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姫様見参  作者: さん☆のりこ
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あの日あの時

 『あの瞬間の事は良く覚えている』


バリキャリこと(自分で名乗った恥ずかしいコードネームだが)鈴木貴子は遠い目をして・・これは比喩的表現だ。何故なら魂に目玉が有るのかどうかは解らないからだ、不思議な事に周囲は良く見渡せるのだがな?


訳の解らない状況に身を置きながら、彼女はあの忌まわしい出来事を思い出していた。



    ******



 あの日は梅雨の中ほどの頃で、空気は湿気を含み重く湿っていて風は薄ら寒かった。それなのに満員電車の車内はベタついていて、気分は最悪だったように思う。


 満員電車が嫌いな(好きなのは痴漢や盗撮好きの人ぐらいなものだろうが)自分は、いつもは無理にでも早起きをして、早朝の空いている時間帯を利用して通勤していた。あのパーソナルスペースを無視した社畜用運搬車両に乗るくらいなら、睡眠時間を犠牲にしても早起きした方が精神衛生的には良いからだ。

最も、始発近くの時間帯の電車に乗ったとしても、かなりな郊外(実家住まい、だって色々と楽なんだもの)に住んでいるものだから、都会のど真ん中にある会社近くの駅まで移動するとちょうど良い時間になっていたりするのだったが。ちなみに移動中は惰眠を貪っている、電車の音と適度な振動が絶好な子守唄となるからだ、短時間に深く眠れる最高の揺りかごだと思っていた。


そうしてひと眠りして少し元気を取り戻すと、会社近くにある某舶来珈琲チェーン店に立ちより、ブラックコーヒーなど嗜みつつパソコンを起動し、今日一日の仕事の予定をチェックして時間を調節してから出社するのが常だった。

それは自分にとっては大事な時間で、会社に向かう前の儀式の様なものだった・・何となく<仕事が出来る女>みたいでは無いか?などと思いつつ。

ニューヨークにいるような、カッコいいキャリアウーマンに憧れているアホの子なので、形から真似をして自画自賛している訳だ(苦笑)。

そうやって気分を上げてから会社に行かないと、仕事なんて楽しい事ばかりが有る訳では無いのだから・・自己演出・自己陶酔は大事な自分の心を守る大事な演出なのだ。


特に大事な取引先との契約を前に、出来る上司からプレゼンなんかを直々に任されると大変だ。残業続きでお肌は荒れるし、神経をつかって肩は凝るし胃はズキズキと痛む。先輩や同僚の目は厳しいし、重箱の隅をつつく様な粗探しは毎度の事で・・失敗するのを虎視眈々と待たれているように思うのは僻み過ぎだろうか。

年度初めから、そんな日々が続いていたのだが、どうにか資料も出来上がりプレゼンの練習も済ませ、本番を臨むばかりにまで漕ぎ着けていたのに。


『大事なプレゼンが有る日に限って寝坊するなんて、弛んでいるにも程が有る』



 そう・・あの日。

満員電車の圧縮の為にスーツはシワクチャとなり、今朝慌てて施して来た化粧も湿気の為に崩れてしまっていた。

・・と・・言うか・・背が低いが為に乗り降りの際に押されまくって、目の前に立って居た中年の親父さんの背中に体ごと顔が押し付けられてしまったのだ。

紺色のスーツだった・・すまぬ!名も知らぬ中年の御父様よ、あなたの背中に背後霊の様に薄っすらと見えるのは私のファンデーションです。今日に限って塗り過ぎたか・・いや、30歳も過ぎてからは目の下の隈も痛々しく、素顔でいるのは無理になっているので厚塗り状態がデフォなのだ。

プレゼンでは発表者の見た目も大事な要素になる、誰がヨレヨレの草臥れた人物に大事な仕事を任せようと思うだろうか?

仮面だろうが詐欺だろうが、出来る女風に変身しなければならない。




『どうにか顔面工事する時間を作らないと』


会社で化粧を直すのも気が引ける、化粧室は派遣社員の聖域だからだ。

何処で直そうか・・化粧とか、まったく女性は面倒だ、化粧もマナーなんだってさ。ちきしょうめぃ。

まぁ男性は男性で髭を剃らなければならなくって、毎朝結構な時間が掛かって大変らしいが。そういえば総務に朝と夜とで人相が変わる人が居るらしいが、いくら何でも伸びすぎじゃない?一日でそんなに伸びるのか髭って?顔認証に引っ掛かかるのだろうか?





