姫様の受難~3
セクハラ注意!
「何か・・思ったよりショボイ部屋だな」
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召喚の間の騒動が一段落した後、バリキャリさんの要求通りに姫様達御一行は(魂は見えないから、姫様の単独行なのだけれど、一人でペチャクチャ喋っていて喧しい)休む為の部屋まで案内された。先頭にはお世話係のルチアさんが立ち、姫様の周りには逃亡防止なのか、いかつい騎士達が取り囲んでいる。先程倒した図体のデカいのは騎士団長だったらしく、騎士達からは敵意と恐れが駄々洩れている。
・・・・・何気に感じが悪い。
「それにしても~これって隠し通路なのぉ~?随分と狭っ苦しくて~汚れた感じじゃないのさ~。仮にも~御姫様が~ぁ歩く所の様にはぁ~見えないけどぉ~?」
ラノベ好きのJKは背景の設定まで五月蠅い。
「申し訳ありません、仰る通り此方は下働きの者達が使う専用通路なのです。姫様の御不調の事は未だ内密にされておりまして、僅かな者にしか知らされておりません。下々の者達は今回の<春の女神のお祭り>に行われる姫様の御婚礼で、長い間我が国を属国扱いし不利益を押し付けて来たブライドネス皇国との条約が再締結され、餓える事の無い豊かな世が来ると期待しておりますから・・とてもこの度の件は公表出来ませんで・・」
「それで異世界から誘拐まがいの事をしでかしたと?」
責める言葉に反論もせず、ルチアさんは俯いたまま沈黙を守っている、魔術具なのか淡い光を灯すランプが彼女の彫りの深い顔に影を落として寂し気な感じだ。
ヘクチィ!
「寒い~、今は冬なの?こんな薄い生地の貫頭衣みたいな服一枚じゃ風邪を引くわよ!どうにかしてよ~謝罪と賠償を請求するわよ~」
JKが横を歩く騎士に噛みつくと、彼は親切にも自分のマントを外して姫様に着せかけてくれた。
・・・此処は好感度を上げる為にも、当然な好意にもお礼を言うべきところなのだろうか?と、JKは考える。
だが、とてもじゃないが、いきなり大人数で召喚されたこんな現状ではお礼など言う気にはなれなかった。見知らぬ他人と体を共有する感覚と言うのは、何というか・・狭い箱の中に無理矢理にギュウギュウと押し込められたような嫌な圧迫感が有る。朝のラッシュ時の満員電車の中の<意識版>とでも言った所だろうか、パーソナルスペースなど有ったものでは無い。
「姫様は大変に気高く美しいお人でした、心根もお優しく、姫様こそが真の貴婦人だと騎士達は皆憧れていたものです。・・こんな・・下品な言葉を使う御方では決して無かった」
マントを掛けてくれた騎士は姫様萌えであったらしい、外見も重要だが中身の方もポイントが高かったらしい。
「悪かったわね~、こんなガサツ女に変身しちゃって~。此方も好きで来たわけでは無いんだから、今すぐにでもお暇させて頂いてもよろしくてよ~ぉ」
ムムム~~~と睨みあっていたら
「美人もおヘチャも、死んで腐ってしまったらただの髑髏よ。
こんな美人さんが世を儚むなんて、どんな苦労が有ったのやら・・労わしい事だ、ナンマンダブナンマンダブ」
婆がそう呟いたものだから、心当たりでも有るのか騎士達は揃って苦い顔をしていた。
そんなこんなで長い距離を歩き、やっと着いたのがこの部屋である。
最初に戻るが、思ったよりもショボイ部屋なのであった。
「なんかさぁ~ヴィンテージって言うよりぃ~使い古された家具って感じぃ?ベットのシーツも洗いざらしだしぃ~・・この人お姫様なんだよねぇ~、この国ってそんなにド貧乏なのぉ?」
「もしくは、冷遇されていたのではないのかしら。さっきの王や王妃の派手な衣装を見ると、さほど貧しい暮らしぶりには見えなかったし・・」
