第九話「決戦!ジアス対特防隊」
「鷹山・矢野は先行する兜を追って京都へ急行せよ」
「了解!」
「藤岡はここに残れ。場合によっては指揮を預ける」
「はい」
「我々も後で行く。出動!」
春日井隊長の号令で三人の隊員はブリーフィングルームを出ていった。残るは彼と娘のハルコ、そして真堂メルザである。
春日井隊長は顔色一つ変えず、ハルコに銃口を向けた。脅しだ。
「エンメラ、君にはジアスと戦ってもらう」
「父さん……」
「やめてくださいお父さん、子供にそんなもの向けないで! ハルコさんの心が傷つく」
震えるハルコを庇うようにメルザは立ち、両手を広げる。春日井隊長は銃を下ろさない。
「あなた達は非道です。人間の敵になりますよ」
「メルザちゃん!」
メルザが振り返るとハルコは彼女の両肩を掴んだ。諭すように。
「メルザちゃんは私達の味方よね」
「私はただ……そうです」
「だったら……」
ハルコは言うべき言葉を喉に詰まらせる。年端の行かない子供に人類の命運をかけて戦え、など言えやしない。でも言うしかないとも思えた。メルザが人間の味方でないと人間に殺されてしまう。
父マサトの厳しい顔を見、そしてメルザの美しい顔を見つめて、ハルコは口にした。
「戦って、メルザちゃん。ジアスを倒して」
「わかりましたハルコさん」
屈託のない笑顔でメルザは答えた。ようやく春日井隊長は銃を下ろす。
「勝算はあるか?」
「神のみぞ知る……けどやってみます。やってみせます」
決意を固めてメルザは春日井隊長を見つめた。
「ならば私の機体に乗れ。ハルコもな」
「ハルコさんは……」
「私も行くわメルザちゃん。見届けたいから」
いつものハルコのおどおどした感じは消え失せていた。彼女もまた決意したのだ。どんな時でもメルザの傍にいる、一人にはさせないと。
ハルコはメルザの手を握る。その温かみをメルザは嬉しいと思う。
春日井隊長に続いて二人は部屋を出た。決戦の時はすぐそこまで来ていた。
「現場に到着、目標を確認」
一足先に出動した兜隊員は京都上空にVTOL攻撃機を止め、トリガーに手を掛ける。眼下の大怪獣ジアスを睨んで。
「攻撃を開始します」
「兜機、後続を待ってください」
「待っていたら京都が滅ぶ!」
藤岡隊員の指示に珍しく兜隊員は声を荒げる。少しでもいい、食い止めなければ。彼の機体の30mm機関砲が火を噴いた。
だがジアスは気にも留めなかった。下を向いて熱線を吐く。清水寺の舞台が燃え崩れていく。
ならばと誘導ミサイルを放つ兜機。ジアスの頭部を狙い、命中。ジアスは熱線を吐くのをやめて、飛び回るVTOL機を見た。
ミサイルが当たったにもかかわらず頭の角さえ折れていない。ジアスの防御力は15年前にすでに明らかになっていた。兜隊員もこれで仕留められるとは思っていない。
けれどこの15年の間で開発された兵器ならば?
「本部、M2爆弾使用の許可を問う」
「春日井隊長、兜機がM2爆弾の使用を求めています」
「M2爆弾の使用を許可する」
「使用を許可します」
その時ジアスが兜機に向かって熱線を放った。兜隊員は機体を急上昇させこれを逃れる。頭上を取り、M2爆弾を投下した。
ジアスの背中が爆裂する。
「ガァァァオオオオオ!」
悲鳴のような唸り声を上げるジアス。青い血が背中から流れ出す。
「効いたか?」
「兜さん! 危険だ!」
矢野隊員と鷹山隊員のVTOL機が到着する。と同時だった。ジアスの背びれが光り、背中から無数の熱線が発射されたのは。
かわしきれず兜機は撃墜され、無残にも破片が飛び散った。
「そんな……」
「切り替えろ矢野、死ぬぞ!」
鷹山隊員が叫ぶ。ジアスが彼らの機体を見つめ、口を開けたからだ。熱線が放たれる。二機のVTOL機は散開してこれを避けた。
最後に発進した春日井隊長機もジアスの間合いへと突入した。
燃え盛る京都を目にし、ハルコは絶句する。
世界が壊れてしまえばいい、なんて心の奥底にあった考えは一瞬で消し飛んでしまった。
「なんて、ことなの……」
喉を震わせるハルコ。彼女の中で15年前の東京と今の京都が重なる。メルザはハルコの手を握る。少しでも安心させたくて。
「大丈夫……大丈夫ですハルコさん……」
ハルコはメルザの顔を見る。こんな危険な場所に彼女を放り出すなんて、やっぱり出来ない! ハルコは目に涙を浮かべる。
メルザの小さく柔らかい指が、ハルコの涙をそっと拭う。向き合ってメルザは言う。
「ハルコさんは私のこと、好きですか?」
「好きよ! 勿論……好きだから……」
行かせたくない。でもここまで来てしまっては言えない。
黙るハルコの唇にそっと、メルザは顔を近づけて唇を重ねた。
時間が止まる。
メルザが離すと、ハルコは驚いた表情で口を開いた。
「メルザちゃん……」
「私の好きは、こういう好きなんです。大人のハルコさんには笑っちゃうことかもしれませんが……これが最後かもしれないから、どうしても伝えたかったんです」
メルザは微笑む。ここで春日井隊長が声を掛けた。
「行けるか、エンメラ」