そんなくだらない事を考えながら混雑する駅を出て、これまた人が溢れ返っている駅前の交差点まで早足で歩いて行った。


『へぇ、この時間帯には、いろんな人がいるんだな』


いつもの時間には、サラリーマンが数人しかいない交差点の横断歩道前なのだが。

今日は近くのビルの建設現場で働いているのか、作業服を着ている若い男性の姿や、古くから都心の一等地にある某有名進学校の小学部の子供達の姿もあった。白い帽子に紺色の制服、揃いの黒いランドセル、学校指定なのか金色の校章が誇らしげに光っている。



早く信号が変わらないかとイライラしながら待ってたら、梅雨特有の重苦しい雲からポツポツと雨が落ちて来た。


「うわぁ、最悪・・」

「朝から不吉な言葉を使わない方が良いよ、今日は大事な日だろう?ツキが落ちるよ」


背中から掛けられた声は同期の加山君だった、今回の企画も一緒に手掛けている同じチームの一員だ。


「おはよう鈴木リーダーさん、珍しいねこんな時間に此処にいるのは。いつもは一番に出社してメールチェックしているでしょう?」

「おはようございます・・寝坊しました・・不覚にも・・」


加山君は同期の中では仕事運に恵まれず、目立った功績が無く出遅れている感じな人だ。

彼は誰にでも優しく、仕事面でも嫌われる要素は特に無く、彼を悪く言う者はいない感じの人で・・自分とは真逆のタイプと言える。

いや?自分とて、すき好んでライバルを作っている訳では無いのだが。

数少ない女性の総合職で、出来る腹黒部長に目を掛けられ引き立てられていれば妬み嫉みも出てくる訳でで・・まぁ、出る杭はやっぱり打たれるのだ・・ガンガンと。


「鈴木さんの事だから準備は万端なんだろう、余裕だね・・流石同期の出世頭だ」

「それ皮肉ですか?準備万端ならこんなにヨレヨレした姿で此処にいませんって。今、心の底から髭の薄い男性を羨んでいるところなんですけど」


「何それ、意味わかんないよ?」


彼は柔らかい笑顔で、いつもの様に微笑んでいた。

そう、普通に挨拶を交わして、冗談を言って笑い合っていたのだ。


それが・・。

突然・・凄い破裂音がして、何かがぶつかり合う様な大きな音がした。

甲高い悲鳴が上がり、目を移すと反対車線から・・そう、ダンプカーの様な大きな車が過積載なのか酷く傾きながら、こちらに向かって凄いスピードで突っ込んで来るところだった。

人々は我先に逃げようとしたけれど、交差点の横断歩道前にいた人数は多過ぎて、咄嗟に身動きなど取れずに将棋倒しのようになり・・・・


突然、隣にいた同期の加山君の腕が伸びて来て。

肩を骨が折れる程の強い力で掴まれ<痛!>と思ったら、グルッと振り回され遠心力で飛ばされて、突っ込んで来る車の方に放り出されたのだ。

加山君は自分を振った反動を使って、僅かに横に逃れたけれど、自分は車の真ん前に投げ飛ばされ呆然と竦んでいる。


びっくりして・・。


本当にびっくりして、何故・・と思わず加山君に目を向けた。

ほんの一瞬だったけれど、加山君と目が合った気がする。

彼の表情を覚えている、柔らかな笑顔で・・それは、いつもと同じ顔だったけれど・・目は、彼の目は酷く怒ったよう様な暗い色をしていた。




加山君は私がリーダーを務めているチームのメンバーの1人で、主にサポート役を任せていた・・頼みやすい人は同期の彼だけだったし、雑務も嫌な顔もしないで引き受けてくれていたからだ。

仕事だったし・・別に高圧的に命令した訳では無い、適材適所で仕事を割り振っていただけだ。

チームのリーダーとして、全体に目を配ってきたつもりだった、社員の間で問題が起こった訳でもなかったし・・苦情なんて来てはいなかった。




でも・・。

加山君は人当たりが良く、誰にでも優しい性格で、人に嫌われないタイプの人だと思っていたけれど・・加山が人を嫌いにならない訳では無かったらしい。


彼の目の中に、私に対する非難と敵意が宿っていたのは・・事実だ。

その感情が唐突に殺意にまで膨らんでしまったのは、たぶん間の悪い偶然が重なったからなのだろう。


・・寝坊しなければ・・車が突っ込んでこなければ・・


加山君の望み通りに、私はあちらの世界で亡くなっているのだろうか。

精魂込めた仕事は他の誰かに引き継がれて、自分が居なくても何事も無く進められて行くのだろう・・加山・・奴がリーダーに抜擢する事は無いだろうがな。ケッ!



