婆 荒ぶる
舐めたらあかんぜ!
「いたぞ、姉姫だ!」
狭い使用人通路の階段を、甲冑を着こみ重武装した騎士達が押し合いへし合いしながら向かって来る、姫様の敵は人攫いの馬鹿どもだけでは無かった様だ。
「討ち取れ、その首をフィルイン公爵に差し出すのだ」
「褒賞は思いのままだぞ」
褒賞狙いなのか、君たち職業倫理はどうしたね・・騎士たる者がカヨワイ貴婦人に対して何たる仕打ちだ、騎士道の風上にも風下にも置けない奴らだ、ふざけんな!
足が弱って思う様に逃げられない姫様に、騎士の仮面をかぶった野獣共は猛然と襲い掛ろうとしている、脂下がり下卑た顔が気色悪い。
婆の言う通りに、この城の中には姫様の味方など誰も居ないのだろうか。
この薄幸な美少女が背負う現実は・・余りにも辛いものが有る。
もう駄目かとキャリさんが覚悟を決めた時、婆が意外な行動に出た。
腰から裾まで流れる様に飾り付けられているレース。
そのアニィ謹製の特性ドレスのレースをブチブチブチッと引っぺがすと
「そぃ」
の掛け声と共に勢いよくぶん投げたのだ・・・投網の様に。
レースの投網は思いの他広がって、上手い事騎士達を絡めとっていた。
「何だこれは、ドレスのレースだと?くそぉ!取れないぞ」
「駄目だ切れない、お前邪魔だ!離れろ!」
騎士達は網に掛かった魚の様に、一緒くたになってビチビチともがいている。
通路が狭かったのが幸いしたのか、逃げ道も無く一網打尽・・正に字の如くだ。
「昔の子供達は夕餉のおかずを増やしたくて、釣りや投網をよくしたものじゃて。やれやれ腕は鈍ってはおらなんだ様じゃの、昔取った杵柄か、ふぉっふおっ」
呆気に取られるキャリさんをしり目に、更に(婆)姫は通路の壁に手を付けると「粉砕」と唱えた、途端に騎士達がもがいている真上、石造りの天井が粉砕されて粉微塵となって降り注いできた。
ドサドサドサ・・・・
「何だっ!」
ゲホゲホ・・・ゴホゴホ・・バックッション!!
粉塵にむせている騎士達の頭上から更に追い打ちの様に水が降り注いで来た、天井だった石壁の粉塵はその姿を泥に変え、騎士達の身体やレースに纏わりついた。
もうドロドロのグチョグチョの泥団子だ、身動きは更に難しくなっている。
婆は止めをさす。
「硬化」
婆の唱えた言葉通りに泥は再び形状を変え、元の石壁に戻るべく変化しだした・・騎士達を巻き込んだままに・・泥騎士団子から~泥騎士クッキーの完成である。
「うぐぅ・・こんな術を使うとは・・魔女め・・」
「姫様・・助けて下さい・・・」
「苦しい~~~」
「動かないで静かにしとりゃぁ死ぬことは無いだろうて、あとは自分達の運を祈る事だあぁなぁ」
幼い頃に否応も無く戦争を体験し、苦労して来た婆はこう見えて敵には容赦なかった。やられる前に逃げる、逃げられなかったら戦う、そうして戦うからには絶対に勝たねばならぬ。
負け戦ほど、惨めで辛く、腹が減るものは無いからだ。
今は敵に情けを掛けられるほど余裕が有る状態ではないし、あんな奴らの泣き言などに耳を貸す謂れも義理など断じて無い。
表情には出さないが、かなり婆は姫様の境遇に同情し怒りを感じていた様だ。
一方、キャリさんはと言うと。
『網みたいなレースだと思っていたけれど、本当に網だったのねぇ』
のんびりとした感想を漏らしていた。
昭和も末期、50年代後半の生まれともなると、もう平和ボケしていてお育ちも良い。争いはTVや映画、小説の中のお話で現実感に乏しかった。
キャリさんだとて争いごとは苦手だし、口は立つが論争はあくまでも仕事の一環で、私情を挟んで対立する事ど無意味な事と信じ込んでいた。自分が無意味と感じていたとしても、相手が同じ様な考え方をするとは限らないのにだ。
婆はこの異世界人達の中で、唯一苦難の時代を知るリアリストであった。
「ほう、重い飾りが無ぅなっただけで随分と動きやすくなったの。
さて逃げるか、今使った姫様の力のせいか野獣に勘付かれた様じゃぞぃ」
『何故それが解るのよ?』
婆の野生の勘は、幼い頃のサバイバル体験から来ているのだろうか?