「はい」
メルザが答えるとVTOL機のハッチが開く。少女の碧髪が風に揺れる。メルザは飛び出す構えを取った。
「メルザちゃん!」
ハルコが呼び止める。
「必ず生きて帰ってきて」
それには答えられないメルザだった。困ったような笑顔を作る。そして――
「さよなら」
燃ゆる京都の街に飛び降りた。
「現在もジアスは伝統ある京都の街を破壊し尽くしています」
京都タワーの上から炎上する京都を背景にリポーターが実況する。哀しいかな、こんな破滅的状況においても彼らは仕事に専念していた。逃げ出すことは諦めて。
「ジアスが、ジアスがこちらに向かってくるようです! おしまいです! ああ皆さんさようなら!」
熱に浮かされたように状況を伝える。ジアスは京都タワーを目指して動き始めた。カメラが捉える、赤黒い大怪獣の禍々しい姿を。
だが飲み込まれんとした時、カメラがジアスから逸れた。
少し離れた地点に現れた碧色の怪獣を映す。
「なんと、もう一体怪獣が現れました! あれは……エンメラです! 神京市でトーランを倒したエンメラです!」
リポーターは期待を込めて指差した。エンメラが猛る。
「ギャアオオオゥ!」
するとジアスも向きを変え、エンメラを真っ向から見据える。
エンメラは火球を吐いた。ジアスはこれを熱線で打ち消し、そのままエンメラを攻撃する。熱線が当たってエンメラはよろめく。流石の大怪獣もこれには耐えられない。
エンメラは頭を下げ、姿勢を低くしてジアスの熱線から逃れようとする。だがジアスは向きを下げるだけで済む。エンメラは前のめりに走り出した。熱線を避けつつ懐に飛び込もうと。
ジアスは熱線をやめ、その場で回転した。突進するエンメラをジアスの長い尻尾が襲う! 直撃し、エンメラは横に吹っ飛ばされ、京都駅にぶつかる。
「ギャアアオオオオ!」
「ガァァァァゥゥゥ!」
エンメラの叫びに呼応してジアスは唸った。まるで勝ち誇るかのように。
だが闘志を失うエンメラではなかった。立ち上がり、ジアスに向かって突撃する。ジアスはまた長い尻尾を振り回した。しかし今度はエンメラ、これを両手で掴む。
ジアスの尻尾を捕まえたエンメラはこれを投げる。なんという馬鹿力だろうか。ジアスはバランスを失って倒れる。そこでエンメラは接近し殴り掛かった。
殴打するエンメラ。これをジアスは蹴り飛ばす。エンメラがよろめいたところを自在に動く尻尾で叩き、さらには熱線を吐いた。一転してエンメラが倒れる。間髪入れずジアスは尻尾をエンメラの首に巻き付けた。
苦しむエンメラ。両手で尻尾を引き剥がそうとやっきになる。もがくが締め付けはどんどん強まる。
「メルザちゃん!」
「尻尾に集中攻撃だ! エンメラを援護せよ」
ハルコが叫び、春日井隊長が檄を飛ばす。特防隊の三機のVTOL機はジアスの尻尾を狙いミサイルを発射した。この攻撃で千切れはしなかったが痛みはあったのか、少し締め付けが緩くなったところをエンメラは見逃さず力を込め、ようやく引き剥がした。
ジアスは怒ったか、エンメラではなくVTOL機を狙って口と背中から熱線を放った。鷹山機に掠める。
「鷹山、大丈夫か!」
「隊長、高度を維持できません! 不時着します」
鷹山隊員は戦線を離脱する。残った矢野機と春日井機はなおもジアスに攻撃を加える。
エンメラも火球を連続して撃った。これを防ぎきれずジアスは悲鳴を上げた。
「ガァァァゥゥゥゥガァァァァ!」
すかさずエンメラは突進し、ジアスを押し飛ばす。先程エンメラが跳ね飛ばされた京都駅にジアスは倒れた。
「行け、エンメラ! やっちまえ!」
矢野隊員が応援するまでもなくエンメラはジアスに立ち向かっていく。メルザは考えた。ジアスに有効打を与えるには喉元に食らいつき、零距離で火球をお見舞いすることだと。
ジアスを押し倒そうとするエンメラ。それに対しジアスは頭突きを食らわせた。頭の一本角がドリルのようにエンメラの身体に突き刺さる。
「ギャアアオアアアア!」
青い血を流しながらエンメラは後退する。すかさずジアスは体を捻り、長い尻尾でエンメラを跳ね飛ばした。さらにそのまま背中を向け、無数の熱線を放射した。
細くレーザーのように集束した熱線はエンメラの肉体を貫いた。串刺しにされてエンメラは青い血を噴出させ、ついには倒れた。反対にジアスは立ち上がり咆哮する。
「ガァァゥゥゥゥ!」
「駄目だ、撃たせるな!」
春日井隊長は持てる火器を全て撃ってジアスに攻撃する。しかしジアスは動じず、ゆっくりとエンメラを見据え……無慈悲な熱線を放った。
エンメラの身体が炎上する。
「メルザちゃん! メルザちゃん! 立って、立ち上がって!」
ハルコの呼びかけもむなしく、エンメラは倒れたまま動かない。
「化物め……!」
春日井隊長も感情を露わにしてトリガーを強く握った。
揺らめく炎の中でジアスだけが立っていた。鬼神の如く。
一方、太平洋上の原子力潜水艦から多国籍軍の核ミサイルが発射された。日本国民と引き換えに人類を救うただ一つの狼煙として。
次回最終回です




