act3
彼女が目覚めると、そこは深閑とした闇の世界。
目をこらせば、周りには大小様々な鏡、鏡、鏡…
…ここはどこ?
と、つぶやく彼女
「ここは、あなたの心の中よ」
誰かが答える。
「誰?」
辺りを見回す。
すると、手前の一番大きな鏡の中から一人の少女が現れる。
見かけは童女のようだが、その顔は…
「幸恵!?(叫ぶ)」
幼いサチエ、答える。
…そうよ、私はサチエよ。そして、私はあなたでもあるわ…
首を振る彼女。
「あなたが、私ですって?私が幸恵ですって?嘘よ、信じないわ
私は恭子よ!」
幼いサチエ、意地悪く笑う
…まだ、そんな事をいってるなんて、本当にバカね。
あなたには腕の傷がなかったじゃない。
いくら、否定したって真実は一つなのよ!
彼女、自分の腕を見る。
「…確かに私の腕には恭子ならあるはずの傷がない…
やっぱり、私はあの、みじめな幸恵なの?
…いやよ。信じたくない。私は恭子よ!」
サチエ、意地悪い顔をしながら彼女に近付き、
…あなたの心の中には、幸恵の記憶が残っているはずよ。
忘れようとしたって忘れられる訳がないわ。
こうやって、頭を揺らせば思い出すかしら?
と、彼女の頭を揺さぶる。
悲鳴をあげる彼女。
「やめて!痛いわ。苦しいわ!」
と、サチエの手から逃れようとするが逃れられない。
…思い出せ、思い出せ!『幸恵』の痛みを思い出せ!
サチエ、彼女の頭を揺すり続ける。
「やめて、思い出したくない!あんな苦しさは忘れてしまいたい!」
…少しは思い出してきたようね、
ますます力を入れるサチエ。
「やめてー!」
彼女、サチエを思いきり突き飛ばす。
その反動で、サチエ思いきり後ろに倒れる。
彼女、しばらく頭を押さえている。
サチエ、ゆっくりと彼女に近付き、手をのばす。
彼女、その手を振払い、サチエの顔を見る。
「思い出したわ」
それから彼女、サチエをつきとばし、ゆらりと立ち上がり語り出す。
「…学校を出て会社に勤めてからも幸恵には何も良い事なんてなかったわ。
会社でも仕事は間に合わないし、人ともうまく付き合えなかったの。
…最後に勤めた会社をクビになった時、幸恵は「死のう」と思った。
それで、川に飛び込もうとしたんだわ。
…その時だった…逞しい腕が、後ろから幸恵を抱き締めた。
そして凛とした声がこう言った『何をするんだ!恭子!!』
…それが、あの人…ケンジさんとの出会いだった…」
この上なく幸せそうな顔をする彼女。
「幸恵はびっくりして彼の顔を見たわ。
そのとたんに稲妻が走るのを感じた…!
初めての恋でした…
ヒューヒューと口笛をならすサチエ
「彼は、はじめは私を恭子と間違えたのだけれど、
すぐに恭子じゃないって気付いたの。
だって、幸恵ったらビクビク、おどおどして『ありがとうございます』
というのがやっとで…恭子ならもっと堂々としてるわ。
彼は幸恵にに名前を尋ねた。
わたしは『幸恵です』とだけ言って、その場を逃げ出した。
…その日から、幸恵は毎日彼の事を考えていた。
そして神様にお願いしたわ…もう一度彼にあわせて下さいって。
願いはすぐに聞き届けられた…恭子が彼を連れて来たの。
幸恵は奇跡に有頂天になった。でもすぐに失望したわ。
なぜって?彼は恭子の恋人だったの。
それでも、恭子が彼をつれてくる度に、幸恵は恭子の部屋を覗いていた。
そんな、ある日恭子が彼にこう言ったの。
『私には幸恵なんて、姉はいません』
…その言葉を聞いた時、幸恵は闇の底に突き落とされたような気がしたのよ。
『どうして?どうしてそんなことを言うの?恭子』
…恭子は幸恵の存在を否定した!!
恭子は幸恵を疎ましく思っている!!
どうして?私がみっともないから?きっとそうだわ
…次の日恭子が勝ち誇ったように言った。
『私、健治と結婚するの。』」
懐からナイフを出す彼女
「許さない。恭子…私だって彼が好きなのに、
どうして恭子ばかりが幸せになれるの?
同じ日、同じ時に生まれて、同じ顔を持った私達なのに…」
からかうように、合の手を入れるサチエ
…そして、あなたは思った。
恭子さえいなければ…幸恵は幸せになれる。
それだけじゃないわ、恭子がいなければ…
その言葉に促されるように、叫ぶ彼女
「私が恭子になって、ケンジさんに愛されることができる!!」
一瞬、彼女の顔輝くがすぐに陰鬱な表情に戻って考え込む。
彼女の顔を覗き込むサチエ。
…でも、あなたに妹を殺すなんてことができるのかしら?