    ******



 沈思黙考していたら食事が運ばれて来た様で、アニィとJKがまた元気に騒いでいる。

突然異世界に魂だけ飛ばされて、他人の身体に突っ込まれ、面識も無い赤の他人と同居?身体を共用しなければならない状況だと言うのに、この呑気さは何なのだろう。食欲はすべてのトラブルを凌駕するのか、はたまた現状を認識できるだけのオツムが無いのか・・どちらなのだろう?多分どっちもだな。


「昔話でさぁ~、迷い家を訪ねて行ってぇ~、其処に居た美人さんに~勧められた食事を食べたらぁ~、元の世界に帰れなくなってしまった・・みたいなのぉ~無かったっけぇ~?」


「食うのは姫様でこの世界の人だぞ?味わうのは俺様だが」


取り敢えずアニィは腹が空いている様で、躊躇なく食事に有り付こうとしている。

ブレない奴だと感心してしまう、自分はどうなんだろう・・キャリさんは考える。

『お腹は空いているのかしら?良く解らないなぁ・・何かトラブルを抱えると食欲が落ちるタイプだったし、無理して食べたいとも思えないな・・』



「一応文明世界から来たんだからぁ、食事のマナーぐらい守ってよねぇ~」


「おう、俺様の母ちゃんは箸の持ち方には五月蠅かったからな、マナーには自信が有るぞ。秋刀魚を骨まで残さず綺麗に食えるのが俺様の自慢なんだ。頭と尻尾しか残さねぇ」


「そこは残せ」




何人か侍女さんが来て、粗末なテーブルの上にカバーを掛けて配膳を始めている。


「スプーンもぉフォークもぉ一種類だけだね~、結婚式のぉ~フランス料理みたいにぃ~洗うの面倒臭そう~みたいな、食事道具に種類の多さは無いみたい~。肉はぁ~給仕さんがぁ~切り分けてくれるのかなぁ~、ありゃあ肉切包丁みたいなナイフだねぇ~・・危なくなくない?」


JKか唯一仏蘭西料理と言う物に有り付いたのは、従姉妹のお姉さんの結婚式でホテルの式場の披露宴の席だったと言う。シャンパンは飲ませて貰えなかったが(当時中坊)綺麗な色と泡に憧れを持ったものだそうだ。


「姫は斬れても俺達は斬り様がないだろ、魂なんだからさ・・怖いのなら土偶に入ってベットの下にでも隠れていな」





姫様がテーブルに着くと、恭しく皿が供されたが、ワンプレートに色々乗っているスタイルでお子様ランチみたいだった、王家と言えどもフルコースなど無いらしい。


「姫様の御好きなお料理と、晩餐会で評判の良い肉料理をお持ちしました、飲み物は・・」


「あっ、俺酒は飲まないんで、未来の総合格闘家だから」


侍女さんは困ったような顔をしている。


「何?姫様ってイケる口なの」


男の頓珍漢な質問に、眩暈を覚えたキャリさんは解説してやった。


「そうではなく生水が危険なのでしょうね、向こうの世界でも途上国では良くある話だったもの。発酵させてあるワインやビールの方が衛生的だし栄養も有ったのよ、水代わりに飲んでいたらしいわね・・昔の話だけど。その名残なのかヨーロッパの飲酒の許可年齢は低いようよ」


海外に出張に行く時に、必ず注意されるのが生水の危険性と狂犬病など放し飼いの動物への注意だ。水と動物に危険性を感じ無いのは、温室の様な国の都会にいるせいなのか。



「・・では姫様と同じものを」


侍女が素焼きのコップに注いでくれた液体は・・水にふやかされて、何日か過ぎたパン様な匂いと味(嗅いだことなど無いから想像だが、何だかそんな感じの風味がするのだ)がした・・はっきり言って良いのなら・・不味いです!温いのがまた悲しい。


姫様の眉間にクッキリ、痕に残りそうな皺が刻まれて渓谷の様だ。

・・超不機嫌!

