウヘイが邪魔しに来る。
おかげで俺はアマキの2割分の優しさしか受けていない。
ただでさえ苛つきでフルに溜まったゲージが、限界突破で無限の彼方に伸びる勢いなのを感じた。
その時、俺の計画を遂行してくれる《アイツ》が現れてくれた。
「にゃ? あれにゃに?」
ファームの疑問にコウヘイとアマキが同時に指定された方向に目線を移す。
目の前を1匹の生物が通り過ぎようとしていた。
黒い球体に、兎に似た耳が生えた、目の黄色い愛らしい生き物だ。
「うーわっ! めっちゃ可愛い!」
コウヘイが前に出た。
確かに見た目だけならペットにしても違和感が無いキュートさを持っている。
「にゃーカワイイ! コウヘイ、この子飼いたいにゃ!」
ただその生物は危険性が高く、自分の身に危険が迫ろうとすると《ある行動》を取るのだ。
「よっしゃ任せろ。連れて帰って今日から沢山愛でてやるぜ」
今そいつは手を差し伸べられていることに危険を感じたようだ…黄色い眼球がブルブル震えているのが窺える。
…………え?
俺以外のメンバーが同時に言葉を思い浮かべただろう。
黒い球体生物が突如コウヘイを包み込んだ。
この手の生き物は危険を感知すると対象とともに自らを四散させ、自分は時間をかけて再生し、逃げるという。
と、言うことは……。
ばぁん!!
目前で起こった現状にファームとアマキのあんぐり開いた口は戻らず、全身に大量の鮮血を浴びていた。
運良く俺は距離を置いていたため、返り血の被害に遭わなくて済んだ。
《奴》の先程居た場所には黒い影と焦げしか残っておらず、当の本人は勿論いない。
鮮血は時間が経つに連れて黒く滲み、ファームの今まで耳にしたことのない絶叫が聞こえてきた頃には、岩なのか砂なのか血なのか見分けが付かなくなった。
ここで俺──《クーガ・ティメット》は心の底から思う。
ざまぁみろ。
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