「窓には~あからさまにぃ鍵が掛かってるしぃ~、これって南京錠とか言うの~。逃亡防止なのかなぁ」
「もしくは、自死の防止なのでしょうよ、一度は成功し掛けたのだし。2度目は防ぎたいのでしょうね」
窓に顔を寄せて眺めてみると、どうやら高い塔の様な所に有る部屋らしい。
部屋に着くまでかなり階段を昇らされたから、地味に足に来ている・・苦難の行軍だった、翌朝には筋肉痛になりそうだ。
それにしても、姫様と名の付くキャラは、すべからく塔の上に閉じ込められる属性なのだろうか。
「あれだな、プレッツェルとか言うのみたいだな」
「あの・・塔にいる髪の長いお姫様はラプンツェルです」
「プレッツェルじゃお菓子じゃんよ~」
「そうとも言うな」
くだらない言い訳をする男・・負けず嫌いなのか馬鹿なのか。
イマイチ解りかねるキャリさんだったが、
『此処からダイブするなんて、そのお姫様も相当な覚悟と事情が無ければ出来なかっただろうに。真の貴婦人が忌避する政略結婚か、これから私達はどうなるのかしら・・』
と、真剣に考えていた、尤もそんな先の事まで思い煩っているのは自分だけの様だったが。
他のメンバーと言えばだ、ヨーロッパの古城の様な室内に好奇心を刺激されたのか、それとも単純馬鹿なのか室内探検をしてキャイキャイと騒いでいる。
・・頭が痛い。
さして広くも無い部屋のクローゼットには、申し訳程度の数のドレスが下がっている。どれもケバケバしく姫様に似合うも思えないデザインだ。
「あのぉ~厚化粧王妃の~お古だったりしてぇ~センス悪ぅ」
「サイズが有っていない感じがします、これ着られるのでしょうか?お母さんの服より大きい気がします」
これではこの先、良い待遇はとても望めない感じだ。
王族で、やんごとなき姫様ご本人様が逃げ出したくらいなのだから、戯れに呼び出した異世界人の魂ごときに、この世界の人間がどんな扱いをするのか解ったものでは無い。
どうしたものか・・。
そうこうしている内に、室内探検にも飽きたらしく若い子がぐずり出した。
「何でぇ~こんな世界にぃ~居なきゃいけないのぉ~、ネットも~ゲームも~無い世界だよぉ~・・何に萌えれば~いいのぉ~」
「お家に帰りたい・・お母さんとお父さんに会いたいです」
苛立ちを隠す事もせず騒ぎ合っていると、ルチアさんが部屋に入って来てお風呂の用意が出来たと告げて来た。改めて姫様の体を見ると、そこいらじゅう汚れと血の跡でカベカベになっていて酷い状態だった。
「はぁ?風呂!マズイって!俺どうすればいいのさ、魂の目って何処だ?どう塞げばいい」
「何泡食ってんのさぁ、ナイスバディ見るぅ~良いチャンスじゃないさぁ。うおぉ!凄い巨乳、乳輪がピンク色だぁ~~凄く綺麗。色白の人って良いよねぇ~、色素薄くってさぁ~可愛いピーチク」
「やめろ!人の身体で遊ぶな、この人にしししし・・・失礼だろぉ」
「ほ~ら、ほらほらオッパイだよ~」
「やめろ!オッ・・オッ・・オッパイ・・は、とと尊いものなんだぞ」
バストを触ろうとする右手を左手が慌てて掴んで止めている、何故か左手の方が力が強い様で抑え込むことに成功していた。
「偽善者!興味ある癖にぃ~、男は皆変態なんでしょうよ」
「意識も無い無抵抗な者に手を出す程の鬼畜じゃないぞ俺は、お前だっていきなり男の身体に入れられたら困惑するだろうが」
「いや?全然、むしろせっかくの貴重な機会を逃さず実験に勤しむね、本当に伸びたり縮んだりするのか興味が有るから実験したい」
マジになった為か、JKの語尾が伸びていない。
「ほん・・っと お前って、サイテーだなっ!」
「やれやれ・・耳年増も結構だが、実物はそんな大層な物でも無いがの」