舐めちゃいけない昭和一桁、キャリさんは婆を見直していた。
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「!」
魔獣に勘付かれた(婆)姫の魔力だったが、その他の追手・・モノクロにも居場所を晒してしまっていたようだ。
「使用人通路か・・盲点だった、姫様がその様な道を辿っていたとは思わなかった。しかし逆に運が良かったか、あのデカイ魔獣では狭い通路を抜けられまい」
こうなったら先回りして姫様を救い出し、中庭にお連れして魔獣をおびき寄せるしかあるまい。モノクロは尤もらしい事を考えていたが、その行為こそ<囮>に他ならない事は認識していなかった。
「早くお救いしなくては」
・・とか言っても、モノクロは使用人通路の入り口の場所など知らない。
どこかで使用人を捕まえて道案内させねば、そう考えている所にいきなり衝撃が走った。
ドッカァア~~~ン
なんと、魔獣が壁をブチ破った。
姫様の魔力の残滓を辿り使用人通路の入り口を見つけると、突進して隠し扉を破壊し、無理矢理に体を通路にねじ込むと幅を拡げ始めたのだ。
モウモウと埃が舞立って、視界は不鮮明だし息苦しい・・くしゃみが連発されそうだブシャクション。
ミミズが土を掘り進む時にはこんな感じなのだろうか・・魔獣は体をくねらせ足を蠢かせながら細い通路を突き進んでいく。石造りの壁がまるで柔らかいチーズの様にほじくり返されて、凄い勢いで進み続けて行く、これでは姫様までたどり着いてしまうのも時間の問題に思えた。
魔獣の食欲・・美味い魔力への執念には驚かされるものが有る。
「とにかく、先回りして姫様を保護しなければ。誰か、使用人は居ないか!誰か~城内の中に通路を案内できる使用人の方はおられませんか~~」
気分は客船内で医者を探すキャビンボーイだ。
いくら呼ばわっても、魔獣の直近に使用人など居るはずも無く、モノクロの叫びは無人と化しつつある城内に虚しく響くばかりだった。
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「何だぁこの振動は?」
スライムドラゴンにぶら下がり、空中を移動中のアニィ達にも魔獣の発する振動がビリビリと伝わって来た。
堅牢な筈の王城全体が振動し、今にも壊されそうなヤバイ雰囲気だ。
意外と安普請なのだろうかこの城は?金無さそうだものなぁ。
建設工事現場に来る設計士や現場監督の愚痴を思い出しながら、資金不足による施工不良(手抜き工事とも言う)の心配をする。
スライムドラゴンも姫様の魔力の残滓を追っているそうなのだが、どうもはっきりと感じ取れないそうだ。何でも雑多な魔力が姫様の魔力を浸食しつつあり、赤紫蘇の魔力を跳ね返している感覚がするのだと。
『信用されていないからじゃね?』
『雑多の魔力ねぇ、キャリさんが何かやらかしたのかな?』
JKは邪推しているが、やらかしたのはチーと婆で、キャリさんは今のところお荷物の無能扱いだ。
【姫様は何か狭いくらい通路を辿っているようだが、お前達心当りは無いか】
JKは偉そうに、良く知りもしない相手に<お前>呼ばわりされて、ちょっとカチンと来たのだが、この状況なので広い心で見逃してやる事にしつつスライムドラゴンに答えてやった。
姫様が使用人の通路を辿って階段を登っているなら、行きつく先は屋上の洗濯干し場だと、どのルートを通っても登りの最終地点は其処なんだと。
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スライムはしばし沈思黙考していたが。
【これ以上城内に留まっていると石壁が崩落して圧死しかねない、窓から外に飛び出して一気に洗濯干し場に急行するぞ】
そう叫ぶや、外に飛び出し壁面を垂直に飛び上がって行った。
「キャァァァ~~~~~~」
スライムドラゴンの背中に必死にしがみ付くJK、怖すぎて目も開けられない、絶叫マシンより遥かに過激で安全ベルトも無いのだ・・そりゃ恐いだろ。
ドラゴンに吊り下げられているアニィは、リアルプテラノドンのライド状態だ・・酷い!
2人は、ドラゴンは乗り物としては最低な部類であると認定した。
『異世界、ほんと半端ない』
絶叫マシンは拷問道具デアルと思っております・・(;´Д`)