そんな姫様を今まで見た事が無かったのか、侍女達や給仕係はオロオロとしている。


気を取り直して今度は肉料理に立ち向かう、男はチャレンジ精神の持ち主で、なかなかのファイターの様だ。


「固えぇなぁ、何だろうこの肉は、家畜の肉では無いのか?ジビエ?

ハーブが風味付けに使われているのは解るけど、味がしねぇ・・ねぇバリさんどう思う?ちっと食ってみて」


バリさんって何だ、キャリはどうした・・バリキャリだと思いつつも、深刻そうに肉を睨む男を見ると突っ込む気力も湧いてこない、彼にとって食事は死活問題なのだろう。


フォークの支配を彼から交代し、姫様の身体の中のセンターに収まる。


確かに肉は筋張っていて固そうだ、焼いた様だが・・これだけの硬い肉なら煮込み料理にでもするべき所ではないだろうか?圧力鍋が無くても、竈には昼夜火が熾きているものではないのか?燃料が不足しているとか?

取り敢えず一口食べてみる、確かに固いが噛み切れないほどでは無い・・ハーブが匂い消しに使われているのか獣臭は減ってはいるが、ジビエに慣れていない日本人にはやはり気になる。ハーブ自体も慣れない香りで鼻に着くが、パクチー程の破壊力は無い・・パクチー女子だったか?彼女らは勇者だ、自分はあそこまで食べられない。


しかし・・決定的に足りない物が有る・・塩・・だ。


この料理には塩気がほとんど無い、素材の味だけ生かし過ぎて、これは料理したとは言い難い様な気がする。日本の料理は塩辛いと外国人には思われる様だが、周りを海で囲まれている日本は昔から塩には恵まれていた。醤油だって味噌だって、塩が無いと作れない。

塩分も過ぎると健康を害するが、必須のミネラルである事には間違いない、塩・・ナトリウムが不足すると血液の循環不全から体調不良を起こすし、重篤になれば神経に異常が起き昏睡状態にも陥る事も有る。


『姫様に対する嫌がらせで、味付けに意図的に塩を減らしているなら良いけれ。国中でこの塩分量しかなかったとしたら問題が起きそうだ』



この国は内陸国なのだろうか、塩を生産出来ないのか?

海で造れる塩はこの国まで入って来ないのか、姫様の嫁入り問題が、塩などの生活必需品との交易と何か関係が有るのだろうか。




落ち込む大人二人を無視して、今度はJKが果物に挑戦して悶絶している。


「なにこれ!酸っぱ過ぎ~~!顔の造作がみんな真ん中に集まっちゃうくらい、酸っぱ苦いよ~舌がビリビリする!」


「それは姫様の御好きな、国を代表する果物でミンカと申します、お気に召しませんでしたか]


侍女さんはオロオロしているが、品種改良もしていない原種の様な小さな果実だ。日本のミカンに慣れた体では、食用には程遠い味らしい。


「むしろ鶏の唐揚げにジュッと絞りたい」

JKが叫ぶ!




しかしだ・・・。


「誰か食べなさいね・・食事しないと、姫様の身体が飢えて健康を保てなくなるからね。そうなれば多分私達も只では済まないでしょうし?」


      ウッ!  げっ!!  ひっ!


「どれどれ、仕方が無い・・婆が頂くとするか・・。

なに、敗戦後の進駐軍の残飯雑炊よりマシだろうて・・・戦後でも、海の水を使って塩味は付けていたものだがの・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ドス暗い沈黙が異世界人たちを包む。

この世界は、何処もこんなにメシマズなのか?これは由々しき事態であろう?

日本人の食への拘りと情熱を舐めて貰ったら困るのだ、国家間の懸案だって経済問題では大幅に譲歩して大損こいたとしても、こと食料資源問題に関しては世界中を敵に回しても一歩も引かないお国柄に住む国民なのである、庶民だとて無駄に舌は肥えているのだ。


『メシマズな国に好き好んで、留まる謂れは無かろうよ』


魂達の心?の中で、城からの脱出を考え始めたのはこの時からではないだろうか?・・・と、たぶん思う。


御残しは(´-ω-`)許しません・・・。

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