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「婆ちゃん・・それも酷ぇ・・・・」
意外と純情なアニィは、色々と心が抉られた様だ。
魂に顔は無いので真っ赤にしようが無いのだが、代わりに姫様が真っ赤な顔で恥じらっている。
「わぁ~、触り心地が最高~!滑らかなお肌~流石お姫様って感じ?」
「セクハラだ!不純だ!自分がまな板だからって、欲求を人の身体で晴らすな!」
アニィが喚いている・・五月蠅いよ・・・
これがセクハラになるのなら、某ヒットアニメは映倫に引っ掛かっているだろうさ、だいたいこの手の設定は平安時代からある使い古されたテンプレだろうが・・腐ったJKは開き直っていた。
そう言う残りの女共も、ルチアさんがお手伝いしますと風呂場に入ってきたら全力で断っていた。アロママッサージとか?お値段の張る全身の美容関係の施術など受けた事のない庶民ばかりの様だ、他人の手で全身丸洗い?なんて洗車では無いのでご遠慮申し上げたいところだ。溜めて有るお湯の出し方とか石鹸などの使い方を習って、早々に退場を願う。
汚れた貫頭衣を脱ごうとしたら、ドワ~~~~と叫んだアニィの魂が ポンッ と姫様の体の中から抜け出た。どうやら魂の出入りは可能らしい、ただ自由に動けないようで空中をフヨフヨと漂っている。
「なにこれが魂?脳筋の割にぃ~綺麗な色じゃないのぉ~南の~国の~海みたいなぁ~明るいブルーに輝いているよぁぉ~?らしくないねぇ~」
「知性と魂の輝きは比例しないものなのね、頭が良くて腹の中が黒い奴ってゴマンといるからねぇ・・部長とか部長とか部長とか・・」
「へへん、俺様の心の綺麗さが魂に現れているんだろうよ・・でも何か落ち着かない、どうにかしてくれ」
フヨフヨと漂っている魂は、紙風船の様に姫様にテンテンされて文句をたれている。
鬼畜な行いをしているのはJKだ、魂で遊ぶなんて酷いと思うが、それでもアニィには姫様の身体に戻ると言う選択肢はない様だ、これで中々のジェントルマンの様である。
「どれ・・上手くできるかの」
2人の様子を呆れて見ていた婆だったが、「そいっ」と掛け声をかけると、突如姫様の左手が風呂場の壁を抉り取った。石造りの壁が何故か粘土の様に柔らかく変化して、姫様の手の中に掬い取られている。
「何それ~、お婆ちゃん~?何でそんなことが出来るの~」
「趣味で陶芸をやっとったからねぇ、出来るような気がして・・姫様の魔力?だったか、それの御蔭だと思うがねぇ・・どれ」
婆の魂は姫様の手を使って粘土をコネコネすると、7センチくらいの大きさの土の人形を造り出した。
「これに入れるか試してみろアニィさんよ、美人さんの身体の中にいるより居心地は良いだろうさ」
婆は無造作に青い魂(人魂か?)を掴むと、土人形に押し付けた・・ほれほれ入らんかよと。
予想に反して案外スムーズに土人形に魂が入り込んで、カクカクと不自然なロボットの様な動きながら歩き出した。手を上げて万歳したり、四股を踏んだりしてなんか可愛らしい。慣れて来ると格闘技の演武まで初めた・・気に入っている様で何よりだ。
「これって~ゴーレムって事になるの?」
「いや、遮光器土偶だ」
何でも婆さんは縄文ファンらしく土偶や古墳・巨石文化が好だったそうで、咄嗟に思いついた土の人形が遮光器土偶だったと言う・・かなりの古代オタクなようだ。上手く再現されているので皆は驚いたが、既に趣味の陶芸で何度か土偶を作った事が有ったのだと言う。青森の亀ヶ岡遺跡の遮光器土偶が婆さん的にはベストだそうで、重要文化財LOVEなんだとか・・心底どうでも良いが。