前にも一度失敗しているわ
首を振る彼女。
「…いいえ、できるわ。
以前失敗した時は、まだ心のどこかで恭子を愛する気持ちがあった。
でも、恭子は私の存在を否定した…私を消そうとした。
いいえ、そうはさせないわ。
あなたになんか消されやしない。
どうせ消えるのなら、自分のこの手で…
そうして、私はもう一度ナイフを握った
…今度こそ…!」
ナイフをふりおろす彼女。
瞬間真っ赤に染まる世界。
へなへなと座り込む彼女。
「ああ、全てを思い出したわ。そうよ、私は恭子じゃない、幸恵よ。
…でも、私は幸恵になんか戻りはしない。
幸恵は、私がこの手で殺したの。
私が恭子になる為に。
そうよ、私は今日から恭子になって光の世界で幸せに生きていくのよ!」
悲しげにつぶやくサチエ
…可哀想なあなた、鏡の迷路から抜けだせなくなった。
可哀想な私、目をそむけたって真実からは逃げられはしないのに…
それから、サチエ振り返ると、ゆっくりと歩き出し
鏡の中に戻って行く。
プルルルル…と、携帯の音
夜の道
鳴り続ける携帯。
目をさます彼女。
そこは草むらの中。
どうやら彼女は気を失っていたらしい。
彼女、手をのばして携帯をとる。
「もしもし」
恭子の声「もしもし、姉さん?恭子よ」
「ひっ」
彼女、携帯を投げ捨てる。
そのショックで携帯切れる。
ツーツーという音
「…恭子ですって?悪い冗談はよして」
するとまた、携帯が鳴る
恐る恐る、それを取る彼女。
恭子の声「もしもし、姉さん聞いて。私、死ななかったの」
愕然とする彼女。
「恭子が死ななかったですって?」
恭子の声「そうよ。大怪我はしたけど、死ななかったの」
「そんな…じゃあ、私はどうすればいいの?」
恭子の声「帰ってきて、姉さん」
「いやよ」
恭子「お願い。みんなあなたの事を心配しているのよ」
「私の事を心配してるですって?
嘘つかないで!
私なんて居てもいなくてもいい人間なのよ。
あなただって本当は私の事を憎んでいるくせに」
恭子の声「どうして私があなたを憎まなきゃいけないの?」
「私はあなたを殺そうとしたわ。2度も」
恭子の声「知らなかったわ。私があなたをそんなに追い詰めていたなんて。
ゆるして」
「あなたはケンジさんに、幸恵なんて姉はいないと言ったわ。
私の存在が恥ずかしかったからでしょ?」
恭子の声「違うわ姉さん。そんな事思ってないわ」
「ごまかさないで、自分で分かってる。
私は子供の頃からずっとあなたがうらやましかった。
あなたは私と違っていつも堂々として輝いてた。
私はずっとあなたになりたいと思っていた。
そうすれば幸せになれると思ってた」
恭子の声「私だってあなたになりたかった。
あなたの繊細さ、優しさがうらやましかった」
「あなたが私を羨んでた?うそよ」
恭子の声「嘘じゃないわ。あなたは知らないだけ。
多くの人が、あなたに惹かれてた。あなたは見ようとしなかっただけ。
私はあなたになりたかった。なれない筈ないじゃない。私達双児だもの」
「あなたが私になりたかった?嘘よ」
恭子の声「嘘じゃないわ。でも、ある時気付いたの。
やっぱり、私はあなたにはなれない。
だって、私達双児とは言え別々の人間だもの。
私は私でしかない。そう思った時、スーッと気持ちが楽になった。
恭子は幸恵にはなれない」
「恭子は幸恵にはなれない…」
恭子の声「お願い姉さん。帰ってきて。
健治も心配してるわ。私が健治と婚約したなんて嘘。
健治はあなたが好きなのよ。
あまりケンジがあなたの話ばかりするから、だから私嘘をついたの。
私には幸恵なんて姉はいないって…それが…こんな事になるなんて。
ごめんなさい姉さん。どうか許して…」
携帯を切る彼女。呆然として呟く
「恭子は嘘をついた。恭子も苦しんでた。恭子も私になりたかった?
…苦しんでたのは私だけじゃなかった。
…もしかして、みんなが苦しんでるというの?…」
彼女、立ち上がり、ゆっくりと暗い道を歩き出す。
end
up 2001.10/28/原題:鏡




