表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

新婚夫婦みたいでエウルが一人で嬉しかった話

5-1「アニャン、女性を紹介される」の後。

 エウルからもらったものは、一欠片でとてもお腹がいっぱいになる食べ物で、パタラにすすめられた馬乳酒を飲んだ後は、もう何も食べられなくなってしまった。

 エウルは次から次へとよく食べ、よく飲んでいた。あまりの食べっぷりに、私はぽかんと見ていた。


『ん? これも食べるか?』


 ずい、と差し出され、あわてて横に首を振る。


『じゃあ、こっちか?』


 違うのを取ってくれて、私はもっと大きく首を振った。

 エウルが首をひねる。どれがいいのかと考えているようだ。私は椅子の上を後退った。


「もう食べられません!」

「もうたべられません?」


 エウルが面白そうに口まねをする。

 あ、さっきの続きだ。

 私は少し考えて、物を摘まんで口に入れる仕草をした。


「食べます」

「たべます」


 エウルが鸚鵡返しで綺麗に発音をする。私は、次は両手で口をおおって言った。


「食べられません」

『「たべられません」……なるほどな! 腹いっぱいってことか!』


 エウルは、ははっ、と声をあげて笑って、私の腕を、わかったというように叩いた。それから実際に白い物を摘まんで口に放り込みながら、教えてくれる。


『食べる。食 べ る』

『たべる』


 彼は自分の口を覆った。


『腹いっぱい』

『これ、エウル! 公主に腹いっぱいなんて、言わせるんじゃないよ!』


 パタラが鋭い声を出した。思わずびくっとして、反射的に小さくなる。

 しまった。第一夫人のパタラをさしおいて、エウルと親しく話してしまった。いくら寛容で優しい奥様でも、目の前で夫と別の女が、自分そっちのけで楽しげにしていれば、不愉快になるだろう。

 ところがパタラは、私の腕に手を添えて、真剣に顔を覗きこんできた。ゆっくりと言い聞かせられる。


『じゅうぶんいただきました』


 目をしばたたいてしまった。……だって、怒っているようには見えなくて、教えてくれているみたいだったから。


『じゅ、じゅぶん……した?』

『じゅうぶんいただきました』

『じゅぶんいたーきました』


 パタラは笑顔になって、添えていた手でポンと叩いて、体を戻した。それで、じろりとエウルを見る。


『ちゃんとした言葉を教えておやり。恥をかくのは、公主なんだからね』

『さすが叔母上。頼りになる』


 エウルが立ち上がった。


『じゃあ、俺はそろそろ行く。例の商人が品物を広げるはずだから、そうしたらまた、叔母上を呼びに来る。公主に良さそうな物を見繕ってやってほしい。叔母上も要る物があれば、何でも選んでくれ。俺が払うから』

『おや、まあ、気前のいいこと。そういうことなら、さっそく期待に応えようかね。……公主』


 パタラに、ちょんちょんとつつかれた。エウルの方に顎をしゃくって、彼女が言う。


『いってらっしゃいませ』


 エウルを見れば、これからどこかへ行こうとしているようなのに、私をじっと見て何かを待っていた。

 ……あ、そうか、でかけるときの挨拶なのかな。


『パタラ。い、いて……?』

『いってらっしゃいませ』

『いてらしゃいませ?』


 パタラが満足そうに頷く。私はエウルに向き直った。


『いてらっしゃいませ』

『ああ。いってきます』


 嬉しそうにこぼした笑みに、ドキリと心臓がひっくり返った。……なんだかその笑みも声も甘やかに感じて、胸が騒ぐ。顔が熱くなってくる。

 ついどぎまぎしてしまったのを、誰にも悟られたくなくて、貴人に頭を垂れるふりをしてうつむいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