とにかく無事姫様の身体から抜け出すことが出来たアニィは、姫様に隣の部屋のドアを開けて貰い取り敢えずベットの下に隠れている事にした様だ。
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ルチアさんに習った様に溜められた桶からお湯を掬って使う、少々ぬるく感じるが、部屋まで来る通路が寒かったので温かさが気持ち良く湯船に体を伸ばす。
それにしても体中に走るこの水色の線は何なんだろうか、白いお肌に不気味に映えていて、良い物では無い様な気がする。特に目の下・・頬に続く線はまるで流した涙の様に見えて、魂たちの気持ちを暗くさせた。
『こんな美少女な姫様の、消えたいほどの悩みって、一体なんだったのだろう・・』
JKは生粋のモブなので、ハイソな方のお悩みなど解り様がない。
しかし暗くなる気持ちを振り払って、努めて明るく振るまう<賑やかし>担当はJKのお仕事だろう。
「これって~オリーブ石鹸に~似ているね、シャンプーが~無くても~どうにかなるかなぁ~?香りはあんまり~良くはないけどぉ~」
「無添加だから肌に良さそうね、ハーブや薬草に詳しいは人いる?」
「ゲンノショウコとかセンブリ、ドクダミの効能なら知ってはいるが、化粧品はヘチマ水を戦後に作ったくらいだのぉ」
「美容に~どうぞ~とか言って、処女の~生き血とか~持って来られたら~どうするぅ~?」
「きゃー、怖いからやめて下さい!」
「この世界はどのくらいの生活水準なんだろうか、魔術とか有るなら・・やたら瀉血に頼るような非科学的な医学で無い事を祈るばかりだわね」
「遺体を復元したくらいなんじゃから、あっちの世界よりゃぁ進んでいるのかも知らんがなぁ」
「この水色の筋で~進んでるぅとか~言う~~?」
でもこの部屋の感じとか、隠し通路とかは中世の古城の雰囲気がするのだ。
中世と言っても範囲が広いけれど、この城は中央集権国家が出来る前の・・群雄割拠で覇権を争って大騒ぎしたいた時代の感じがしてならない。
ごく普通に・・戦争が身近に有る世界なんだろうか?
何とも嫌な感じを一人胸に秘めて、このメンバーでは知性を担当するしかなさそうなバリキャリさんは今後の事を考えていた。
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お風呂の後は食事との事で、アニィは遮光器土偶から抜け出すとイソイソと体の中に戻って来た。姫のプライバシーより、此処は己の食欲が優先されるらしい、魂は果たして腹が減るモノなのだろうか?
『色気よりまだ食い気なのねぇ、若い男の子なんだろうね』
『飯をよぉ食えん男は、いざ鎌倉と言う時に動けんからな、食欲が有る事は良い事じゃ。一所懸命!』
お互い魂なので、外見の想像が付かないので勝手な人物像を妄想している。
取り敢えず今日覚えた事は、魂の色とIQは関係が無さそうな事だ。
自分の魂の色は・・何となく知りたくないキャリさんは・・
『チームのリーダーは、私がなるしかないのだろうな・・』
そう思っていた。
『もしこのまま帰れないとしたら、この世界でどうやって生きて行くのか。
このまま姫様の代わりとして、婚姻し生きていくのが正解なのだろうか?
それとも魂のまま幽霊の様にさ迷うのか行く、そうしてやがては消えて行くのか。
それとも魂のまま、元の世界に戻る道を探すのか・・戻った所でどうなるのか・・』
果たして・・・・帰れる体が、まだ有るのだろうか・・・。
何故なら、此処の世界に来るちょっと前に。
・・彼らは大事故に巻き込まれていた刹那だったのだから。
・・・純情な脳筋さんもいるのです。
遮光器土偶って可愛いですよね(*'ω'*)